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新しい彼氏

世間はコローナ!皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
さて、皆さんは自分のパートナーを決める時、何を基準にしますか?
見た目?能力?経済力?それともズバリ「愛」でしょうか。
色々あると思います。しかし、どうでしょう。
人は自分のパートナーを必ずしもスペックやコスト、リスクだけで決めてはいないのではないでしょうか。

例えば、皆さんの周囲には、全然タイプじゃないとか、初めは好きじゃなかった、むしろ嫌いだったとか、まあ、嫌いではないけどそのつもりもなく、だけど気付いたら結果的につき合うことになってしまった…などというカップルはいないでしょうか。
まさにそのパターンだと言う人もいるでしょうね。
それは合理的な理由だけでは推し量れない、人の「運命」とか「出会い」、「縁」といったものでしょうか。
今回はそんな「私の運命」についての話です。

もう1カ月以上前のことになるのですが、私の手元に新しい彼氏がやって来ました。
既に一人彼氏がいるのに二人目か!と言う感じですが、彼氏なんて増えていくものなのです。私の中では。
新しい彼氏は一人目の彼氏とは性格も得意分野も全く違う人でした。

ターハントRSG20。そうです。私の「新しい彼氏」とは「銃」のことです。
憧れの銃だったこともあり、自分でも信じられません。

カイチョーのこと

猟友会に入ってから、私にはずっとお世話になっていた人がいました。
物心付く頃には銃を手にしていた彼は、地域の猟友、クレー協会支部を一手に統べ、警察にもクレームが出せる地元の名士でした。
誰もがこの人の言うことは聞かざるを得ない、HUNTER×HUNTERで言うと「ネテロ会長」みたいな存在です。
それで便宜上ここでは「カイチョー」と呼ぶことにしましょう。

カイチョーは皆で集まって飲むと下ネタを連発しながら、決まって最後は「俺は年間〇百万も撃って来たんだ」とよく威張り散らしていました。
実際、年間〇百万射撃に溶かすというのは無茶に盛った話でもなく、若かりし頃にはクレーの大会に出場し、それなりの成績を修めたようです。
しかし、もともと持病があったことと、長年に渡る過酷な射撃訓練がカイチョーの頸椎に少しづつダメージを与えて行ったのだそうです。
大手術を何度もしました。が、その甲斐も虚しく、ついにカイチョーは銃を持てなくなりました。
カイチョーが銃を止める?この話を聞いた私は衝撃を受けました。
ネテロ会長がメルエムと戦う前に引退するみたいな、少年漫画としては絶対にあってはならない展開です。

「え?あの人が銃を止めるの?あの、銃とセックスにしか興味のないような人が?!」
そんなことをしたらむしろ死期が迫るのではないか?大丈夫なのか?死にたいの?
驚く私を横目に知人が言いました。
「みんながカイチョーの銃を狙っているよ」
銃を止めたとういうことは、つまり銃を手放すということです。あのカイチョーが所持していた銃です。ひとつやふたつじゃない。きっとどれも名機でしょう。
「カイチョーはターハントを持っていたらしい…」
「え?! マジですか…」
「みんなこれになってる」と知人は指でメガネを作りました。色めき立っていると。
「あれ、誰のものになるんだろうな…」知人が面白そうに呟きました。
「…。」
でも、この時、自分には無関係の話だと思いました。だってそうでしょう。先輩たちが狙っているところに私が出る幕なんかない。あるわけがない。大方、事後処理は仲間内で話が付いているに決まっている。
そんなところにのこのこ出て行って、皆さんの前で私に銃を譲って下さいなんて、自分には怖くて言えない。

ところが銃弾を購入するため銃砲店に立ち寄った折、店主とカイチョーの話になったのです。
彼が銃を止めることになった経緯、警察とひと悶着あっとこと、フクザツな家庭の事情など、あんまり人に聞いちゃいけないことをつい聞いてしまったような後ろめたさを感じていると、店主がふっと言いました。
「今、カイチョーの銃うちにある」
「え?」
ドキっとしました。
「見て、いい?ですか?」
「見てってね…」店主が重そうなシャッターをスライドさせ、さらに奥にあるロッカーの扉を開けると、薄暗い蛍光灯の明かりを受けてうずくまっている黒豹が一匹、私をじっと見つめていたのです。
カイチョーのターハントでした。
この時、私は「出会ってしまった」のです。
以後、話はトントン拍子で進んで行きました。
しかし、今、振り返ると、初めから全てが既に決まっていたのだと思います。

悟空ではなくベジータ

憧れのあのターハントが自分のものになる。
心躍る反面、戸惑いもありました。
本人は「あまり撃ってないよ」とは言うものの、カイチョーのターハントのストックは傷まるけなのです。
なんだ…これは??
私の腕に収まったターハントは精気がないというか、おずおずとしていて、まるでなんだか元気のない黒豹です。
一体どんな使い方したんだと。バレルはキレイだけど、ストックは傷まるけということは、使う頻度は少なかったが、扱いは雑だったということです。カイチョーは乱暴な人だったので、それはあり得るような気がします。
もう一つは「価格」でした。中古の相場を考えると、やや高いのです。MSS-20やサベージのターキーが買えそうです。レミの無印870ならもっと余裕で買える。
そして、さらに言えば「ハーフライフル」という性格です。

