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経済回したいなら、平常時分度を守り、緊急事態には配れるだけ配れ〜報徳仕法における飢饉対応に学べ〜

ま、普段からどうでもいいことに予算を割いて出っ放しの予算やってると、いざという時にも財政出動に躊躇うくらいに財政が悪くなるという。三年の蓄えなくして国その国にあらず、とはいったもの。

今の我が国は借金するしか方法はなく、まぁそれはできるんだからやればいいんだけど、それさえ躊躇い、済民は後回しな感じですね。世帯支援も、事業支援も、なにこれ、みたいな話で、しかも補正予算通ってからとか悠長な話ですからね。ま、普段もどうでもいいところに予算を使い、いざというときも意味不明なところで「できる範囲の支援」しかしない。やるべきことと向き合わないのは平時も緊急時も同じすな。ま、だから最初から当てにすんな、という話だと改めて思わされました。

さて、時代は江戸ですが、二宮尊徳の報徳仕法でも幾度となく江戸後期の飢饉問題が取り上げられます。日頃から分度を徹底し、一定の蓄えを持ちながら、いざというときはその蓄えをためらわず出動する。予想を超える危機のときに人々の救済を優先するために、日頃はしっかりとした効率的な経営をする必要があるのです。何もケチに効率化ばかりやればよい、と私は申しているのではなく、こういうときにちゃんと余裕があればいくらでも手当できますよね、というお話です。

例えば天保の大飢饉のとき、尊徳が招集されてやったことは、まず飢えた民の数を正確に抽出し(もともと地域にある畑の生産力の把握などから報徳仕法は計画を組み立てるのでそのあたりの事前分析がちゃんとできている面も機能する)、無難・中難・極難に3分類し、飢饉を乗り越えるまでにどれだけの米が必要かを割り出し、日頃から分度を徹底して蓄えていた藩の備蓄米を引き、足りない米や必要なお金を市民から募っています。無利子融資の原資として活用。

いくら政府として配れるか?ではなく、人々の生活に必要な支援の規模と内容は何か?から思考し、論理的に分析して支援を行うのです。今より貧しく階級社会の江戸でさえ二宮尊徳はやっていたのに現代は進歩してるどころか、退化さえ感じますね。

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