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乃木坂46とともに、10年目

2011年8月21日
この日から僕の歴史が動いた。

9年前のちょうど今日、乃木坂46が結成された。

乃木坂46は今日から10年目。
そして多少の誤差はあるものの、僕も乃木ヲタ歴10年目、そしてアイドルヲタク歴も10年目に突入する。

今や数々のアイドルを好きになり、色々なアイドルの生誕委員を兼務して地獄を見た僕の歴史も、この日から始まったのだ。

そして今日2020年8月21日。

乃木坂46と並んで坂道シリーズと言われる欅坂46が最後のシングルをリリースした。

8月21日は坂道ファンにとっては特別な日になるだろう。

そんな今日は、乃木坂46の歴史や魅力を思う存分語りたいところだが、それを書き始めると恐らく5000兆字くらいは書けると思うので、
今日はそんな僕が人生の半分近くの期間も好きでいる乃木坂46から学んだことを紹介したいと思う。

極力魅力を語らないようには気をつけるが、それでもヲタク特有の早口で語っているところは、それだけ彼女たちが魅力的だということでご容赦いただきたい。齋藤飛鳥めっちゃかわいい。

アイドルの思惟性

乃木坂46にはAKB48をはじめ他のアイドルと比べると数多くの特徴があるが、その中でも僕が一番魅力的だと思うのは「思惟性(しゆいせい)」だ。

昨年バズったこのツイートでの述べられていたり、乃木坂について述べられた記事でも、

AKB48 グループの楽曲に恋愛の胸の昂りを表したものが多く含まれ、体育会系で元気、アクティブといったイメージがあるのに対し、坂道シリーズは楽曲の歌詞に思惟性が多く含まれ、清楚で上品、ネガティブ・シリアスであると述べられることが多い。
―別冊カドカワ 総力特集 乃木坂46 vol.02 より引用

と比較されている。

思惟とは、物事について心に浮かべて良く考えること。
すなわち思惟性とは、物事について心に浮かべてよく考えさせられるような要素があることである。

特にこれがゆとり世代(ミレニアル世代)と言われて育った人々や、さとり世代(*)と言われる人の共感を生む。

さとり世代・・・不景気の中で生まれ育ち、インターネットやスマートフォンの普及によって情報に溢れた環境で過ごしてきた彼らは、現実社会の厳しさをひしひしと感じ、「夢や目標なんか持たなくたって今が安定していればいい」という考えに至るようになった。Z世代とも呼ばれる。
https://mag.jws-japan.or.jp/employ/satori/

「乃木坂らしさ」

乃木坂46のファンなら一度は聞き、そして考えたことがあるだろう。
果たして「乃木坂らしさ」とは何なのか?

僕個人の意見としては、「乃木坂らしさ」を構成する一つの要素に「思惟性」があると思う。

透明人間、そう呼ばれれた
―乃木坂46 5thシングル「君の名は希望」より
何のために生きるのか?
何度 問いかけてはみても
空の涯まで暗闇が黙り込む
―乃木坂46 11thシングル「命は美しい」より

高度経済成長やバブルといった時代が終わり、収入が減っているのに税金は増える、将来もらえる年金にも不安があると報道されている今を生きるさとり世代の多くの人は、恐らく将来に期待をしていない
だから、

【A】今の自分は何をしたら良いのか、ときに考える。

【B】でも今が楽しければそれでいい。今を楽しもう。

【A】でもときにふと、本当にこれで良いのか

【C】何かきっかけがあり、人生の転機が訪れることもある

【A】

【B】

【A】



こういう風に考え、日々を生きている。

メロディーに表れる乃木坂らしさ

最も乃木坂らしさを表す曲はなんですか?

もちろん人によって意見は様々だろうけれど、僕ならこの曲を答える

「君の名は希望」

この回答に共感してくれるファンも多いと思う。
歌詞の思惟性はもちろん、数々の乃木坂46のライブでもとても大切に歌われてきた曲である。

そして「君の名は希望」にはもう一つ、乃木坂らしさを表している要素があると僕は思う。

それは、曲の構成である

多くの楽曲(特にアーティストが歌唱するように作られる楽曲)は、
Aメロ→Bメロ→サビ→Aメロ→Bメロ→サビ→・・・・
という形式で作られることが多い。
乃木坂46も含め、多くアイドルの楽曲は基本的にはこの形で作られている。

しかし、君の名は希望はMajor Rondo(大ロンド形式)という形式で構成されている。
Aメロ→Bメロ→Aメロ→サビ→Aメロ→Bメロ→Aメロ→サビ
Bメロからサビにいかず、もう一度Aメロを通ってサビへ行く。

この構成こそ、まさに前項でも示したさとり世代の人生の歩み方を表している

歌詞は意識して読むが、メロディーは意識することが少ない。しかしそういったところでも、思惟性を表しているという点に僕は「乃木坂らしさ」が表れていると感じる。

坂道を駆け上がった僕の人生

何かと人生のイベント時は乃木坂が絡んでいる人生を歩んできた。
そしてその度に僕は乃木坂46に助けられた。
ここでは一青年の人生に乃木坂46がどう影響を与えたのかを書く。

高専時代に行ったインターンシップに絶望し、このままエンジニアになりたくないから高専を途中で辞めようか迷っていた時、この歌詞が響いた。

できない理由探すより、やってみればいい
―乃木坂46 4thシングル カップリング曲「指望遠鏡」より

あぁそうだ。何故高専を卒業したらエンジニア以外の職になれないと決めつけた?
高専生は文系に編入しちゃいけないと誰が決めた?
周りの誰もやってすらいないこと=できないことだと思いこんでいたのだ。
そこから僕は文理融合学部の文系学科へと編入学することが出来た。

