【小説】酒娘 第壱幕#004
第肆話 降臨する厄災ー中編ー
「えっ?いつから?どうしてここに?」
「ふふっ、もう稲田姫ちゃんたらちっとも連絡寄越さないんだから!めちゃくちゃ心配したぞぅ」
そう言って完全にフリーズ状態の稲田姫を優しく抱き締めた。頭をさすりながらまるで母親が愛する我が子にするように言った。
「お母さん、無事で良かったね!…今まで良く頑張ったね。」
(プツリ…ガシャーン!!)
緊張と言う名の糸が切れる音、そして不安という名の氷が、支えを失って割れる音。
気が付くと稲田姫はわんわんと声を上げ泣いていた。
1時間近くはそうしていただろうか。
稲田姫がようやく落ち着きを取り戻した。
そして不眠不休で看病を続けていた稲田姫は泣き疲れてベッドの脇で眠っていた。そんな娘の髪を愛おしそうに撫でながら稲田姫の母 、奈津が十四代に向かってゆっくり話しかけた。
「十四代ちゃん、来てくれてありがとう。稲田姫はいつも貴女の話ばかり。瞳をキラキラさせながら嬉しそうに話すの。」
奈津は見事な手捌きで剥いた林檎を十四代に差し出し、自らも口にした。
「この子はね、昔から人付き合いが苦手でね。独りでいる事が多かったから…親元を離れて学校に行く時も不安な気持ちが大きかったと思うのよ。」
「だからね、最初に貴女に話し掛けてもらって、友達になろうって言って貰えたのが本当に嬉しかったんだと思うの。ありがとうね。」
そう言って涙を浮かべながら十四代の手を取る奈津の手は、長年の酒造りで使い込まれ皮が厚くざらざらして冷たかった。
「お母さん、感謝しているのは私の方なんです。」
十四代はニッと笑った後に少しバツの悪そうな顔付きで話始めた。
「稲田姫ちゃんがいなければ今の私は無かったので…」
そう、あれは入学式から間もなくした実習の時間中だった。
学校の中庭にある大欅。100年以上前から多くのサケ娘達の成長を見守っている大樹。
真下にあるベンチが十四代サボりの定位置となっていた。
遠くで十四代を呼ぶ声。
ヘッドホンの音量を上げ聞こえないフリをする、というよりむしろそんな声には全く耳を貸さない事が彼女が今出来る唯一の抵抗。
決められたレールなんてまっぴら。
そしてそれを自分に押し付けようとする両親への反発。
自由が欲しかった。
叶えたかった夢があった。
幼い頃は両親も応援してくれていた夢。
その夢はある日突然見る事を禁じられた。
地元の中学で進路指導の先生に、自分は音楽の道に進みたいと訴えた。
すると先生は困惑した表情で答える。
「十四代ちゃん、ご両親にはその話したかい?君の進学先はもうサケ娘育成学校に決まっているんだ。」
「決まっているってどういう事ですか?私、昨日もみんなと約束したんです!同じ学校に行ってバンド続けて、デビューしようって。私の人生なのに…そんな事って…」
「バンドのメンバーと?それはおかしいな。彼等はみんな十四代ちゃんがサケ娘育成学校へ行く事を知っているはずだけど…」
目の前が真っ暗になった。
先生の言葉が受け入れられずに脳裏にリフレインする。
(みんな知っていたですって?もしかして知らなかったのは私だけ?)
失意のうちに帰宅した十四代は、両親に想いの丈をぶつけた。
「十四代、お前はいずれこの蔵を継いでサケ娘になるんだ。いつまでもバンドの真似事なんかしてないでそろそろ仕込みの1つでも覚えたらどうだ?」
父からの心無い一言が心の奥底に棘のように刺さり、怒りを通り越して悲しくなった。
(今まで応援してくれてると思ってたのに…私の夢はお父さんからしたら遊びだと思われていたのね…)
それからの十四代は別人のようだった。
周囲の人からは抜け殻に見えた。
十四代を襲うとてつもない虚無感。
底抜けに明るかった十四代の豹変ぶりに母は心配して慰めの言葉をかけてくれたが、父には逆らえない母の言葉はどんな暴力よりも痛かった。
拒絶するしか無かった。
反抗心からの抵抗ではない。
自分の精神をギリギリ保つための自己防衛反応と言った方が正しいかもしれない。
「……ちゃん!」
「十四代ちゃん、やっぱりここにいたのね!実習始まってるよ?」
その声にふと現実の世界に呼び戻された感覚になる。
「うん、私はいいや。」
「ダメだよ、入学してから1回も実習出てないじゃない…このままじゃ進級出来なくなっちゃう。」
「進級…かぁ。進級なんてしなくていいや。」
「えっ?どういうこと?」
「私、サケ娘なんかになりたくないから。」
そう吐き捨てるように言い放った十四代。
俯いた稲田姫の目から大粒の涙がぽたぽたと落ちるのが見えた。
「…んで…」
掠れるように絞り出された声。
「何でそんな事言うの!!恵まれた環境で育ったくせに!!」
大人しいと思っていたルームメイトが見せた突然の涙に十四代の心は久しぶりに動揺した。
その後稲田姫の境遇をクラスメイトから聞いた。
寮に戻った十四代はなかなか部屋に入る事が出来ずにいたが、不意に扉が開いて稲田姫が顔を出した。
「ごめんなさい!!」
十四代の顔を見るや否やそれ以上曲がらないであろう角度まで頭を下げる稲田姫。
「私、あの後十四代ちゃんが夢を諦めさせられたって話を聞いて…何も知らずに酷い事言って本当にごめんなさい!!」
(あぁ、なんて純粋で真っ直ぐな子なんだろう)
それからというもの、稲田姫の一点の曇りもない瞳に触れる度十四代は少しずつ心に刺さった棘が抜けていく感じがした。
笑う事も増えた。
「ねぇ十四代ちゃん、私も何か楽器、演奏出来るかな?」
梅雨が明けた初夏の陽射しが降り注ぐ頃、十四代のサボりスポットから2人のランチスポットに変わった欅の下のベンチで、ふと稲田姫が切り出した。
「隣の部屋の鳳凰美田ちゃん、歌がものすごく上手なの。私、頑張って練習するから、バンド結成しない?名付けてサケ娘バンド!」
十四代はその時、稲田姫に救済された。
「あの子が急にドラムを始めたって連絡してきた時は、奉酒祭の演し物だとばかり思っていたけど…そんな事があったのね。」
奈津は昨年の奉酒祭(文化祭)でのサケ娘バンドLIVEの様子を思い出し、温かいものが頬を伝うのを感じた。
「だから私はどんな事があっても稲田姫ちゃんを守るって決めたんです。」
照れ臭そうに十四代は零れ出しそうな清々しい笑みを見せた。
続く
第肆話完走です!
十四代ちゃんと稲田姫ちゃんのストーリー
2回で終わらせるつもりが💦
妄想膨らみ過ぎました😆
稲田姫ちゃんの母親の名前は奈津(なづ)です。
これも次回以降由来を出して行ければと思います。
そして名前だけ初登場鳳凰美田ちゃん✨
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次回、いよいよ厄災の降臨😱
お楽しみに!
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