【小説】酒娘 第壱幕#020
第弐拾話 決着、そして迎合
八百万の神々について。
ここ神国日本では、彼等は大きく2つに分類される。
ひとつは創造神と呼ばれる神々。神国日本を創世したのち天界におわして神国日本と、そこに暮らす人間を見守り慈しみ、調和を乱す者に神罰を下す神々。その頂点に君臨するのが天津神の長であり、月読命の姉、天照大神である。
彼等は総じて位階が高く、現世に実体を持たないが、人間からの信仰の集合体である彼等は信仰が尽きぬ限り寿命が尽きる事は無い。また、現世に実体を持たないため、現世に降臨するためには神力の高い人間を依代として還俗する必要がある。数多の寺社や仏閣は彼等の加護を受けており、人間は奉酒を通じて神々の恩恵を与り、敬い畏れ奉る。
しかし、ごく稀な事だが、執念や怨念、禁断の呪術等で意図せず現世に召喚されてしまう場合がある。理性を失った状態で還俗した創造神は破壊神となり、現世に災いをもたらすため、創造神は常に各々が監視し合い、均衡を保っている。しかし今回残念ながら須佐之男命、櫛名田比売が破壊神として降臨してしまった。
もうひとつは陰陽神、人神と呼ばれる神々。
彼等は神国日本を物理的に加護する存在として創造神によってここ現世に召喚されている事がほとんどで、創造神に仕える存在である。現世で実体を持つため、寿命は無いが不死性は無い。また、中には地域信仰の結果、信仰心がカタチとなり神格化した人神や、祟神、鬼神となり人間に危害を加えようとする者もいるが、創造神から認められない場合、異端として討伐や封印の対象となる。
セイメイやライコウは月読命に召喚された人神であり、スザクは陰陽道に基づく陰陽神であり、セイメイによって召喚された。
また、ストクやハシヒメは祟神で、櫛名田比売が封印を解き力を与え復活した。
神々と人間を繋ぐもの。
それは信仰であり奉酒であり、
奉酒を醸造するサケ娘達なのである。
-京の都 伏見稲荷大社
ライコウはスザクと共に社の広間に戻り、無事だった部下に命じて被害状況を確認している。地割れに巻き込まれた者、ハシヒメに捕食された者は残念ながら帰らぬ者となった。他にもハシヒメに生気を抜かれた者や負傷した者も多数。
(約半数がやられたか…くそ!ワシとした事が…!!)
一方、スザクを初めとする南面守護の神官達は玉乃光ちゃん達伏見サケ娘衆の特殊能力である癒しの光『供饌の光』によって救い出され一命を取り留めた。怨霊に取り込まれた一般市民も同じく救い出され、ここ伏見稲荷大社にて治療を受けている。
「ライコウ様の援軍のおかげでございます。」
スザクにそう言われたライコウは、尚更自分の部下達を失った事に自らを責めていた。
(月読命様に顔向け出来ぬ…!!)
そんなライコウに更に追い討ちをかけるように、ハシヒメの髪に絞め上げられた手首は黒く変色し、何やら蠢いているような疼きを感じていた。
「ライコウ様…そのお傷、お痛わしい事です。我等の神酒がお役に立たず申し訳ございません。」
玉乃光がライコウの手首に付いた痣を神酒で浸した手拭いで包みながら祈祷したが、むしろ痣の領域が徐々に広がっているような感じさえした。
「玉乃光ちゃん、お主達には感謝しておる。部下達も含めお主達に命を救って貰った。しかし…何とも情けない限りじゃ。こんな事では天におわす関白様に笑われようて…」
自嘲気味に笑うライコウに玉乃光はかける言葉も見つからない。
その時、社の柱が軋むような音がした刹那、大きな揺れが起きた。社内で治療に当たっていた伏見サケ娘衆達は思わずしゃがみこみ立っていられない程の激しい揺れ。
「な、何事だ!?地震か!こんな時に!!」
スザクが周囲を警戒する姿勢を見せながら、真っ先に社の外へ飛び出した。
ライコウの手首の痣が激しく痛み始め、思わず声が漏れた。
「ライコウ様!大丈夫ですか?」
玉乃光、ツナ等四天王が心配そうにライコウに駆け寄ろうとする。
「く、来るな!!おまえ達…ワシは…ワシは既に毒されてしまったようじゃ。これを解くには表に出て、ヤツを始末せねばなるまい。」
悲愴と覚悟が表れた表情を浮かべたライコウが、激しい揺れによろけながらも社の外へ向かう。
「ライコウ様っ!!」
玉乃光がその背中に声を掛けた。ライコウはその声に、優しい笑みを湛えて振り返った。
「玉乃光ちゃん、心配は要らん。無事に戻りセイメイとともに酒を酌み交わす。約束は違えぬゆえ、美味い酒を用意しておいてくれ。」
そう言って、手首の痣に神酒を吹きかけ飛び出して行く。四天王達もライコウの後を追って出ていった。取り残された玉乃光は、涙を浮かべながら叫ぶ。
「必ずや、必ずや…どうかご無事でお戻りくださいませ!!」