この歌詞は社会人である今でもとても大切にしている。
百聞は一見にしかず、とりあえずできない理由さがしている時間があるなら、やってみた方が早い。何よりできる可能性がある。やらないという判断を覆すことができるエビデンスにさえなり得る!
できない理由探すより、やってみればいい

未来とは、今が入り口
見逃せば前に進めない

―乃木坂46 12thシングル「太陽ノック」より

大学3年生、当時名古屋に住んでおり、編入生だった自分は周りの学生よりも習得しなければならない単位が多く、リモートワークのリの字も無かったため長期インターンは難しく、夏休みの時間を使ってサマーインターンに明け暮れていた。

同時にそれまで北海道に住んでいたため、時間的な面でも金銭的な面でもヲタ活が難しかった自分は乃木坂のライブや握手会に生きまくった。

そう、大学3年の夏は、名古屋と東京を行き来してサマーインターンをしながら、乃木坂46真夏の全国ツアーツアーを一人でしていたのだ。

高専という推薦を使えばそれなりの会社に入れるという恵まれた環境を捨て、どこへでもどんな職業にだってなりうる自由を手に入れたと同時に、たくさん学ばなければならなかった。

何をしたら良いのか全く分からなかった自分は、手当たり次第にいろんな業種、いろんな規模のいろんな企業のサマーインターンに参加していた。
未来を見逃さないよう、今この瞬間、目の前の坂を精一杯駆け上がっていたのだ。

君は君らしく生きていく自由があるんだ
夢を見ることは時には孤独にもなるよ

―欅坂46 1stシングル「サイレントマジョリティー」より

そして始まった就職活動。未来の入り口がなんとなく見えた僕は、たまたまではあるが渋谷の企業を受けることが多かった。
渋谷の再開発地帯、今の渋谷ストリームがまだ更地だった場所で撮影されたサイレントマジョリティーのMVや、就活生の自分と重なるこの歌詞。
一瞬秋元康は自分のために書いてくれたのではないかと錯覚するほどの共感を感じた。
是非就活生はサイレントマジョリティーを聞かなくても良いから、歌詞だけでも読んで欲しい。
僕は僕らしく生きていく自由を手に入れたように、君は君らしく生きていく自由があり、何のために生まれたのかを考えるために。

生きるとは選択肢 たった一つを選ぶこと
―乃木坂46 2ndアルバム収録曲「きっかけ」より

最終的に僕は数社から内定を獲得することが出来た。でも僕が行く会社は1社だけ。
最後は理屈ではなくて、自分のこの胸の衝動で選ぼう。
こうして僕は今の会社に入社した。
今思えばこのときの選択は、とても合っていたと思う。
自分が思ったそのままを生きれる会社で今も楽しく毎日を過ごせている。

みんなに合わせるだけじゃ
生きている意味も価値もないだろう
やりたいことをやれ

―乃木坂46 21stシングル「ジコチューで行こう!」より

僕が毎日を楽しく過ごせているのは、ジコチューで生きているからだ。やりたいことをやるためには、それなりに時間が掛かったが、そのプロセスさえもやりたいことだけをやり続けて来たとも言える。

人生なんてあっという間だから、この瞬間を無駄にしてはいけない。
この瞬間やりたいことをやり、そして最終的にやりたいことをやる。
コンサマトリーに生きることこそ、人生を楽しむ秘訣なのだ。

齋藤飛鳥は寝て待たない

何を隠そう僕の乃木坂46での推しメンは齋藤飛鳥さんだ。
彼女がいたから乃木坂46を好きでい続けたと行っても過言ではない。
君の声が好き。君の顔が好き。君のしなやかなダンスが大好き。
そして何よりも、飛鳥さん、貴女の生き方が大好きです。

中でも彼女は「期待しない」という生き方をしていると、2018年放送のセブンルールで発言していた。
期待するから、絶望する。期待しなければ、裏切られたとき辛い気持ちを味わうことは無いと言っていた。ただ僕はこれを聞いて一つの疑問を抱いたことがある。

期待しないことは、楽なことなのか?

僕は、期待しない状態=果報は寝て寝て待てない状態、だと思う。

例えばプロ野球選手になるという夢を持ち自分の人生に期待すると、その夢を叶えるために、必死で野球の練習をして野球の技量を上げる。
すなわちそれは、サッカーの技量を高めることを諦める、医者になるための学力を身につけることを諦めることである。
野球選手になることに集中するために、それ以外の選択肢を削るということだ。

一方で期待しないということは夢を持たないことである。
夢を持たないということは、何も選択肢を削っていない、何一つ諦めていない状態とも言える。
言うならば全ての技量・能力が評価されるかもしれないフィールドで戦うことになるのだ。

決してこれは楽なことではないと思う。
ある一つのことに対して、人一倍努力したとしてもそれが評価されるか分からない。だから寝て待っている暇は無い。
寝ている暇があったら、他の事の努力に取り掛からなければならない。

齋藤飛鳥は2011年、13歳の頃からアイドル、つまり社会に出て働いていた。
一方で僕は2017年に22歳で社会に出た。

働いてからわかった。
期待しない生き方というのは、僕みたいな普通の社会人と一緒じゃないか。

そしてだからこそ、僕みたいな社会人が、齋藤飛鳥の生き方、ひいては乃木坂46の持つ思惟性に惹かれるのではないのだろうか。


上る坂は違えど、坂を駆け上がることは同じ。
今後も僕は乃木坂46と共に、坂を駆け上がっていく。
10年目おめでとう。そしてこれからもよろしくお願いします。

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