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【小説】酒娘 第壱幕#021

第弐拾壱話 セイメイも人の子

天鈿女命アメノウズメはこれまでも神の羽衣の力で空を飛ぶ事が出来た。そして今、水竜を使役する事に成功し、一体化する事で大きな竜の姿となり高速で飛行する事が出来る様になった。

「ウズメよ、この能力は素晴らしいのだ!!ボクも欲しいのだ!!」

水竜となった天鈿女命の背に乗っている月読命ツクヨミが興奮しながら全力で羨ましがっている。

「月読命さんは竜というより兎じゃないかな?月の神様だし。」

そう言って茶化す十四代に、ムッとした表情になった月読命は、

「兎??全然強そうではないのだ!だいたい空も飛べないではないか!」

「兎さん…可愛いですよね!私は好きですよ?」

伯楽星は元々動物が好きなので、正直なところ可愛らしさ重視なのだ。

「ぐぬぬ…伯楽星よ、そなたキャラが変わったのではないか?ボクは可愛さなど求めていないのだ。強さ!!カッコ良さ!!ウズメのように自由に空を飛びたいのだ!!」

顔を真っ赤にして熱弁する月読命を見て、十四代はニヤニヤが止まらなくなっていた。そして、稲田姫達と過ごした酒娘育成学校時代の想い出が蘇ってくる。

(何か楽しいなぁ…学生の頃以来かも。稲田姫ちゃん…絶対に私が助けるからね…!!)

「十四代よ、お主が兎とか言うから話がおかしくなったのだ!それなのに何ボーッとしてニヤニヤしているのだ!あ、さてはボクを馬鹿にしているのか?」

「痛たっ!違いますよ月読命さん…!稲田姫ちゃんが心配になって…」

想い出に浸っていた十四代の頬を突然月読命が引っ張ったので思わず反射的に月読命の頬を抓る十四代。2人はもつれ合い危うく天鈿女命の背から落ちるところだった。

「方々、お戯れの時間はそろそろお終いになさって下さいね。都が見えて参りましたよ。」

天鈿女命は2人が落ちないようバランスを取りながら尚も加速する。一行の眼前には碁盤の目の様に美しく整列した街並みが広がっていた。それは1000年以上前から変わらぬ街並み。しかしその街を目視できる程の覆い包むかのような瘴気が漂っている。

「ふむ、何者かが結界を張っておるな。電波を遮断する力もあるようなのだ。セイメイと連絡がつかないのはこのせいなのだ。」

「このまま突入しても問題無いでしょうか?」

天鈿女命は分析をしている様子の月読命に問う。結界がどの様な性質かが分からぬ今、もしかすると外部からの侵入を阻む力が結界に備わっているとすれば、弾かれてしまう可能性があるからだ。しばらく考え込んだ月読命であったが、

「ウズメよ、多分いけるのだ。このまま突破してみせるのだ!」

と、何の根拠も無い事を言う始末。
その横で十四代が何やら呪文を唱え始めた。

「聖なる灯火を抱きし母なる大地よ、その力我に賜わん…!天地蒼生てんちそうせい!!」

十四代の身体から白い魔法陣が巻き起こり、にわかに静寂が訪れた。地上にある木々が、草花が活気づき結界のエネルギーを吸収していく。そして、綻びが発生した。

「ウズメさん!!あの裂け目から突入しましょう!!行けますか?」

「うふふ、十四代殿、愚問ですよ?もちろん!!」

そう言って水竜の天鈿女命は、結界の隙間を見事に滑空して都に向かい降下を開始した。
十四代の能力に目を丸くしていた月読命と伯楽星は、返り振り落とされそうになり我に変える。

「十四代ちゃん…今の…すごーい!!さすが月読命様のお力ですね!!月読命様すごーい!!」

伯楽星は頬を赤く染めながら2人を称賛した。

「は、はははっ…ボクの思った通りなのだ。十四代よ、よくボクの力を使いこなしたのだ。」

引き攣った笑いを誤魔化しながら月読命が応える。十四代はこれでもかというようなドヤ顔でニコッと笑った。

(ぐぬぬ、もはやボクちゃんを超えてない?いやいや!十四代に力を与えたのはボクちゃんだから…ふふふっ、やっぱりボクちゃん凄いのだ!!)