「ハーフライフル」は、潰しの効く便利な銃ではなく、用途が限られ、ランニングコストもバカにならない、どちらかというと「厄介な銃」です。

男性で言うと、あることをさせるとめちゃくちゃ凄いのに、誰でも出来るような簡単な事が出来ないし、普通にお話が出来ない。普段は全く頼れないけど、ある時、ある一点においてだけ、神かお前は?!というような活躍ぶりを発揮する。それだけにいつも正当に評価されない。そう。あの人の魅力は一部の限られた人だけが知っている。みたいな。そういう人。職場やクラス、映画やアニメに一人くらいは思い当たるキャラがいないでしょうか。

悟空ではなくベジータ、ナルトではなくサスケ、ルフィではなくサンジ、丹次郎ではなく我妻のようなキャラが言うなればハーフライフルのボルト銃のイメージです。

「いや、いいけど、実際問題、本当に自分に必要なのか?」という点でターハントは甚だしく疑問でした。
今の私に必要な銃は客観的に言ってレミの870や、ボルト銃ならMSS-20です。
どうしてそれがターハントなんだろうと。

特別な銃

実はあまり詳しくは書けないのですが、私には人に言えない事情があり、銃の所持許可に2年ほど時間がかかりました。
所轄の担当者の話では「前代未聞」ということでした(欠格事由とかそういうことではありません。法的にはなんら問題はないのです。でも明文化された法律とは別に世の中には不文律、目に見えない「掟」があるのです)。
この話はいずれしなければならないと思いますが、する時には私は皆さんとお別れしないといけないかもしれません。
ともかく、私の許可申請は拗れに拗れたのです。
おそらく当時、所轄の担当者も地元の名士さんたちも、私を地域の銃コミュニティに迎え入れることに反対していたのではないかと思います。

半ば諦めていたところ、担当者の行き過ぎた身辺調査が署内でも問題になり、事態は一変します。
こうしたことがあったため、私は地域の猟友会やクレー協会に入る時には戦々恐々としていたのですが、ところが入ってみると意外にも皆から温かく迎えられたのです。
特によくしてくれたのがカイチョーでした。
猟友会のことや射撃を丁寧に教えてくれました。お酒の席では半ばセクハラっぽい話題をよくしていましたが、居づらいだろう私を慮って場を盛り上げようとしているのはよく判りました。
私が射場でポツンと座っていると「〇〇ちゃん、〇〇ちゃん。あげる」と、コンビニで買って来たケーキをくれたりするお茶目なところもありました。
一癖も二癖もある人達を束ねていたのですから、きっと良く思ってない人もいたはずです。
でも私はカイチョーから可愛がってもらえたと思います。
そのカイチョーの姿も今はもう射場にありません。猟友会にも若い人が少しづつ入り、代替わりを初めています。
ターハントの代金を払いに家にお邪魔すると、以前の威厳が失われ、穏やかに枯れた初老の男性へとすっかり変貌したカイチョーが微笑んでいました。

ああ、この人の中でひとつの時代、ひとつの人生の節目が終わったのだな…、と私は思いました。
そしてこの人がいなかったら、たぶん今の私は存在していなかったかもしれないことを考えると、とても不思議な気持ちがして来るのでした。
所持許可で揉めたことも突き詰めて考えれば私の歩んだ人生によるものです。
カイチョーが銃を手放すことになったのも、同様に彼の生き方がそうさせたものです。
そうなのです。
私にとってカイチョーのターハントは、もはや「只のターハントではない」ということなのです。
それはカイチョーの人生の節目であると同時に私にとって人との出会いを象徴する「特別な銃」でした。
そして私は気づいてしまったのです。
「ターハントを持つことに意味があるのではない。あの人の銃を私が持つことに意味があるのだ」ということに。

一般に銃を選ぶ時、目的やスペック、見た目、コストなど合理的な理由から決めるものですが、必ずしも人がそれだけで銃を選んでいるかというとそうではないのです。
人が銃を選ぶ事もあるが、銃が人を選ぶ時もあるのです。
噂を聞きつけた知人が私に言いました。
「おめでとう。きっと縁があったんだよ…」

ゼロから始めるターハント生活

そういうわけで、私の新しい相棒はターハントRSG20になりました。
オンラインの銃コミュニティを見渡せば、ターハントユーザーというのは、皆一味違う変態…いや、通っぽいベテラン勢がキラ星のように輝いているではありませんか。
晴れて私もその仲間入りというわけです。ビビってしまいます。

いつも威張って冗談を飛ばし、射場では皆の中心にいたカイチョー。乱暴で優しかったカイチョー。
「いや、俺は内地で猟なんかやらないんだよ。やる時は北海道に行くんだよ」などとカッコ付けていたカイチョー。
そんなあなたが好きでした。
あなたは銃を止めることになったけど、どうか安心して下さい。
なぜならばッ、これからは私があなたになるのですからッ!!ババーン!(ジョジョ立ち)

ところで、私のターハントですが、未だ人見知りしている黒豹のような、よそよそしい目で私を見つめ返す時があるのです。
私も彼を使いこなすことが出来るのか、正直自信がまだありません。
お互い、まだ知らないことばかりだよね?
でも大丈夫。
ここから、始めましょう。一から……いいえ、ゼロから!

って、よく判りませんが。よろしくね、相棒。


※これはエッセイであり、フィクションです。実在する団体や個人とは関係ありません。

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