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清水の舞台から転落死

第1章 出会い



 デート前日、土曜日。3ヶ月間想いを寄せ、ついに初めてご対面できることになった彼女は、なんと既婚者であることが発覚した。ホテルにだけは絶対に行かないことを決意した昨日金曜日の作戦会議から一夜明け、改めて美人局が怖く、いつでもガンダで逃げ切れそうなサロモンのスニーカーを買いに行く。その足で明日のランチ会場を一足先に下見。ひさしぶりにというか、人生で初めてデートの下見をしたかもしれない。そうぼくは明日、ひさしぶりにデートを控えているのだ。

 デート当日。昨日買った、いかにも速く走れそうなサロモンのスニーカーを履き、家を出発。渋谷駅フクラス前、セブンイレブンにて12時に待ち合わせだ。すがの、3分前に着くも、未だ返信来ず。時刻12:00、未だ既読もつかず。「バックレか??」と不安になる。時刻12:03「今駅に到着して向かってます!」とのメッセージが届き、一安心。時刻12:08「遅れてすません。はじめまして」と想像よりも12センチ低く現れるAさん登場。推定151センチ。グレーのパーカーにブラウンのロングスカート、足元は生成り色のコンバース。首にはヘッドホンをぶら下げる。いわゆるピリ辛系と呼ばれる類なのだろうか。前日にランチ会場を下見に行ったぼくは、Googleマップを開くことなく颯爽と渋谷の街にて歩みを進める。過去2回、彼女に「忙しい」という理由からデートを断られたぼくは、謙虚な気持ちと尊敬の念から「忙しい中、時間作ってくれてありがとうございます」と伝えると、すかさず彼女も「こちらこそなかなか予定が合わずにすみません」と謙虚返し。そんな慎ましい会話を繰り広げること約3分。ランチ会場のコップンタイガーに到着。雑居ビルの3Fである。 
 ところが、下見が甘かったせいか、ぼくは2Fの扉を開けてしまう。明らかにディープでジャジーな音楽が流れる2Fフロアはどうやらコップンタイガーではなさそうだった。ので、Aさんを店内に入れることなく、何事もなかったかのように、お店の扉を閉め3Fに向かう。「ああ、こんなことなら外観だけでなく、3Fに登るまで下見をしておけばよかった…」。「遠足は家に帰るまでが遠足です」なんて15年前くらいに耳にタコができるほど聞いた決まり文句を思い出した。
 そんな後悔の念を脳裏に浮かべながらも無事に3Fのコップンタイガーに到着。開店して間もないからか、客数はちらほら程度で奥の席を案内される。店員からはメニューを渡され、ぼくはそのメニューに目を落とすと同時に彼女から一言、「さっき気づいたんですけど、ここの1Fのギャラリー、今のパートナーと初めて出会った場所です…(笑)」。

(第1章 完)


第2章 カオマンガイを食べながら



 突拍子に、それも初対面の人に衝撃の告白をする彼女。「出会い頭の一発」とはまさにこのことだと思った。ぼくはこの人、なんでも言ってくるタイプなんだ、と認識を改め、あくまで冷静な面持ちで、「そんな奇遇なことあるんですね(笑)、なんかすみません」とだけ伝え、カオマンガイを選ぶ。彼女はカオマンガイとフォーで悩んでいたが、最終的にぼくと同じカオマンガイを選んだ。モバイルオーダーなので、ぼくのスマホでカートにカオマンガイを2つ入れると、オプションでパクチーを100円で追加できることがわかる。3度の飯よりパクチーが好きなぼくは「パクチー100円で追加できますが、追加します?ぼくはします!」と伝えると「パクチーはあまり得意ではないのでいらないです!」とのこと。果たして彼女はデフォルトでパクチーがついてくるカオマンガイを食べ切ることができるのだろうか。ぼくは少しだけ不安になる。
 そんな気持ちを抱えながら、注文を済ませ2人の最初の話題は年齢の話に。蓋を開けてみると、彼女は翌日に誕生日を迎え、25歳になるようだ。よくよくDMでの会話も含めて考え直してみると、転職活動中に引越し考え中、そして離婚協議中の上にひさしぶりの土日の休日、かつ誕生日前日の今日というこの日に、鎌倉からわざわざ1時間以上かけてぼくに会いに来ている。もしかしてぼくのことが好きなのだろうか。そんなことを考えながら、「ぼくは23歳です」とだけ伝えると、「若いね!将来のビジョンとかあるの??」…年齢の次に将来のビジョン…。ぼくは動揺しながらも「会って15分くらいの2つ目の質問、それでいいですか?(笑)」と伝えると「転職活動で面接ばっかだからスイッチ入っちゃったかも(笑)。けど、これからしょうごくんともっと仲良くなるかもしれないからいろんなこと知りたいと思って!」。ぼくは本当に彼女がぼくのことを好きなのではないだろうかと思った。そしてこの時、ぼくは本当に彼女のことが好きになりかけていた。ただ、そんな下心を抱えながら、まともな返答ができるはずもなく、「毎日楽しく生きたいですね」なんてアホ丸出しな返答をしてしまう。「それが1番ですよね」なんて適当な受け答えをする彼女。
 そんな他愛ない話をしているうちにカオマンガイ2つと追加パクチーが到着する。セルフバーにて、鶏がらスープがあったので、「ぼく取ってきますね」と伝え、スープを2つ持って席に戻ると、そこにはすでにカオマンガイを食べ始める彼女の姿があった。初めて会った人との食事で、それも人がスープを取りに行っている間に食事を開始する彼女。「普通待つだろ?」と思いつつも、そんな彼女の無垢な、ひたすら食に貪欲な姿を見て責めることはできなかった。ぼくはどうやら少し変わっている人が好みのようだ。
 そして彼女は箸を進めながら、「パクチー意外といけるかも!」と笑顔で言ってきたので、「少しパクチー食べますか?」と伝えて追加パクチーの小皿を差し出すと、「ありがとう、もらう!」と言い放ち、なんと追加小皿のパクチーのうちの3分の2をかっさらっていった。「普通、もらっても半分がマックスじゃないの?!」と思いつつも、そんな彼女の無垢な、ひたすら食に貪欲な姿を見て責めることはできるわけがなかった。ぼくはどうやら少し変わっている人が好みのようだ。