「ふぁっふぁっふぁっ!!愉快愉快!!」

都の街並みに月読命到着を知らせたのは、月読命の大きな高笑いであった。

「セイメイ様!月読命様がお戻りになりました!!」

広間で祈祷を続けるセイメイの元に、従者が駆け寄り伝達する。セイメイはその声に耳を貸さず、額に大粒の汗を浮かべながら祈祷に集中していた。セイメイの配下で警備役であるゴズが従者を制する。

「殿は今強大な瘴気と闘っておられる。気安く話し掛けるでない!!」

「良い!!聞こえておる!!月読命様をこちらへお通しせよ!!」

セイメイは主の帰還に心の奥底から安堵した。先程より瘴気の勢いが増し、正直なところもう駄目かもしれないと思っていたからだ。都の安泰を守り通す、天照大神に人神として月読命に仕える事の許しを賜った時に誓った。
それを反故にする事など断じてならぬ。その気持ちだけで何とか持ち堪えていたのだ。


-839年前 京

「貴方の事は存じております。この都に陰陽道を広め正統化し、時の関白道長公をお支えした陰陽師、安倍晴明あべのはるあきら。」

「ははっ。恐れ多き事にございます。」

「我が妹の命とはいえ、死してなお生に執着し、神の力を得んとす。これ如何なる所存か?」

天照大神アマテラスは微笑みを湛えた表情ではあるが、相当な怒りのオーラを発していた。事実、直前に月読命が義経と共に意気揚々と凱旋して来たのだが、天照大神を見るなり顔面蒼白になり、後ろで完全に項垂れている。
晴明は当然、神国日本書紀に登場するこの2人の神を知っていたし信仰の対象であった。故に月読命に召喚され、人神ひとがみとして不滅の肉体を与えられた時は、子供のように泣いて喜んだ。そして月読命の期待に応えるべく、全身全霊で月読命に成り代わり都の守護を全うしてきた。その月読命が正に蛇に睨まれた蛙状態になっている状況からして、自らの窮地を悟り慎重に言葉を選ぶ。

「恐れながら申し上げます。私には生への執着はございませぬ。命あった時同様、ただただ都の安寧を願う、その一心にございます。」

「ほう、しかしながらこのような話も聞いております。晴明、貴方は財、出世の為ならば帝や関白すらも欺き、呪詛し、権力者へと加担する事も厭わず…と。相違ないか?」

晴明はその天照大神の優しい問い掛けに、全てを見透かされているような心地悪さを感じ、背中に一筋の汗が流れるのを感じた。

「帝や関白を欺き、陥れようとした事については…相違、ございませぬ。しかしながら、決して私利私欲の為ではございませぬ。都の安泰と安寧を願えばの事。帝とて人の子、時にお諫めせねば世は治まりませぬ。平安の世をお治めいただく器のある御仁に寄り添い、信念を遂げたまででございます。」

これは晴明の本心であった。まだ中納言であった若い道長に出会った時、この人だと心に決めた。彼のために自分は影になる。道長の闇の部分は晴明が背負った。その事で清明について良からぬ噂も流れたし、晴明の死後、一部庶民の間では晴明を守銭奴として面白おかしく話を創作する者もいた。

「貴方が言う御仁とは、道長公の事か?」

「ははっ。如何にも。」

「分かりました。ではミチナガをこれへ。」

晴明は耳を疑った。そして目の前に表れ晴明に気まずそうな複雑な笑みを投げ掛け手を振る青年、若かりし頃の道長がそこに立っていた。

「あぁ、あぁ、何と言う事、関白様…!お会いしとうございました。」

晴明と共に月読命に召喚され、状況についていけず一先ず平伏していた頼光よりみつなどは、嗚咽を漏らして泣き崩れていた。

「よう、晴明に頼光。久しいのう。事情は聞いておった。そして晴明、お主が今語った事、嘘偽り無きお主の本心であることも既に天照大神様は見抜かれておる。下手な言い訳などせぬかヒヤヒヤしておったぞ。」

晴明はここでようやく、自分が天照大神に試されていた事を悟った。叱られているのは都の守護を放り出していた月読命であって、天照大神はそもそも晴明達を非難するつもりは無かったのだ。道長がここにいる事がその証拠である。

「晴明、驚かせてすみません。しかしもし貴方に少しでもよこしまな気持ちがあるのなら、この場でその肉体うつわを取り上げようと思っていました。貴方が都の安寧を願う気持ち、ミチナガからも聞いてはいましたが、今ここではっきりと分かりました。」

そう言って天照大神はにこやかに道長と晴明の顔を見やった。

「元々ミチナガから、いずれ自らの配下として、晴明、貴方がたを召喚して欲しいという相談は受けていたのです。しかし、我が妹がまさかこんな事をしでかすとは…妹が召喚してしまった貴方がたに残された選択は二つ。この場で我が手により封印し、悠久の時を経て復活を待つか、我が妹に仕えるか。
晴明、貴方が我が妹を支え命を賭してこの都を護り抜くと誓うならば、それを許可します。」

