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【小説】酒娘 第壱幕#005

第伍話 降臨する厄災ー後編ー

「これは…何て素晴らしいんだ!想像を超える出来だ。」

「はい…!自分でもビックリするくらいの出来です!これで私達、コラボ部門で金賞目指します!」

「いやはや想像以上だよ!クックックッ!
アーッハッハッハ!!」
稲田姫は男が奉酒を見つめる目つきに尋常ではないものを感じて怖くなった。

「先生?」

稲田姫から先生と呼ばれた男こそ、酒娘育成学校の校長、名前は蘆名あしなといった。

「これで大蛇オロチ様復活の準備はあらかた整ったな。」

口元に不敵な笑みを浮かべているがその目は狂気に満ちていた。

「稲田姫よ。この奉酒を持って私と来るのだ。」

蘆名はもはや稲田姫の知る温厚な教師ではなかった。そして稲田姫の腕を掴み強引に連れ出そうとした。

「ちょ、ちょっと待ってください!行くって何処にですか?神酒GPまではまだ大分時間があります…」

「神酒GP?あぁ…稲田姫よ、あれは…嘘だ。」

蘆名はおぞましい笑顔で稲田姫に向き直り続けた。

「私の目的達成のためにはどうしてもお前の作る奉酒が必要だったのだよ。しかし学校を中退したお前では奉酒に力を宿す事は出来ない。だから十四代のレシピを利用したのだ。」

「そ、そんな…まさか先生…嘘ですよね?十四代ちゃんは?十四代ちゃんがこんな事受け入れる筈がありません!」

稲田姫はショックのあまり涙で目の前の蘆名の顔がぼやけていくのを必死に堪えていた。

「十四代?あぁ、あの小娘。強情で手を焼いたよ。中々レシピを渡そうとしないからな、少々手荒な手段を使ったがまぁ連合がうまく処理するだろう。」

蘆名のその言葉に稲田姫は愕然とし、その場に倒れ込みそうになった。
その腕を蘆名が抑え、再度連れ出しを試みた。

「さぁもう時間が無い。早く来るのだ。」

「嫌っ!絶対に、先生…あなたとは行かない!!十四代ちゃんに何をしたの!?」

稲田姫が泣き叫びながら必死に抵抗するさまに、蘆名の表情がみるみる変わり

「ちっ!めんどくせぇな。」

と吐き捨てるように言うと何やら合図を送る。

「大人しく来ないならばこうするだけだ。」

すると複数人の黒服の男が蔵に乱入して、居室の方に向かって行った。
そして寝室で眠っていた療養中の稲田姫の母、奈津を無理矢理連れて来た。

「ちょっと!!あなた達誰なの?お母さんを離して!!」

稲田姫の悲痛な叫びには耳も貸そうとせず、男達は咳込む奈津を無理矢理歩かせようとしていた。

「お母さん!!大丈夫? もうやめて!!お母さんは病気なの!!だから離して!!」

奈津が泣き叫ぶ我が娘の傍らにいる男に気付くや否や、ガタガタと震え出した。

「な、なんで貴方がここにいるの…?」

奈津の消え入りそうな声に、蘆名はニヤリと笑って答えた。

「久しいな奈津。稲田姫をいただいて行くぞ。」

蘆名のその発言に、ハッと我に返った奈津は蘆名をキッと睨み返した。

「ダメよ!この子だけは渡さない!渡してなるものですか!!うっ…ゲホゲホッ…」

しかし病身の奈津では男達に抵抗出来る術は無かった。

「稲田姫、いや我が娘よ。奈津の身体を思い遣るのであれば、大人しく私に着いてきなさい。」

蘆名の言葉に稲田姫は耳を疑った。
そして…

「私はお前の実の父親なのだよ。」

蘆名の高らかな笑い声と奈津が精一杯の力で抵抗する声がこだまする中、稲田姫は視界が真っ白になって行くのを感じた。


意識を取り戻した稲田姫は、自らが置かれた状況をすぐには理解出来ずにいた。
いつの間にか純白の巫女姿で祭壇らしき場所で手足を鉄製の枷で拘束されていた。

「大蛇様、いざ復活の時!!我が願い叶たまえ!!」

蘆名が稲田姫が醸した奉酒を祭壇に捧げ祈祷をしている脇に、蒼白のうなだれた奈津の姿があった。

「お、かあさん…」

しかし、稲田姫の声は奈津には届いていないのか、或いは絶望から来る諦観か、全く反応が無かった。

生暖かい不快な風が稲田姫に纏わり着くように吹き、この世の物とは思えないおぞましい呻き声が、地の底から聴こえて来る。

けがれなき処女の血と聖なるさかずきも以て生贄と為すべし!」

雷鳴が轟き、落雷と共に轟音と激しい光に稲田姫は思わず目を瞑った。血なまぐさい生暖かい吐息が顔にかかるのを感じ薄らと目を開けると、目の前に姿を現した異形の怪物と目が合った。

「大蛇様!!ご降臨!!」
蘆名は目は血走り額には血管が異常なまでに浮き上がった状態で、興奮を抑えつつも怪物の前に平伏した。

『…足名椎アシナヅチヨ。我ヲ眠リカラ醒マシタノハ貴様カ?』

「大蛇様!!私、足名椎はこの時を悠久の昔より待ち望んでおりました!漸く時が参りましてございます!!」

『ゴ苦労デアッタ。我モコノ時ヲ待チ侘ビテイタゾ。コノ小娘ヲ我ガ血肉トシ完全復活トシヨウ。』

そう言って大蛇は稲田姫を鷲掴みにし八頭あるうちの一つの口を大きく開けた。

(あぁ、何でこんな事になっちゃったんだろう…ごめんね十四代ちゃん…
私…全然疑わなかった。信じてしまった。
十四代ちゃんの提案だって事も。
あの男の嘘だった。

嬉しかったの、大好きな十四代ちゃんと一緒に表彰台に登る姿を想像して。

これで…お母さんも蔵も救えるかもって…
信じた私が馬鹿だった。
もう全ておしまい、何もかも…

こんな…こんな世界なんて…)

稲田姫はこの世の全てに絶望した。

「全部無くなっちゃえばいいのに」

『その願い、我が叶えよう!我が妻、櫛名田比売クシナダヒメよ。』

稲田姫としての記憶はこの時点で途絶えた。

そして。

厄災が降臨した。


第伍話完走しました!

稲田姫はヤマタノオロチの伝承で、須佐之男命(スサノオノミコト)の妻である櫛名田比売(クシナダヒメ)が還俗した姿として当初から考えていました。
そして、クシナダヒメの父は足名椎(アシナヅチ)、母は手名椎(テナヅチ)。

表紙は降臨した厄災、スサノオです。
AI絵師りっちゃんの力作👍

一旦ここで稲田姫のストーリーはお終いです。
次回以降は新しいサケ娘で行きたいと考えてますので、乞うご期待❣️

高評価♡お願いします🙇🏻‍♂️

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