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【小説】酒娘 第壱幕#019

第拾仇話 目覚めの時



月読命ツクヨミの脳裏には、壇ノ浦の戦いののち、源義経と共に意気揚々と凱旋した時に待ち構えていた姉、天照大神アマテラスの鬼の形相が浮かびカタカタと小刻みに震えていた。
都の守護を放り出した月読命が100%悪いのだが、今まではセイメイ達が何とか最悪の事態は防いでくれていたので天照大神の雷は落ちていない。
しかし今回、そのセイメイからのSOSがあった。何かよからぬ事が起きている事は揺ぎの無い事実である。

「ウズメよ、今すぐに京へ…はにゃ?」

すぐにでも都へ帰還せねばと思い、天鈿女命アメノウズメの方へ振り返った月読命はすぐに異変に気付いた。

「ウズメよ、その姿はにゃんとしたのにゃ?透けて見えるのにゃ!」

天鈿女命の後ろにある豪華な調度品が、天鈿女命の身体を通して透けて見えている。

「月読命様、私も同じお姿を貴女様より感じております。還俗げんぞくしてより時が経ち過ぎました。このままでは我等天界へと舞い戻る事になってしまいます。そうなると再度還俗するにはまた時が必要となりましょう。」

月読命、天鈿女命は神の中でも最上位ではあるが、それは天界での話。ここ現世に還俗した神がその実態を保つためには依代よりしろが必要である。彼女達は当初、還俗する依代を探す為に奉酒GPの会場へ降臨した。しかし、色々あってすっかり憑依する事を忘れていたのだ。しかも、十四代を助けるために神力を遣い過ぎたため、上位神である彼女達本来であれば1年程度実体を保てるはずが、今や風前の灯といった状況である。
彼女達が上位神であるが故、仮にこのまま天界へ召還されてしまった場合、次に還俗出来る神力が貯まるまでには数百年の時間が必要となる。
そうなると都を守護するどころか天照大神からの命である兄、須佐之男命スサノオの暴走を止めるというミッションすら実行が不可能なのだ。想像以上に事態は深刻である。

「そうであったにゃ…姉さんにも釘をさされていた事を思い出したにゃ。」

今にも泣き出しそうな月読命。そして自分がついていながらこのような失態を犯してしまった事に顔面蒼白となっている天鈿女命。

(地上のスイーツに目が眩んで、憑依を失念したなど…)

「もう選んでいる暇はありませんね…ひとまず本部へ戻り菊水様に御相談いたしましょう。」


-神国日本奉酒連合本部-

「なんと…そのお姿は…お痛わしい事でございます。」

月読命達の透き通った姿を見るなり異変を感じた菊水であったが、天鈿女命から事情を説明され言葉を失った。

司令官である愛山はじめ、司令部にいた他のメンバーにも一様に動揺が走り、重たい空気が漂った。その空気を割いて発言したのは覚醒した伯楽星であった。

「あ、天鈿女命様、それでその依代とは…い、一体どのようにお探しになるものなのでしょうか。あの…もし、わ、私の身体で良ければ…ど、どうかご自由にお使い下さい!」

「伯楽星ちゃん!?君は自分が何を言ってるか分かってる?」

伯楽星の発言に真っ先に反応したのは、コメ男子として彼女とずっと行動を共にしてきた吟のいろはであった。

「わ、分かっています…!わ、私だってとても不安な気持ちがあるけど…こ、このままじゃ月読命様達が…じ、十四代ちゃんの命の恩人なのよ?!」

伯楽星にしては珍しくとても感情的な強い口調で吟のいろはを睨みつけた。その瞳は涙で溢れ今にも泣き出しそうであったが、何とか堪えている様子だ。以前の伯楽星であればそもそも人前で喋る事はおろか、自分の意見を述べるなど考えもつかない程の引っ込み思案であったのだが、月読命の厳しい修行を経て覚醒した事で人間的にも大きく成長する事が出来たのだ。

「伯楽星よ、嬉しい申し出だにゃ。しかし残念にゃがらボクの神力を受け入れるにはお主ではちと足りぬ。ウズメなら…ややもすれば問題は無さそうにゃが…」

月読命はそこまで話し、少し思案しているようだった。

「で、では…!天鈿女命様、ど、どうか私を依代としてお使いください!」

その申し出に複雑な表情を見せる2人の神。
天鈿女命が意を決したように話し始める。

「伯楽星殿、貴殿の申し出この天鈿女命、心より感服しました。…しかしながら一つ気になる事がございます。属性の相性、とでも言えばお分かりいただきやすいでしょうか。私は何ら影響は受けませぬが、憑依後貴殿の特殊能力である『千里眼』が使用出来なくなる恐れがあります。」

「ウズメは水、伯楽星は風、属性の違いによる影響は正直ボクもどうなるか分からないにゃ。」

2人の神の説明にフロアがざわつく。

-それではいったいどうすれば…
-伯楽星ちゃんの身が心配だ…
-しかし一刻の猶予もないぞ…?