晴明は突然の事に状況が飲み込めずにいたが、道長が目配せをして見せたのでこれは受けるのが正解なのだと悟った。

「ははっ。謹んで月読命様にお仕えし、身命を賭して都の安寧に努めます…!」

「よろしい。ミチナガ、貴方は残念かもしれませんが、引き続き私の傍らで神の会議かむのはかりの補佐をしてもらいますね。」

「承知仕りました。晴明、頼光、良かったな!たまには遊びに参るぞ。」

「今日から晴明はるあきらはセイメイ、頼光よりみつはライコウと名乗りなさい。そしてそれに従する者達よ!今ここで天照大神が任じる!我が妹月読命を補佐し都の守護をせよ!!」

「ははーっ!!」

「そして、我が妹はしばらくの間私が預かります故、その間は能く都の守護を頼みますよ?」

こうして笑顔の天照大神に首根っこを掴まれた月読命が次に都に帰ってきたのはそれから100年ののちの事であった。


「セイメイ!!帰ったのだ!!電話に気付かずすまんなのだ!!江戸から団子を買ってきたからこれで許してくれなのだ!!」

この危機的状況下においても、自らのスタンスを全く変えようとしない天真爛漫過ぎる主を見て、セイメイは思わず顔を綻ばせた。少し気持ちに余裕が出てきたのも事実であった。

「月読命様、ご無事のお戻り祝着至極に存じます。恐れながら敵方かなり手強く、我が力だけでは抑えるのが関の山。どうかお力添えを賜りたく存じます。」

「あぁ、それな。今十四代達が何とかするのだ。どれどれ?うむうむ、なるほどなかなか天晴れな敵なのだ。よし、ボクに任せるのだ!」

そう言ってセイメイが護る結界の源、晴明石に触れ神力を送る月読命。
その刹那、周囲に漂う瘴気が一瞬で吹き飛び晴れ渡った。

「おぉ!!流石月読命様!!いとも容易く祓われた!!」

晴明殿でセイメイと共に祈祷していた神官達からどよめきと歓声が上がる。
そしてセイメイはホッと肩を撫で下ろし、額の汗を拭った。

「ボクちゃん最強!!」

そう叫んで広間の真ん中でクルクルっと回って見せる月読命に、一同から月読命コールが巻き起こった。

「さぁセイメイ、皆で団子を食うのだ。これは美味いぞう…!!」

無邪気な月読命の笑顔を見て、セイメイのこれまでの苦労は吹き飛び、癒され救われた。
この新しい主は、何故か人を惹きつける力があるようだ。そう、生ある時にお仕えした御仁と同じように。
セイメイはお詫びの品と言っていた団子を真っ先に頬張る主を見て、大きな笑い声を上げて笑った。


櫛名田比売クシナダヒメはすぐに異変に気付けなかった。何故なら愛する人が目の前にいたからだ。
須佐之男命スサノオに言われて初めて気が付いた。
しかし時既に遅し。櫛名田比売がじっくり時間を掛けて張り巡らせた呪符は一瞬にして破られてしまった。これには冷静な櫛名田比売も動揺を隠せずにいた。

「気が逸れていたとはいえ…何て事なの!?」

「まぁ良いでは無いか。都の事など放っておこう。それよりも今はまずい状況のようだ。」

そう言って須佐之男命は遥か上空に向かって矢を放った。それは絶対命中の矢。須佐之男命の索敵能力により敵と認知されたモノを追尾し決して逃がさない。須佐之男命の意識と一体となり、須佐之男命の意のままにコントロールする事が可能だ。しかし、その矢はどうやら破壊されたようで須佐之男命の意識から消えた。

「ちっ、やられただと?何者だ?」

訝しむ須佐之男命と櫛名田比売の前に1匹の巨大な緋色の竜が降り立った。
そしてその背から軽快な足取りで降り立つ少女。少女は櫛名田比売に向かって優しく話し掛ける。

「やっと見つけたわ、稲田姫ちゃん。待ってて、今助けてあげるからね!」

続く


第21話完走です🙌

ようやく都へ帰還した月読命
安堵するセイメイはようやく張り詰めていたものから解放されました
元来生真面目なセイメイは、人の心を失いかけていましたが、天真爛漫な月読命を見てその心を取り戻し久しぶりに笑うのでした

一方、稲田姫に憑依した櫛名田比売の前に十四代が降り立ちます
ここから物語は急展開を迎えます!
お見逃し無く!!

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