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書くを始めてみよう

さて、文章を書いてみようと思う。正直言って書くのは苦手なんです。なんで苦手だと思ってるのかな、小学校のころ読書感想文が好きじゃなかったからかな、読書感想文の宿題が面倒くさくてあらすじばっかり書いてたら書き直しさせられたからかな、コミュニケーションがそんな得意な方じゃなくてそんなに口数の多い方じゃないからかな。といっても人といてそんなにしゃべらないのは人は人、自分は自分って考えがあるからでその人はその人でその瞬間完璧だと思うし特に主張することもないし世の中に発信したいことも特にないぼくがなんで文章を書いてみようと思ったかっていうと自分が考えてることを知りたくなったからなんですね。ぼくは自分で自分がそんなに考えてることが多くないと思ってるんですね、人はぼくのことをいろいろ考えてそうとかいろいろ考えてるよねとか言うんですけど、当のぼく本人はそんなふうに思っていない。どっちかっていうと映像で見てるっていうか物思いっていうのかな、そんなものに近い気がするし言葉に置き換えることは得意じゃないし、だからいろいろ作ってたりするんですけど作ったものに想いをこめたりして、「はい!ぼくが思ってることは作ったものに込めたので感じとってください」みたいなコミュニケーション、それはコミュニケーションと言わないかもしれないけどそんな形の方が楽だと思ってるんです。じゃあなんで書いてみようと思ったか、最近いろいろ作ってるんですね、家具とか木を彫ったりとか、美容師でもあるので髪は切ったりするんですけど髪以外の素材でヘアピースアートピースみたいなものを作ったりとか。で作っていてこれはリハビリなんだと思ったんです。ヘアピースをつくってるのがですね、リハビリだと思ったんですね。ぼくはそもそもなにか作るのが好きだったんですよ、美容師はぼくの知ってる職業でなにか作る高校生当時1番かっこいいとおもった仕事だったのでなったんですけど美容師の仕事ってお客さんの髪を切ることじゃないですか、お客さんのオーダーがあってなりたいイメージを作るんですよ、それってある意味ぼくはそこにいないんですね、ぼくはお客さんのイメージを形にするためにいるんです、好き勝手にぼくのやりたいように切っていいわけではない、そういうオーダーとか好きにやっていい関係性の人もいますよ、でも基本はそうではない。それで経験が溜まっていくんですね、経験って面白くて良いようにも溜まるし悪いようにも溜まります。勝手に手が動いたりその人に似合う髪型がすぐ分かったりする経験もあれば型にはまって面白みのないものを作っちゃう経験もあるんです。経験が邪魔するんですね、ぼくの人格を。だから自分の人格というかやりたいこと、作ってみたい形とか素材とかイメージをそのまま形にするってことをやってみてるんです、経験からの脱却、リハビリですね。そうするとですね、手で考えてる感覚になるんですよ、そんな感覚味わったことありませんか?自分の思考をそのまま表に出してみる、やったことのない形で素材でどうやったらイメージの形になるのかな、手で考えてるんです手が考えてくれてるって言った方がいいかな。それで自分ってこんなこと考えてたんだイメージしてたんだっていうものが目の前に出来上がってくんですよね、それを文章でもやってみようって思って書き出してみたんです、自分の思考をそのまま書きだしていく、だから書きたいこととか特にないんです、自分がなにを思ってるか後からみてみようという始まりです。あ、日記ってこういうことなのかな、でもこのくらいのことはなんとなしに書けました、今1500文字くらい、読書感想文のときは行数稼ぐためにワザと改行とかしてたのに笑思ってることそのままケータイな
打ち込むだけでこのくらい書けましたねー、30分くらい書いたのでまた改めて書いてみようと思います!

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