当の伯楽星も、『千里眼』が使え無くなるかもしれないという言葉に動揺を隠せないでいた。そしてフロアに再度静寂が戻った時、少女の声が響き渡った。

「話は全部聞いたわ…!」


司令室の扉から姿を現したのは、細身で長身の男、五百万石と意識を取り戻した十四代ちゃんであった。

「じ、十四代ちゃん!!」

菊水と伯楽星がほぼ同時に振り返り叫んだ。

「貴女が月読命様ね…まずはお礼を言わせて!助けていただきありがとうございます…!」

十四代はしばらくの間月読命に向かって深くお辞儀をする。そして、挑発的な笑みを浮かべながら月読命に向き直った。

「依代として私の身体を使って!それで貸し借りゼロ。どう?悪くない話だと思うけど?」

それはあまりにも不敬、天津神あまつかみに向かって取引とも言える発言と態度に思わず菊水が怒鳴り声を上げる。

「十四代ちゃん!!無礼であるぞ!!この方をどなたと思っているのだ!月読命様…!ワシの教育がなっていないばかりに何という失礼を…お許しください!!」

そう言ってその場へ平伏す菊水を横目に十四代は月読命を真っ直ぐ見つめている。
すると何やら思念していた月読命がニヤリと笑みを浮かべながら雄叫びをあげた。

「ニャオーーーーーン!!!!」

あまりの出来事にその場にいた全員は凍りついたように静まり返っていた。

「十四代よ、気に入ったにゃ!!このボクちゃんを畏れぬ立ち振る舞い…義経以来にゃ!望み通りお主をボクの依代としようではにゃいか!」

「ふふっ、じゃあ取引成立ね…!私は稲田姫ちゃんの暴走を止める、そして貴女はお兄様である須佐之男命さんを止める。2人で力を合わせれば何ら問題ないわ。」

十四代はスタスタと歩き月読命の目の前までやって来て、すっと手を差し出した。
その手を透き通った猫ナックルを付けた月読命の手が包み込む。

「ハハハッ!愉快愉快!!こんにゃワクワクするのは何年振りかにゃ!?十四代よ、お主を依代としてこのボクちゃんが加護を与えるにゃ!」

その瞬間、月読命と十四代の周囲に白く輝く魔法陣が出現し、辺り一面が眩い光に包まれる。眩しくて目を開けている事が困難な神々しさ。そして、圧倒的なエネルギーが司令室を包み込み月読命と十四代、2人の身体に集束した。契約成立の瞬間である。

「十四代よ、お主の力は素晴らしいのだ。これで思う存分暴れられそうなのだ!!」

そう言う月読命の身体は実体を取り戻した。猫耳やしっぽといった猫コスプレは消滅し、本来の月読命の姿、白地に金色の装飾が施された装束に、漆黒に輝く細身の刀を纏う。そして金色の瞳は更に輝きを増したようだ。
対する十四代、その瞳は月読命同様金色に輝き、ほとばしる神力を発している。

「これが…月読命様の加護の力?」

「いいや、まだまだこれからなのだ。神力が人間に馴染むには時間がかかるのだ。その力を使いこなして見せるのだ。」

猫コスプレでは無くなった月読命の口調は本来の月読命に戻ったようだ。
しかし誰もツッコミを入れる素振りが無い。ただ目の前で起きている事象にあんぐりと口を開けている。立ったまま気を失っている者もいた。

「よし!月読命様の力、絶対にものにしてみせる…!!」

そう言って張り切る十四代。彼女は自分の頭の中にいくつかの波動が流れ込み、形となっていくのが見えた。その中の一つを察知して、十四代は笑みを浮かべる。

「この能力…今ここで使えそうね!!」

そう言って、何やら読唱を始める十四代。

「数多の精霊達よ…その秘めたる力を解き放て!!
千変万化せんぺんばんか』!!」

十四代の掛け声と共に十四代の指先から6色の光が放たれた。水色の光が天鈿女命を包み込むのと同時に、伯楽星から緋色の光が放たれたのも束の間、同じく水色の光が伯楽星を包み込んだ。