(第2章 完)


第3章 カオマンガイを食べながらvol.2



 「第2章 カオマンガイを食べながら」なんて大々的にタイトルにしておきながら、ぼくはまだカオマンガイを一口も食べれていない。カオマンガイを食べたのは彼女のみ。そろそろぼくもカオマンガイを食べたい。そんな矢先、第2章を締め括ったパクチー事件を思い返すと、パクチー初心者の彼女はパクチーの3分の1を取ろうとしたところ、パクチーの葉と葉が絡まりやすいことを知らずに、たまたま3分の2取れてしまっただけなのかもしれない。嗚呼、「パクチーって取ろうとしているよりも取れすぎて困っちゃいますよね!」なんて気の利いた一言を言える余裕があればよかった。余裕と機転。そう、ぼくは瞬発力に欠ける。鈍臭い人間なのだ。自分の未熟さがなんとも悔しい。
 そんな自分の至らなさを実感しつつ、カオマンガイを食べるとやはり期待を裏切らない。この世に美味しくないカオマンガイは存在しないのではないだろうか。好きな食べ物ランキング5本の指に入ってくるカオマンガイ。テンションが上がってきたぼくは、彼女の先制攻撃に負けじと、離婚協議中の理由を問いかけてみる。もちろん「NGなら言わなくていいので」なんて彼女への配慮も忘れることなく、あくまで紳士的に。攻撃力が高いだけあってか、彼女はNGお構いなしになんでも赤裸々にその経緯を語ってくれた。嗚呼、「毎日楽しく生きたいですね」なんてアホ丸出しな返答をしなければよかった。ぼくだってもう少しまともな受け答えができる自信がある。ここで聞けた離婚協議への経緯を愛すべき読者の皆さんに共有したいところだが、これはぼくとAさんだけの大切な記憶として心に大切にしまっておこう。
 そんな経緯を聞きつつ話題は好きな映画へ。ぼくの最も好きな映画監督の1人であるPTAことポール・トーマス・アンダーソン監督の第2作『ブギーナイツ』の話を切り出す。本作のオープニング3分間はワンカットの長回しでスタートするのだが、この3分間は音楽と相まって、ぼくがこの世で最も好きな映像といっても過言ではない。そして、この映画を通して、というか、この映画が早稲田松竹にてリバイバル上映をしている際にたまたま同じ上映回を見て、同じタイミングで、似通ったレビューをFilmarksに投稿していることからぼくたちは出会ったのだ。ぼくは期待をしていた。それはこの映画はもちろん、PTA監督が撮る映画は、どうしようもない主人公が一度は栄華を極めるものの、大変な挫折を経験し、地獄を見る。その後、決してハッピーエンドとは言えないものの、ほんのわずかな希望を提示して迎えるエンディングが、なんとも人生らしいなあとぼくは感じており、この監督ないし監督が撮る映画が好きな人間は心に傷を負っているのではないかということを。それはかなり多くの部分でぼくの過去の経験とリンクする部分で、そんな人間とはもれなく馬が合うものだ。そんな期待は的中し、彼女もどうやら離婚協議にいたるプロセスと学生時代の2度、心に深い傷を負っているようだった。この話を通して、ぼくは本当に彼女のことが好きになりかけていた。それどころか、彼女を心から守ってあげたい、そんな気持ちを抱き始めていた。

(第3章 完)


第4章 舞台は目黒へ



 会ってから1時間足らずで、だいぶ密度の濃い話を重ね、お腹もいっぱいになったところでランチ会場、コップンタイガーを後にする。お会計時にぼくは「Aさん、パクチー3分の2食べたので、67円もらっても良いですか?」

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