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殺人反対
忌野清志郎が「地震のあとには戦争がやってくる」って言ったけど、世界の富が減っても貪ることをやめられなかったら、限られた富の奪い合いが起こるんですよね。 戦争になると口減らしと富の独占が同時に出来る。 コロナの後に戦争がくる、なんてことにならなきゃいいけど。 それにしても、アコギでこんなこと出来るんだな~ ハウリングとかどうしてるんやろ ワウペダルまで使ってるやん
Posted by 保田 正信 on Monday, April 13, 2020
コロナが去れば戦争がやってくるんだろうなと思っていたら、コロナは去らないし、思っていたのと随分違う理由で戦争はやってきた。
信じられないような暴力と、家族の笑顔を交互に見ていると、なんとも言えない気持ちになります。
殺された人も、殺した人も、この子たちと同じように幼い時代があって、どうか殺したり殺されたりしないで欲しいと願う眼差しの中で育ったんでしょう。
その子どもたちが殺し殺されている。
こんな悲しいことはない。
こんな悲しいことはない。
私に何かができるわけでもないけれど、先の大戦の頃と今との決定的な違いは、私のような何者でもない人間でも気持ちを表明する場所があるということです。
戦争は人殺しです。
私は人殺しに反対します。
この気持ちは、何によっても制限されません。
もし、何らかの権力によって、発言を制限されるようなことがあったとしても、私の心を誰も支配することはできない。
私は人殺しに反対します。
戦争は数千人、数万人が死んだ一つの出来事ではなく、一人ひとりのかけがえのない命が奪われた、数千、数万の別個の殺人事件です。
一人ひとりの大事件。そして、その人を愛する人たちの人生にとっても大事件。
本当に愛する人が殺されたら、私の心は死んでしまうでしょう。人生に何の意味も感じられなくなるかも知れない。
私たちは殺すために、死ぬために生まれたんじゃない。
私は「殺人反対」です。
おあずかりさせていただきましたご懇志は、必ず仏法相続のために使わせていただきます。合掌