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【小説】酒娘 第壱幕#009

第玖話 輪廻と覚醒と

えぇ、勿論覚えていますわ。
わたくしとても怖い思いをしましたから。
暗闇の中で1人で震えて泣いていましたの。

えぇ、とても心細かったんです。
あまり先の事は考えていませんでしたわ。
今、この瞬間が不安だったとでも言いましょうか…

いいえ、死ぬ事は全く怖いと思った事はありませんわ。
寧ろこの孤独から解放されるのであれば、早く殺して欲しいとさえ思った程です。

目を。目を瞑っていましたわ。
だって暗闇に変わりは無いでしょう?
早く終わる事だけを願って。

目を開けるつもりは無かったのですけれど。
急に辺りが明るくなった感覚がありましたの。
えぇ、まるで朝日に照らされて。
長い眠りから醒めた朝のような感覚。

そう、とても悪い夢。
思い出しただけでもゾッとしますわ。

太陽。
そうですわね。
旦那様は私の太陽。

え?太陽はお義姉様?

いいえ、私にとっては旦那様こそ太陽に相応しいお方。

あぁ、とても嬉しい。
はい、私も愛していますわ。心から。

旦那様さえ。
旦那様さえ傍に居て下されば。
私は他に何も要りません。

友達?あぁ、何てお優しい旦那様。
一番殺してやりたい女の名前を思い出させてくれるなんて。

そう、この世界に未練など一つもありませんわ。

だから。

壊してしまいましょう。
この穢れた醜い世界を。

そして新しく創造つくれば良いのです。
私達の理想郷シャングリラを。


ー大海原は2つに割れ、
巨大な津波となってひとつの都市を飲み込んだ。


「うにゅにゅ、それじゃダメだにゃ。もっと、こう、意識を1つに集中するんだにゃ。」

「うー…こ、こう…ですか?」

「違ーうにゃ!全然違うにゃ!!こう!!だにゃ!!」

十四代を見つける為には、神力を鍛える必要がある、そう天鈿女命アメノウズメに指摘を受け、手っ取り早く神力を鍛えるには月読命ツクヨミ様から御指南頂くのがよろしいかと。と告げた天鈿女命は、私は少し調べたい事があると言い、吟のいろはを伴って何処かへ行ってしまった。
十四代が行方不明になってから早1週間。
いまだこれといった手掛かりはなかった。

残された伯楽星は、猫…ではなく月読命の修行を受けざるを得ない状況になり、かれこれ丸一日。
月読命のスパルタぶりに無意識に涙が流れていた。

「泣いても神力は育たないにゃ!そうだにゃ!これを着けるにゃ!」

そう月読命から手渡された物…
猫耳バンドと尻尾。

「そ、それだけは!い、嫌ですっ…!!」

条件反射的に頭を左右に激しく振る伯楽星に月読命は飛び掛って強引にそれ等を着けようとしている。

「にゃんだと?このボクの神力が漲る秘密アイテムにゃんだぞ?抵抗するでにゃい!!」

「只今戻りました。」

2匹がもつれ合っている所に上空からヒラリと天鈿女命が舞い降りて来た。
小脇に顔面蒼白になり、ガタガタと震える吟のいろはを抱えていた。

「僕、ジェットコースターとかダメなのに…うっ…」

天鈿女命が手を離すとその場にグッタリと座り込んだ。

天鈿女命は猫耳と尻尾が取り付けられた伯楽星を見るなり、思わず吹き出してしまった。

(か、可愛い…)

しかし、次の瞬間には冷静さを取り戻して続けた。

「月読命様、伯楽星殿。遊んでいる暇は無いですぞ。大変な事が起きております。」

「あ、遊んでなんかいません…!わ、私はし、真剣に…あぁ!何で?と、取れない…!!」

伯楽星の頭に装着された猫耳バンドは月読命の神力を宿していたためか伯楽星の髪と一体化を始めていた。尻尾は未確認だが…
伯楽星の感情と同調して動いている事は確認出来る。

「ウズメよ、どういうことにゃ?」

「少し遅かったようです。恐れていた事態が起きました。天照大神様の予言と同様に、紀伊半島並びに濃尾平野が大津波に合い甚大な被害が出ております。」

「まさか…兄さんが?」

珍しくシリアスな顔付きになった月読命。
伯楽星はその時、何かとてつもない大きな存在ー
一瞬ではあるが、誰かに見られた気がして背筋に冷たいものが走った。

「いえ、残念ながらそこまでは…ただ一つ気になる事を吟のいろは殿が。」

途端に皆から注目をされた吟のいろはであったが、天鈿女命の超音速移動で完全にグロッキー状態だった。

「いろはよ、随分とやつれたにゃ。気ににゃる事とはにゃんにゃのだ?」

魂が抜けかけていた吟のいろはだったが、先程自分が見た光景を思い出しハッと我に帰った。

「あ…はい。まだ自分でも信じられないのですが…」

そう切り出した吟のいろは。水を一気に飲み干して自分を落ち着かせている様子だった。

「とても…悲惨な光景でした。津波で押し流されて、僕が知っている名古屋は跡形もなく…お城も駅も何もかも…」

そこまで話して言葉に詰まってしまった吟のいろはだったが、ふと視線をあげると猫耳姿の伯楽星が目に入り、思わず口に含んでいた水を吹き出した。

「は、伯楽星ちゃん!!何ですかその格好は!!」(か、可愛い…)

