見出し画像

【小説】酒娘 第壱幕#012

第拾弐話 任務完了

「ご苦労だったな、五百万石。」

五百万石が目隠しを解かれた時、視界は周囲の明るさに順応出来ずしばらく目を細めていたが、聞き覚えのある声がした。

「山田…山田錦か!?」

徐々にクリアになる視界の先に1人のコメ男子が悠然と脚を組みながら座っていた。

「十四代ちゃんの監視の役目、大儀だった。天叢雲あめのむらくも様が大層お喜びだそうだぞ。」

「ど、どういう事だ?オレは監視など請け負っていないぞ?」

五百万石は山田錦に飛び掛かろうとしたが、両手両足をガッチリ拘束されていたためその場に転げ落ちた。

「なるほど。精米洗脳の効果が解けているようだ。これは所長に報告せねば…だから私は最初から懐疑的だったのだよ、あの怪しいヤブ医者杜氏どもの言う事なんか。」

山田錦が独り言のように嫌悪感に満ちた言葉を吐き捨てた。そして五百万石を抱え起こしまた座らせた。

「まぁいい。貴様が覚えていなくとも随時情報はこちらに入って来ていたからな。知らぬは本人だけ、と。不憫なやつだ。」

「ぐっ…何を言っているのか分からないが…十四代ちゃんは何処だ?彼女に何をした?」

歯を食いしばりながら山田錦を睨みつける五百万石に見下す様な目付きでフンッと鼻を鳴らした山田錦は答えた。

「本当に何も覚えていないようだな。貴様も俺同様、サケ娘監視の任務を帯びていたと言うのに…いったい何があった?」

(何だと!?サケ娘監視の任務?すると私が十四代ちゃんのそばにいたのは監視のため?いや、有り得ない。師匠から何があっても十四代ちゃんを守るように言われ、片時も離れず護衛してきたのだ。…いや、待てよ?そもそも何故十四代ちゃんの酒蔵に?いつからいたんだ?私はコメ男子。米大学を首席で卒業し、この山田錦と共に連合の科学技術庁に入庁し、神力研究所へ配属になったエリートの私が、何故?)

五百万石の脳裏に断片的な記憶が次々と現れては消えていった。
激しい頭痛と光と闇。聞こえる誰かの声。
悪寒が走り、瞳は窪み、額からは粒の様な脂汗が吹き出てまるで別人の様になった五百万石はガタガタと震え出した。

「まずい、乳酸発酵禁断症状だ。杜氏を呼んでくれ!!」

山田錦が内線をコールし、数人の男が部屋に入って来た。

(これは誰の声だ?誰かが私を呼んでいる…聞き覚えがあるぞ…いや、まさか…)


女の声
『着任おめでとう。私がこの研究所の所長です。今年は科学技術庁から米大学成績トップの2人が配属になるとは何とめでたい事か。2人の活躍を期待しているわ!』

男の声
『今日から君達の指導を任された天叢雲だ。君達には半年後、特殊な任務に就いてもらう。あまり時間が無いが、君達なら問題無くこなせると信じている。』


年老いた男の声
『お主は連合でワシの意志を継ぐのじゃ。いいか五百万石、真実を見ろ。惑わされるな。甘い誘いは全て罠と心得よ。お主の澄んだ心であればどんな困難も乗り越えられよう。しっかりと自分を保つ事を忘れるなよ?』


男と女が慌てる声
『何?どういう事?』
『どうやら実験体Aの精米洗脳は失敗の様です…』
『失敗じゃ済まされないわ!もしこの事が明るみに出たら何もかもお終いなのよ?』
『記憶操作は出来ておりますのでその点に関しては心配無用かと。』
『ふん!まだまだ成功率が低いわね、代替コメ男子オルタナティブを仕入れて来るの大変なのよ?次は成功させなさい。』
『も、勿論です所長!次こそは必ずご期待に沿ってみせますので…』


(頭がっ…頭が割れるように痛い!!何だこの映像は?これが私の記憶…なのか?ぐっ…!!)

