あなたは、
夏が終わる。ようやく、終わる。あなたの嫌いな夏が。
僕は別に夏が嫌いじゃないけど、あなたが嫌いだと言うから僕もそういうことにしておいた。だって、僕は君と半身を交換し合ったのだから。やがて接着面がとけて輪郭線が曖昧になるように。
しかし今、僕の半身が、あなたが、裂かれようとしている。僕は僕の足だけで立たなくちゃいけない。あなたがいつまでも半身を貸してくれる訳じゃない。僕らは一つに混じり合うんじゃなくて、色ペンの先同士をくっつけるみたいに、波紋が互いに交わるように、ただそういう位置関係になるだけなんだ。
あなたはそれを上手にできると思っている。半身をすぐに捨てて、あの頃みたいな位置に戻れると思っている。そうやってできなかった人達 - 大多数の恋人達 - を笑い飛ばす。…笑い飛ばさないといけない、黒いもんわりとした塊があるのかもしれないね。
一人で生きるのって、一人で立っていることって、こんなに大変だったっけ。こんなに体力を使うことだったっけ。僕は文字通り、あなたがいないと生きていけない身体になってしまったのかもしれない。心の中にあなたが住みついて、離れられなくなってしまった。見るもの聞くもの全てにあなたが混じる。取り除けやしない。いやが応でも僕はあなたに引きつけられてしまう。だけど、その引きつけられてしまうのを、自分でまた引き戻さなくちゃならない。新しい訓練の始まりだ。
あなたがいた僕の部屋。
破れた枕カバー。
髪の毛が突き出た帽子と、あなたがいいねと言った麦わら帽子。
あなたの分身、僕の分身。結局作らずじまいの名札。
ご褒美のカルピス。
もう覚えていられない程に作ったお菓子たち。
あなたの残していったスパイスの香り。
一緒に歩いた道。
ほとんどない中にあった、僕とお揃いの本が二冊。
あなたと同じものを見ることはできないけど、それでも綺麗だねと言って見上げた月。
冷たく重たくなった布団。
全身黒の女装。
あなたのための右手。
あなたの口に放り込んだ干し梅。
親が肩代わりしている年金。
眩しい日は僕も嫌になる。日傘と日焼け止め、帽子と水筒。
二人の財布。
行儀の悪いあなたの足。を真似る僕の足。
寒いと消した扇風機。
あなたを待った改札、あなたと立った改札。
ギター。
全部ぜんぶ、愛しくてたまらないんだよ。
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