伯楽星は天鈿女命と吟のいろはの話に聞き入っていたので、猫耳と尻尾の事を忘れていたのか、ハッと顔を真っ赤にしながら頭を抱えながらしゃがみ込んだ。

「こ、これは…!もう!!つ、月読命様が勝手に!!」

「吟のいろは殿、伯楽星殿の出で立ちに関しては後程ゆっくりと愛でるとして、今は話の続きを。」

天鈿女命の妙な発言と伯楽星を見つめる視線が気になりつつも吟のいろはが頷き話を続けた。

「ふと海岸線の方に目をやった時、女性が1人歩いていたんです。気になって見ていたら…彼女こちらに気付いたみたいで…目が合いました。
あの、信じて貰えないかもしれませんが…その顔に見覚えがありました。
雰囲気は少し変わってましたが、間違いないと思います…!酒バンドのメンバーの稲田姫ちゃんでした!!」

吟のいろはの話にえぇっ!!と大きな声を出したのは猫耳の伯楽星だった。
それもそのはず、伯楽星はベース。稲田姫はドラム。十四代はギター。鳳凰美田はヴォーカルという同じバンドメンバーだったからだ。

「い、いろはくん、そ、それは流石に見間違えじゃ?だ、だってい、稲田姫ちゃんはお母さんの具合が悪くて…じ、実家の島根県に帰っているはずよ?」

「えぇ、僕もそれは知っていたので最初は似てるなぁ位にしか。でも聞こえたんです。こちらは空の上にいるのに、耳元で稲田姫ちゃんの声が…!」

『十四代ちゃんはどこ?』

すっかり顔色が良くなった吟のいろはであったが、その時の様子を思い出して思わず身震いしてしまった。それに釣られるように2匹も全身をブルブルさせた。

「その声は私にも聞こえた。思念に話し掛ける事が出来るのは私の知る限りではかなり上位の神と思われます。天照大神様の予言では、須佐之男命スサノオ様が災害の中心に映し出されておりました。しかし、他の神も同様に狂神化したとなると…事態は我々の想像より深刻かと。」

天鈿女命は冷静を装って説明したが、何やら妙な胸騒ぎを感じていた。

「ち、ちょっと待ってください。い、稲田姫ちゃんが…そ、そんな事出来る訳ないです。き、きっと何かの間違いです!」

「私もそう思いたい…が、あの狂神が十四代殿を探しているとなると…目的は不明なれど、何としてでも先に我々が十四代殿を見つけ出す必要がある。」

伯楽星の反論も至極最もだし、それに対する天鈿女命の考察も至って冷静な分析であると言えた。

「それにゃら問題にゃいにゃ。」

月読命の発言に一同が振り向く。

「ボクのスペシャルな神具を纏った伯楽星よ、集中して千里眼を発動させてみるにゃ。」

「え?で、でも…」

「良いから、落ち着いてやってみるにゃ!」

「わ、分かりました…!で、では…」

伯楽星が意識を十四代に集中する。
すると伯楽星の髪が徐々に翡翠ひすい色に変化し、身体が透き通った絹のようなベールに包まれた。暫くして見開いた瞳も翠色に輝き伯楽星の意識はまるで草原を走る駿馬の様に駆け出していた。

「す、凄い…!」

吟のいろはが伯楽星の変貌に思わず感嘆の声を漏らした。その声にこれ以上無いくらいのドヤ顔を決めた月読命。

「当然にゃ。ボクの力を持ってすればこにょくらい朝飯前にゃ。」

「…わ、分かりました…!じ、十四代ちゃんの居場所が!!」

続く


第玖話、完走しました‼️
今回は稲田姫から櫛名田比売クシナダヒメへの輪廻転生と、
伯楽星ちゃんが覚醒するシーンを書きました。

表紙は闇堕ち稲田姫

伯楽星ちゃんの髪と瞳が緑になったのは伯楽星ちゃんの守護精霊が風属性という設定のためです。

猫耳伯楽星ちゃんの今後の活躍に期待ですね🐱
次回もお楽しみに❣️

高評価♡めっちゃ励みになります🙇🏻‍♂️

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