「天鈿女命様、今よ!!伯楽星ちゃんの属性を水に書換えたわ!!」

その言葉に天鈿女命は驚きを隠せない様子であったが、事実伯楽星の属性が書き換わっているのを感じた。

「十四代殿、恩に着ます。伯楽星殿、いざ我が手を!!」

「はいっ!!!」

伯楽星は差し出された透き通ったか細い天鈿女命の手を取った。
その刹那、2人は激しい水柱に包まれる。
周囲の者が圧倒される程の激しさ。

「は、伯楽星ちゃん!!」

思わず吟のいろはが駆け寄ろうとするが、竜巻の様に巻き上がった水量に近寄る事さえ出来なかった。

「心配ないわ!!私は今!!天鈿女命様の御力を…!!受け入れます!!」


激しい水流の中から伯楽星の魂の叫びが聞こえた瞬間。
怒り狂う水が自我を取り戻したかのように穏やかさを取り戻し。
翡翠色のオーラを纏った2人の姿。

「よし!上手くいった!!」

十四代の呼び掛けに力強い微笑みで応える2人。

「流石は月読命様、こうなる事を全て見越しておいででしたか。」

天鈿女命は激しい水竜を己の神力で抑え込む事に成功し飼い慣らしたようだ。

「はっ、ははっ…そ、そうであるぞウズメよ。お主ならきっと出来ると信じておったのだ…!」

完全に目が泳いでいる月読命を尻目に、産まれたばかりの水竜は天鈿女命の周囲を飛び回った。

「ピギィーー!!!」

そして、伯楽星は『千里眼』の能力を保持したまま天鈿女命の加護を受ける事に成功したのだ。

「この力は…素晴らしい…!十四代殿、伯楽星殿、恩に着ます。」

天鈿女命と伯楽星の覚醒した姿を見て、満足気な十四代が月読命を見つめて言った。

「月読命様!!行こう!!京都へ!!」

「うむ、セイメイ達を救うのだ!」

完全に置いてけぼりを喰らっている司令官の愛山がハッとしたように口を開いた。

「き、君達、勝手な行動は慎んでもらいたい。」

その声に一同が愛山の方へ向き直った。
突き刺さる様な視線を感じながらも、つとめて冷静を装って続けた。

「君達は既に連合の庇護下にある。特に十四代ちゃん、君は神力研究所の秘密を知る重要参考人だ。我等と共に奴等の悪事を暴く事が最優先事項である。」

「はぁ?何言ってんの?」
「はぁ?何なのだ?」

月読命と十四代はほぼ同時に愛山に向かって威圧的な視線を送った。
その圧倒的な神力に愛山の後方にいた亀泉ちゃん、刈穂ちゃんは気を失いその場に崩れ落ちた。美山錦達が慌てて抱き抱えたので大事は無いようだ。

「司令官殿、ボクは都の守護なのだ。セイメイ達が危ういなら駆け付ける。当然なのだ。」

「だがしかし…!」

愛山が食い下がろうとした時、天鈿女命の肩の上に乗っていた水竜が雄叫びをあげた。

「ギュオオオオンッ!!!」

今にも愛山に飛び掛かろうとする水竜を制する天鈿女命。

「司令官殿、十四代殿は我々が神の加護のもと、必ずやお護りするゆえどうかご容赦いただけぬか?」

見た目は少女のような神、天鈿女命に優しく諭され愛山は折れるしかなかった。

「…仕方ありませんね、しかし必ず無事でお戻りください。」

「あぁ、ボク達に任せるのだ。都の件ももしかするとその…何某なにがしというヤツらと関係があるやもしれんのだ。ここでじっとしているより情報が掴めるかもしれないのだ。」

珍しくまともな事を言う月読命に一瞬驚いた表情を見せた天鈿女命であったが、すぐに表情を引き締め、

「さぁ!そうと決まれば私にお掴まりください。急ぎ!!都まで!!」

水竜と一体化した天鈿女命は月読命、十四代、伯楽星を乗せ風のように飛び立った。

続く


第十九話完走です🙇🏻‍♂️
元々サケ娘は神々の依代となるという
本来の設定にようやく戻りました💦

十四代ちゃんと月読命様
強力なタッグが誕生です!

次回、都に向かった一行
そこで思いもよらぬ展開が!?

♡高評価励みになります🙇🏻‍♂️

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