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抜歯後のジビエ

 皆さんご存知だろうか。抜歯後、口内出血した状態で食べるジビエ料理が絶品であるということを。

 遡ること約2か月前。中学生の頃からずっと気になっていた前歯の隙間を埋めるべく矯正を決意。高校以来7年ぶりの歯医者に行きレントゲンを撮ると、左上奥にのみしか生えていないと思っていた親知らずが、なんと上下左右4本生えているらしい。「ゆくゆくは邪魔してきちゃうからね」という歯医者の先生の一言により、矯正をスタートするにあたって最初に親知らずを抜くことが決定した。

 まさか自分が生えているとは思っていなかったからか、親知らずに関する知識がほぼ皆無に近しく、周囲の友人やおとなたちに「こんど親知らず抜くことになったんですよねえ〜」なんて話していたところ、会社の上司から「親知らず抜いたあとに食べるジビエ料理は最高だぞ」と、ほぼ都市伝説にも聞こえてしまう情報を入手。これはいくらインターネットで調べようと、他のおとなたちに聞こうと、この上司以外に抜歯後にジビエ料理を食べている人は存在しなかった。なんだか「カニバリズムに片足のつま先だけ突っ込んでいないか?」なんて思ったりもしたが、そもそも食べるのジビエだし、血は自分だし、と言い聞かせた。というか、事実そうなのである。そして何より、一好奇心としてそれを試してみたい自分がいた。なんせ抜歯のタイミングなんて人生でも限られているのだから。

 いざ、抜歯当日。僕は極度の緊張状態に陥っていた。

血はおろか、医療系ドラマも好んでは見ない僕の手術イメージ①
血はおろか、医療系ドラマも好んでは見ない僕の手術イメージ②
血はおろか、医療系ドラマも好んでは見ない僕の手術イメージ③

 緊張状態でありながらも術後のジビエを楽しみに歯医者に到着。早速オペルームへと案内されると、表面麻酔を施される。10分後、先生再度登場。「ついに始まるのか」と心を決めた僕とは裏腹に、再度麻酔を施す先生。施術までに焦らされ、いつ来るのかわからない恐怖を与えてくる感じもまた、血はおろか、医療系ドラマも好んでは見ない僕の手術イメージである。

 追加の麻酔からまた10分ほどが経過、オペ室の外から先生の「よっしゃ、やるか!」といつもクールな先生にしては少し大きめな声が聞こえてくる。自分の視界の外で聴覚的に恐怖を植え付けてくる感じもまた、血はおろか、医療系ドラマも好んでは見ない僕の手術イメージなのである。

 施術開始、左上の親知らずから抜歯がスタート。左上は(唯一レントゲン撮影前から生えていることを自覚しているくらい)結構露骨に生えているだけあって、抜きやすいのか、体感10〜15分くらいで抜けた。問題は左下である。こちらは、そもそもレントゲンを撮るまで見えてない(けど今後矯正をするうえで邪魔をしてくる)のもあって、削って引っ張って押して、削って引っ張って押して…(endless mode!!!)。とても自分の口の中で発されているとは思えない、というか思いたくない「ギコギコ(鈍い音)」「ウィーーーーーン(声高い音)」「ガリガリ」「グググ」等の嫌なオノマトペのオンパレード…..。「ギコギコ(鈍い音)」が1番不快な音だったな。顔中の骨に響き渡る感じ。

 そして長い戦いを終え、無事に抜歯完了。17:30ちょうどにオペルームに案内され、出たのが18:50。冒頭の麻酔の時間を差し引いても約1時間前後に及ぶ親知らずとの戦いだった。俺の歯茎ありがとう。先生と歯科衛生士さんありがとう。

 処方箋をもらい薬局への薬の受け取りを足早に済ませ、最寄りのスーパーにルンルン気分で赴く。このとき心ではスキップしている。お目当ての鹿肉を無事にゲットし、その場で何を作ろうかと調べ、クミン炒めを作ることに決めた。スーパーでラムを買うことも、クミンを買うことも生まれて初めてである。これだから非日常はおもしろい。親知らずが導いたクミン炒め。もっと言えばすきっ歯が導いたクミン炒め。

 帰宅後、料理を始める。最近、杏のYouTubeチャンネルを見ているからか料理のモチベーションが異様に高いすがの。杏の料理動画は材料の分量を明記せず、目分量なところが良い。料理本も「いつも目分量で同じ味を再現する事はできないし、毎回味が違うから出版できない」と言い切っているところも潔くてなお良い。

 手短にラムと長ネギともやしのクミン炒めを作り、いざ実食。このときの口内状況としては術後よりかは遥かに止血に近しい状態だが止血しきれてはいない状態。この状態では正直、血とのコンビネーションを味覚でキャッチすることはできなかったが、ラムの獣臭が人生で1番恋しく感じた。本能的に求めている感じ。まるで『BEASTERS』の主人公レゴシにでもなったかのようだった。ただ、どんなに本能的に求めていても、仮に血とのコンビネーションが最高だったとしても、上述した最大の禁忌カニバリズムに到底たどり着くはずもなければ想像もしたくないな、とこれまた本能的に感じた自分に安堵したのであった。

 まだ親知らずを抜いていない方々へ、抜歯後にジビエ料理はいかが?


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