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【ショート小説】雨粒に濡れる孤独

会社帰りの道。少し強めの雨が降っていて、雨粒が傘を叩く。朝は晴れていたから、レインシューズは履いていない。パンプスの中に容赦なく雨が染み込んでくる。

ストッキングに包まれた足が徐々に湿っていき、ついには歩くたびにパンプスの中が「グジョ、グジョ」というようになってしまった。

足元の気持ち悪さを感じながらも、私は雨音を楽しんでいた。

不規則なリズムで傘を叩く雨粒の音。地面に跳ねる雨粒。街灯やネオン、車のヘッドライトが濡れた地面や降り続く雨粒に反射するせいか、晴れている日の夜よりも、街の色は明るい。

ちょっと嬉しくなって、大人気なく傘をくるくると回してみた。子どもの頃、ランドセルの後ろで回したように。

「ちょっと何しているんだ!水を飛ばすな!」

ちょっと年配の男性の怒鳴り声が後ろから聞こえた。後ろを振り向くと、すごい剣幕のおじさんがこっちを睨んでいる。

「ごめんなさい。」

私は慌てて謝る。またやってしまった。人混みで傘を回したら、傘についた水滴が周りに飛び散るじゃないか。

ついつい、雨が降っていることが嬉しくなってしまい、周りに人がいることを忘れてやってしまった。

どうしてだろうか。私には何かが欠けている。何かが足りない。人への配慮が足りないとよく言われる。

雨の帰り道に浮かれていた気分が一気に落ち込む。とにかく周りに迷惑をかけないように、肩をすぼめて小さくなりながら家路を急ぐ。

アパートの玄関を開けると、とりあえずストッキングを脱いで足をタオルで拭きたいと思った。でも、玄関にタオルがない。バッグの中にも入っていない。

後で洗えばいいやと思って床が濡れないようにスリッパを履いて部屋に上がる。タンスの中からタオルを出す。洋服を脱いで、ついでに先にシャワーを浴びてしまおうと思う。

スーツは撥水加工を施してあるので、表面の水滴をタオルで拭いたあとで軽く消臭スプレーをかけてハンガーに吊るす。ハンガーはカーテンレールに掛ける。乾くまでクローゼットには入れられない。

ブラウスと下着は洗濯機へ放り込む。

シャワールームに入ると、少し床がヌメヌメしている。一昨日磨いたばかりなのに、と思いながらすみに立てかけてある掃除用ブラシで軽くこすって落とす。

換気扇を停めたままにしていたことに気がついた。

この梅雨の時期、シャワールームの換気扇は電気代がもったいなくても1日中かけていないと、すぐに怪しいものが発生する。アパートのシャワーに窓はない。換気扇で空気を循環させ続けておく必要がある。

今日は幸い、カビの発生までいかなかったことを良しとしなければいけない。

シャワーで床を流したあとで身体を流す。パンプスの中で雨水にまみれた足は指の間までしっかりと石鹸で洗う。

濡れたパンプスをそのままにしていたことを思い出した。キッチンペーパーでも丸めて入れて、中の水分を吸い出すしかない。シャワーから上がったらすぐにやっておこう。

シャワーを浴びながら、今日の仕事のことを思い出す。仕事はちゃんとこなせる。私はミスも少ない。それなのに、なんか職場の雰囲気がしっくりとこない。

この社会不適合者が。

ただひたすら愛想笑いをして、周りに必死に合わせようとして、それだけで精神が削られていく思いがする。

シャワーを浴びて、体を拭いてルームウェアを着る。パンプスに丸めたキッチンペーパーを入れたら、夕食を食べる。

作り置きしておいたおかずを出して、味噌汁を温めて、炊飯器のご飯を盛り付ける。以前はコンビニのパンとかで済ましていたが、それだけでは体調が悪くなってしまい、風邪を引きやすくなってしまったので、今では栄養バランスも考えて、時間がある時に作り置きをするようにしている。

ご飯を食べながらスマホでSNSをチェックする。インスタ、X、フェイスブック。自分の投稿にコメントが付いていないか、メッセージは来ていないか確認する。何もない。

なんだろうか。とてつもなく寂しい。もちろん、他の人にコメントをつけたり、メッセージを送ったりすれば返事をもらえるのはわかっている。でもそれはやりたくない。

自分からコミュニケーション取るのは面倒だけど、自分にはアプローチしてほしい。少し前からこの自己矛盾に気がついていて、自己嫌悪が増している。このワガママ女が。

今日あったことを、特定されないように気をつけながらそれぞれのSNSに書き込む。本名必須のフェイスブックには昔の友達もいる。友人たちの動向をチェックする。

高校時代の友人の結婚式に行ってきた、って高校時代の友人が書き込んでいた。私の高校時代の友人の友人なら、私の知っている人の可能性高いじゃん。

誰だよ、って思ってもタグ付けとかされていない。写真もない。テキストでの書き込みだけだ。結婚したのはフェイスブックはやっていない人なんだろうか。

頭の中にはてなマークが浮かぶ。結婚したのが誰なのか無性に知りたくて仕方がない。でも、メッセージで聞いてみるのもなんだかおこがましい気がして気が引ける。

結局、抑えきれない好奇心を無理やりしまい込んで、その件は考えないことにした。

他には特に代わったニュースも見当たらない。YouTubeで推しの動画を見ることにする。1日でとにかくホッとできる時間。スマホの小さな画面の中で躍動して、時に笑わせてくれる推し。

一人ぼっちのご飯を食べながら、推しの動きや言葉を楽しむ。食事が終わると、動画を止めて片付ける。片付け終わるとまた動画の続きだ。

推し、素敵だな。でも、今度のファンミーティングは抽選に外れた。いつも当たったことがない。なんか、私、避けられている?推しは人気者で倍率20倍くらいだから、20回に1回くらいしか当たらないのは、頭じゃわかっているけど、気持ちはついていかない。

職場で膨らんだ被害妄想が気がつくと頭をもたげ始める。

いや、被害妄想じゃない。給湯室の前を通ると、私の名前がよく聞こえてくる。「あの人ってさ、何考えているかわからなくて、とっつきにくいよね」「愛想笑いが気持ち悪い」っていう声は実際に何度も耳にしている。

いやいやいや、推しに限ってそんなんじゃと思って必死で振り切ろうとしても、推しが私を嫌って払い除ける妄想に頭が支配されそうになる。

私が推しに花束を渡そうと近寄っていく。その私の顔を見ると推しは急に顔を険しくして、逃げていってしまう。そんな映像が脳裏に浮かぶ。

そんなわけないじゃん、って振り切って何周しただろうか?

1時間くらい、押しのYouTubeチャンネルの動画が自動で連続再生されるのを見ながら、推しに嫌われて逃げられる妄想に何度も襲われていたら、気が付いた。

私、この部屋にひとりぼっち。推しは画面の中だけで本当にはいない。誰もここにはいない。ただただ、私寂しいだけ。。。。


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