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意味のある無駄と"遊住"生活

昨日はよく動いた1日だった。

京都の素敵ホステルNINIROOMでのんびり過ごしていたところに、WOTA社の商品企画会議に東京へ呼び戻され、夜は夜で大塚で打ち上げしたあと、浅草の名店「もがみや」に行きたいということでタクシーを飛ばし、散々飲んだあとに浅草ROX「まつり湯」で汗を流そうと思ったらコロナ禍で深夜営業は停止。しかたなくホステルに泊まったが、朝起きてもサウナ欲覚めやらず、新橋アスティルに向かうとオープンは昼です、と。心で舌打ちしながら、その足で京都に舞い戻り、今NINIROOMの部屋でnoteを書いている。絶対今日は白山湯でサウナ入るぞ。

意味のある無駄がおもしろい

さて、大塚の打ち上げの時に、WOTAの経営戦略を担当している元ソニー重鎮の清水さんがこんなことを仰ってくれた。「市橋さんは意味のある無駄をしているから面白い。僕はそういう人に魅力を感じるんですよ」と。「意味のある無駄」というのは僕自身とても大事にしている考え方だったので、素直にうれしかった。

「意味のある無駄」というのは、例えば、アドレスホッピングなんて面倒な生活スタイル、効率的に考えるならやらない方がいい。移動は疲れるし、帰る家を都度自分で探さないといけないし。でも、そういう一見した無駄のおかげで、いろんな土地の多様な人たちと出会えたり、文化や考え方に触れることができたりしている。そしてそれが巡り巡って、血肉となり、どこかで僕に帰ってきてくれるはずだと信じている。頭で計算できることなんて、たかが知れていると思っているから、僕は直観を信じる。

意味のある無駄がブランドをつくる

マーケティング的な観点でも「意味のある無駄」というのは大切な考え方だ。

GOの三浦さんもブランディングとはある意味「意志のある無駄」と言っているけど、意味のある無駄と置き換えてもいいと思う。完全に効率化されたものの上に、あえて乗っける無駄。それがブランディングになる。

先日創刊したアドレスホッパーのカルチャーマガジン『Hopping Magazine』。これってなんで紙にしたんですか?とよく聞かれる。たしかにこれは完全なる無駄だ。だって、印刷やデザインに200万以上かかる上に、毎回配送料がかかってくるから正直利益なんて出ない。赤字も赤字、真っ赤かだ(この辺は今度、詳細に数字公開するつもり)。でもやっぱり、実態のみえづらい文化を可視化する役割として、物質化することに意味があると思ったし、何より紙の方がかっこいい。実際にHopping Magazineを手にとってくれた人の第一声は「かっこいい装丁ですね」だ。これはもうカルチャーとして最高の第一印象と言えるだろう(もちろん、読んだあとも「最高に面白かった!」と興奮気味に語ってくれるくらい高評価でございます)。

「意味のある無駄」があるということは、「意味のない無駄」もあれば「意味のある効用」「意味のない効用」もあるということ。無駄の反意語は東大の西成准教授による「効用」らしい。

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「移動」は意味のある効用?

僕は、常々、アドレスホッピングを「定住しない生活」や「移動生活」と呼ぶのに若干の違和感を覚えていた。定住しない、っていうのは否定語だから何も言っていないに等しいし、移動生活というと「移動って大変ですね」となる。つまり、移動という言葉は、どちらかというと「意味のある効用」に属するんじゃないかと思う。

移動というのは、「(何か目的があって)ある地点から他の地点に位置を変える」ということなんだけど、この(何か目的があって)というニュアンスが暗に含まれている気がする。だから、移動っていうと、出張とか通勤とか、他の地点で何か目的を果たすための行為、として捉えられる。だからよく「次〇〇いくんですよ〜」っていうと「何しにいくの?」と聞かれるんだろう。

"Address Hopping" =「遊住生活」

一方で、僕たちアドレスホッパーの感覚は、少し違うと思っている。ある意味、無目的なのだ。特に予定がなくても行ってみたいと思ったら行くし、行ってから何か見つかる場合の方が多い。計画的無計画と呼んだり、UNPLANと言ったりしているが、要はそこに何か「効用」があるから動いているわけではない。でも「住む」ってそういうことでしょう?と思う。

そこで、こんな風に考えてみた。

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動き方としては、移動よりも「遊動」の方がイメージが近い。遊動しながらも住む感覚を持っている。だから、アドレスホッピングを訳すと「遊住」と呼ぶのが正しいんじゃないかと思う。

ホッピングという言葉には、転々と移動するということに加えて、「気の向くままに」というような気軽でカジュアルなニュアンスがあるように思う。この言葉を造ったときに、"Hopping" を採用したのもその理由が大きい。だから、「遊」という感じが持つ楽しい雰囲気が合うし、何より、何にも縛られない自由に移動する様が伝わると思う。

「遊住生活」というと、明らかに「無駄」な感じがするのもいい。もちろん仕事はしてるからそういう勘違いは産んで欲しくないけど、気の向くままに、あえて無計画に、でも住む感覚を持って、土地と関わっていく新しい距離感の暮らし方がより直観的に理解しやすいのではないだろうか?

どう思います?

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Hopping Magazine 編集長。Address Hopper Inc. 代表。アドレスホッパーという言葉を生みの親。サウナと遊動生活について書きます。サウナが好きすぎて、サウナプロデューサーもやってます。