「まずいぞ!突き破精フラッシュバックを起こしている!!すぐにアル添鎮静剤を!!」


刈穂ちゃんの特殊能力隠密行動ステルスによって神力研究所へ潜入した、美山錦、出羽燦々、そして刈穂。
先程から数人の研究員とすれ違っているが、全く気付かれる様子もなく目的地を目指していた。潜入前に目星を付けていたのは5箇所の研究室。既に3箇所に潜入し何れも無関係の部屋だった。刈穂は少し焦りを感じながらも、次こそはという思いで歩みを進めている。

『何かめっちゃ静かですね…!警備もほとんどいないし返って不気味だなぁ』

『しっ!静かに!姿は隠せても声は消せないの。』

『あ、はい…すみません…』

しかし、出羽燦々がそう感じるのも無理は無いくらい、神力研究所は静まり返っていた。
3階まで階段を使い、ここから先は美山錦の案内によってとある研究室を目指す。
そして、ある部屋の前まで来たところでセキュリティの解除を試みた。

ーセキュリティ解除シマシタ

無機質な電子音声と共にグリーンになったパネル。そして自動扉が空いたのを確認し、3人は部屋の中へ入って行った。

(何なんだこの部屋は?)

美山錦が感じた違和感は、無機質な壁と頑丈な鉄格子。そして、その鉄格子の奥に置かれた医療用らしきベッド。
ベッドの上には1人の男が眠っていた。

「五百万石さん!!」

その姿を見た出羽燦々が思わず声を上げてしまった。

『馬鹿!!声は隠せないって言ったでしょ!!』

刈穂が呆れて出羽燦々を睨んだ。

「ううっ…」

声に気が付いた五百万石が身体を動かした。駆け寄ろうとする出羽燦々を美山錦が手で制し、周囲を警戒しながら出羽燦々に耳打ちする。

『息はあるようだが何か様子がおかしい。声をかけずに起こしてみよう。』

美山錦の提案に出羽燦々は頷き、何故か開いていた鉄格子の扉を開け、すっとベッドの脇に近づいた。そして、横たわる五百万石の肩を揺らす。

「ううっ…ここは?」

目を覚ました五百万石がゆっくりと起き上がって傍らにいる出羽燦々に気が付いた。

「出羽燦々!?ここは何処だ?何故お前が?」

「五百万石さん…!助けに来ました。ご無事で何よりです。事情は後です。歩けますか?」

「あ、あぁ。随分と眠っていたようだ。頭が…頭が割れるように痛い。はっ!十四代ちゃんは無事か?あれ?君は確か…」

「五百万石さん、初めまして。出羽燦々の兄、美山錦です。それからこちらは刈穂ちゃんです。」

周囲の警戒を怠らずに五百万石に挨拶をする美山錦と刈穂。美山錦が疑問に感じていることを五百万石に尋ねた。

「いつからここに?監視はかなり緩そうですが…十四代ちゃんとは一緒でなかったのですね?」

「あ、あぁ。気が付いた時にはこの部屋に。どうやら薬か何か盛られたらしい。あまり記憶が定かではないが…」

その時五百万石の頭の中で誰かの声がした。

『彼女は4階の神力増幅室で軟禁されている…』

「そうだ。思い出したぞ。4階の神力増幅室だ。よし、十四代ちゃんの所へ向かおう。」

五百万石は急に立ち上がりそう言った。

「待って下さい。刈穂ちゃんの隠密行動ステルスの範囲から出ない様に。彼女を先頭にして行きますので一緒に行きましょう。」

美山錦は五百万石の提案に警戒しながらも、他に手立てが無い中、彼の言う事を信じて歩みを進める決断をした。

「刈穂ちゃん、大丈夫か?」

「えぇ、何とか。ただ、4人を隠すのは初めてだから…あまり長時間は…」

「分かった。先を急ごう。」

こうして4人は、五百万石がこの部屋だと指差した4階の神力増幅室のセキュリティを突破し、恐る恐る部屋へと潜入したのであった。

部屋へ中には無数のチューブに繋がれた少女が、何の研究に使われるのであろうか、様々な電子機器に囲まれた実験台の上に横たわっていた。

『十四代ちゃんだ!!』

出羽燦々が近寄ろうとしたその瞬間、部屋の扉が閉まる音がした。
そして、4人の後ろから男の声がした。

「五百万石、ご苦労であった。」

カツカツとリノリウムの床を歩く足音。
4人が振り返ると2人の男を先頭に30人程の武装した研究員が立っていた。

「良し、君達には我々と共に来てもらおうか。」

「あ、貴方は…天叢雲…さん!?」

続く


第拾弐話、完走しました!

五百万石の過去と与えられた任務
そして、それを利用した罠…

救出に向かった刈穂、美山錦、出羽燦々
そして五百万石の運命はいかに…!?

表紙は刈穂ちゃん
彼女の特殊能力、もはやチート級ですね😅

次回お楽しみに✨

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?