社の外に出たライコウは先に飛び出していたスザクに合流した。既に激しい揺れは収まり、社を警備していた者達も2人の元に集結しつつあった。ライコウに気が付いたスザクはライコウを一瞥しすぐに正面に向き直る。
「ライコウ様、既に感じておられるやもしれませんが…前方より禍々しいモノの気配が止みませぬ。」
「あぁ、それに合わせてワシの痣が疼きを増しておる。答えはあの瘴気にありそうであるな。」
鳥居の外、およそ一里先に瘴気が渦巻き徐々に大きな塊となっていた。
「…!!!来るぞ!!!」
ライコウがそう叫んだ瞬間、瘴気の渦から大きな口を空けた蛇がライコウ達に飛びかかる。それを刀で受け流し斬り捨てるライコウ達。
「グォォォォォッッッ…!!!オッホッホッホ!!ヨクモ…ヨクモ妾ヲ燃ヤシテクレハリマシタワネ…!」
ツナが一刀両断に斬り、スザクが燃やしたはずのハシヒメであったであろう塊が、徐々に実体を取り戻していき。
髪の毛であったであろうモノが大蛇に姿を変え次々とライコウ達に襲いかかって来る。
各々その猛攻を掻い潜りながら、反撃の機会を伺う。神酒の加護を受けた一行は、難なくやり過ごしていたが、恐れをなした配下の者達が数人大蛇の餌食となっていた。
「者共!!下がれぃ!!お主達では分が悪い。ここは我等で受け持つ!!社まで下がり玉乃光ちゃん達を頼む!!」
そのの声に従い、前線にいた兵が社まで退いたのを見届けたライコウ達は、反勢に出る。
ライコウと四天王達は神酒を振り撒いた矢を放ち、迫り来る大蛇は斬り捨て徐々に間合いを詰めていく。一方スザクは斬り捨てられても尚蠢く大蛇に炎撃を与え燃やし尽くす。
見事な連携にハシヒメを追い詰めたかのように見えた。
「オーッホッホッホ…!流石ライコウハンドスナァ。手首ノ加減ハ宜シオマスカ?」
ハシヒメの赤い瞳が一層赤みを増し、怪しく光った刹那、ライコウの手首の痣に更に激しい痛みが走った。
「ぐっっあぁっ!!くっ…おのれバケモノがぁ…!!」
「ライコウ様!!」
慌ててツナが駆け寄ろうとするが、ライコウはそれを制した。
「下がっておれ!この程度、問題は無いわ!!スザクよ!!ワシの腕に火を放て!!」
「な、なんと仰せになりましたか?」
「早くせい!!あやつに取り込まれるくらいなら腕の1本や2本バケモノにくれてやる!」
「し、しかしっ!!」
スザクはライコウの鬼気迫る表情に何かを悟った様子で、躊躇いながらも覚悟を決めライコウの手首に炎を放った。
ライコウは表情一つ変えずに燃え盛る自らの腕に刀を構え、ハシヒメと対峙した。
「感謝するぞスザク!では…参る!!!」
ライコウが天に向かい燃え盛る刀を突き上げると、にわかに雷鳴が轟き、稲妻が刀に帯電した。炎と雷と神酒の力を帯びた渾身の一撃。
「炎雷大神の加護を!!雷霆万鈞!!」
ライコウの掛け声と共に激しい炎撃と雷撃が螺旋状に絡まった太刀筋がハシヒメの形をした塊を切り裂き、断裂部分が瞬時に蒸発する程の高温で焼き切る。
「ギュァァァァォォォォン!!!妾ノ…妾ノ身体ガァ…!!」
「これで終わりだバケモノめ!!赫雷撃!!」
ライコウの斬撃を避けようとするハシヒメに意志を持った赤色の雷が纏わりつき、触れた部分が断末魔を上げながら消滅していく。
炎と雷の共演。後ろでライコウの様子を見ていたスザク達は凄まじい迫力に思わず見蕩れてしまう程だった。
そして、一際大きな稲妻が天から降り注ぎ辺り一帯が眩い光に包まれたのと同時に巻き起こる轟音。
音が鳴り止み、静けさを取り戻した先に、巨大な穴が開いていた。
「ライコウ様!!」
ツナとキントキが穴の中を確認すべく駆け寄った。砂煙が収まり穴の中心地点に佇む人影が見えた。そこにあった筈のハシヒメの姿をした塊は跡形もなく消え失せていた。
「ライコウ様!!ご無事です…か…」
ツナがライコウに駆け寄り声を掛けたが、ライコウの姿を見て言葉を失う。
両の腕は焼けただれ力無く垂れ下がり、全身が黒く変色しているようだった。よく見ると佇んでいるのではなく、脛の辺りまで足が地面にめり込んでいたため、その場に釘付けにされているだけだったのだ。
「ライコウ様!!早く社へお連れせねば!!」
櫛名田比売はハシヒメの存在が消滅した事を確認し、舌打ちする。
「ちっ、使えない祟り神ね…!まぁ良いわ。だいぶ時間を掛けたけどもうすぐ結界が破れる。これで都はお終い。」
その時、櫛名田比売はずっと待ち焦がれた気配に気付き振り返る。
「あぁ…!旦那様!お会いしとうございました。」
続く
第20話完走です🙌
前話より時は少し遡りますが
いよいよハシヒメとの決着が着きました
しかしその代償は余りにも大きく…
表紙はハシヒメですが
妖怪をAIで描くのが難しく
かなり苦戦しました💦
次回いよいよ須佐之男命登場
お見逃し無く👍
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