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企業に僧侶を派遣する「monk manager」

この2月中、とある企業(A社としておく)を対象に、集中的に「monk manager」の実験を重ねている。

ちょうど一年前、新しい僧侶派遣のかたちとして、「monk manager」というあり方についてnote記事を書いた。

当時、アメリカ人の弁護士の友人から依頼があり、自分の経営するワシントンの弁護士事務所に日本人の僧侶に駐在してもらい、戦場のように殺気だった忙しいスタッフたちに、マインドフルネス効果をもたらしてほしいということだった。僕は、当時ベルリンに住んでいた禅僧の友人、樋口星覚さんにお願いをしてアメリカへ渡ってもらった。その実験をスタートした矢先のコロナ禍。すぐに実験は中止となってしまったが、最初の一週間だけでも手ごたえはあった。

そして今、また新たな実験が始まった。少し条件が変わり、今度は日本の中堅企業(A社)に対してリモートでの働きかけを行っている。

A社は全国に300名以上の社員を抱える創業100年超の老舗メーカーで、強烈なカリスマだった創業者の血を引く50代の現社長のリーダーシップのもと、元気でやる気あふれる社員が一丸となってビジネスを展開している。社員の仕事に対するエンゲージメントは、他社と比べても十分に高い。しかしながら、社長としてはもっと社員に主体性を発揮して欲しいと願っている。

ここに至る経緯においては、この企業の経営改善のための分析に数年関わってきた友人の紹介で、社長とお会いしてお話しする機会が何度かあった。会社の理念に仏教的な価値観が含まれているところも作用して、「分析だけで終わらず、改善のためのソリューションも一緒に提案してみよう」と、monk managerをオンラインで導入することになった。

具体的には、こうだ。もともと毎年実施している社員向けの人事アンケートに「機会があればお坊さんと話してみたいですか?」という項目を入れて、社員全員の希望を聞く。希望する人の中から人事担当者が対象者を選び、それぞれ一時間の対話枠をアレンジする。

どんな反応があるのか見当がつかなかったが、ふたを開けてみれば、3割以上の人が希望していた。あとでわかったこととして、希望しないにチェックした人も「本当は話してみたいけれど、自分のようなものが話すのは気が引ける」という反応もあったようだ。

希望者全員を対象にすると数が多すぎるので、40名を限度として実施することになった。1人1時間だから、合計40時間。前後のあれこれも含めると、ただでさえ短い2月のスケジュール、自分にもそれなりの負荷がかかることを承知の上で、走り始めることにした。

対話はzoomを使ってリモートで行う。対話をする人にはできるだけ誰もいない部屋で、落ち着いて気兼ねなく話せる環境を用意してもらうようにしている。対話の内容は、一切会社とは共有しない。それをしてしまうと、途端にみんな、話したいように話せなくなるからだ。それは何もA社に限った話ではないと思うし、その構造に社会の大きな病理が垣間見えるようだ。

時間になると、お互いzoomに接続する。年配者は若い人に設定を手伝ってもらっている様子もよく見かける。会社からつなぐ人もいれば、自宅からつなぐ人もいる。

「はじめまして、松本紹圭と申します。この時間には、結論とか、ゴールとか、何もありません。あえて言えば、日々、売り上げとか、利益とか、マネタイズとか、目的の話しかしなくなりがちな会社の枠組みから離れて、目的のない時間を持つことが目的です。肩書や役割に縛られて、自分の本当の声を失ってしまうことも、しばしばあると思います。少しの間、気持ちが赴くまま、おしゃべりしてみましょう」

そんな感じで話し始めると、本当に十人十色、実にいろんな話が出てくる。まだ実施半ばなので、いずれ、まとめてあらためて振り返り報告をしたいと思うが、本当に興味深い。

僕が関わってやることは、単なるおしゃべりだ。体験した人の事後アンケートも実施しているが、「単なる」を徹底するため、あえて結果は見ないようにしている。結果を見てしまうと、もう少しここをこうすればよかったとか、次はこういうふうに改善しようとか、自分の意図が入り込んでしまいそうな気がするからだ。単なるおしゃべりには、意図がない。

やってみるまで不安もあったけど、今は確信に変わった。一人一人、毎回、大きな手応えを感じる。どの対話も展開はいろいろだけれど、それは自ずから開かれ、それぞれに何かしらの気づきが生まれる。

ほんとうは誰もが、自分の中に答えを持っている。正気を失い、それが隠れてしまっているだけだ。会社の仕組みの中にも、産業医や、カウンセラーや、メンターや、コーチがいるけど、それら役割にはすべからく意図があり落としどころがあり、関わりの範囲も決まっている。そして、会社が雇用主である限り、会社側の意図がはたらいたり、会社側に情報が渡ったりすることも十分にあり得るし、そのことが社員にもわかるから、そこに心からの対話が生まれる環境にならないのだろう。

今やっていることを踏まえると、直感的には、今どき世の中でなされている企業組織の人事施策やフレームワークがすべて根本的に誤っているといえるような何かが、この先に見えて来そうな予感がある。ニュース記事などでもっともらしく書かれている「最新」の企業施策のおかしさが、今ならよくわかる。ティール組織の話も、いまならまた別の語り方ができそうだ。未来の企業組織は、今まで僕らが当たり前と思い込んでいたものとは、まったく別のものになるだろう。

まったく新しい世界がやってくる。

この辺りの話は「ウェルビーイングってなんだろう」Podcastでも話したので、よければ聴いてください。

ちなみに、このmonk managerプロジェクトは、これからの僧侶の仕事を変える可能性もあると思う。一般に、地域密着型のお寺には、月参りと呼ばれる、檀家さんのお宅を毎月訪問して仏壇にお経をあげる習慣がある。お寺によって数はまちまちだけど、毎日何軒も回って忙しくしている住職もいらっしゃる。ここでもらうお布施がお寺の大事な収入源のひとつにもなっている。しかし残念ながら、人々のライフスタイルの変化によって、この月参りの習慣は急速に失われつつある。

自分のお寺のない僕にとって、この月参りという習慣はこれまで全く無縁だった。しかし、このmonk managerは、僕のような自分のお寺を持たない「ひじり」系の僧侶にとって、オンラインで定期的に訪問する月参りのようなものになりうる。今回のA社も、ボランティアではなく有料でやらせてもらっている。今後、この取り組みが広がれば、持続可能なお坊さんの活動基盤になるかもしれない。僧侶派遣の企業版とも言えるだろうか。

Monk manager、もし興味のある会社があれば、お声がけお待ちしてます!


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このnoteマガジンは、僧侶 松本紹圭が開くお寺のような場所。私たちはいかにしてよりよき祖先になれるか。ここ方丈庵をベースキャンプに、ひじ…

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