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「日日是好日」|《にちにちこれこうじつ》って?

 禅の世界には「接心」というとくに厳しい修行がある。一定期間いっさいお寺の外に出ることなく、全神経を「公案(禅宗に於いて悟りを開くために師から弟子に与えられる問題)」に集中して坐り抜くことを言う。この修行を続けていると、だんだん五感が研ぎ澄まされ、たとえば、空気の微妙な湿りを感じて雨が降ってくるのがわかるようになるそうだ。これは決して特別な能力ではなく、心を落ち着かせることで、人間が本来持っている五感が鋭くなることによる。これによって、ものの見方もまた転じてくる。雨が降り続いて嫌だなぁとか、暑い日が続いて嫌だなぁといった思いが、雨が降っても晴れても一日は一日、今日一日を生きていることの有難さが骨身に染みて気づかされるのだ。この心境が、掛け軸や色紙でよく見かける言葉「日日是好日」|《にちにちこれこうじつ》だ。

 この言葉は、中国の唐代末期の名僧・雲門禅師のもの。禅師は弟子たちに「十五日已前不問汝、十五日已後道将一句来」と問う。簡単に言えば、「昨日までのことは問わない。今日これからどのような心で一日一日を過ごすかを一句で答えよ」という意味。答える弟子がいなかったため、禅師みずから「日日是好日」と言い放ったのだった。

 一般的にはこの言葉を「毎日好い日ですね」という意味で使っているが、実はこの「好い」ということが問題だ。「好い」「悪い」は、私たちの勝手な思い込みに過ぎないからである。アップル社の共同設立者であるスティーブ・ジョブズ氏は禅に傾倒していたことでも知られているが、膵臓がんで余命宣告された後のスタンフォード大学でのスピーチで、「毎日、これが人生最後の日と思って生きてみなさい」と学生たちに語りかけ、感動を呼んだ。お釈迦様は「昨日にこだわり、明日を夢見て、今日を忘れる」人間の愚かさを指摘している。私たち一人ひとりに求められる自律的な考えと行動の基盤の一つとして「日日是好日」をいつも心のどこかに留めておくことが大切なのだ。「日日是好日」という禅語は、過去をむやみに悔い、未来に必要以上の期待を持ち込まず、いまを精一杯生きることに努める大切さを説いたものだからである。たとえば、今日はいい日だなとか、嫌な一日だったなと感じることがあるけれど、それは自分が勝手に作り上げた感じ方でしかなく、本当は「どの日も最高のいい日ばかりである」ということを示してくれる言葉だ。

 その一日がいい日になるか、悪い日になるかは、私たちの心がけ次第であり、いい一日を過ごしたいと思って和やかな笑顔と穏やかな態度で過ごせばいい一日になり、今日は嫌な日だと思って過ごせば、どんよりとした表情と後ろ向きの言葉ばかり発してしまい、それが周囲にも伝わって、嫌な雰囲気が漂うことだろう。善き結果には善き原因が、悪しき結果を生み出すのは悪しき原因がある。

 テレビなどで朝の占いを見たとき、いい運勢の日はいい一日になるように穏やかな言動を心がけながら過ごし、運勢の悪い日は悪い一日にならないよう、明るく元気に過ごすようにすることが大切だ。なぜならば「日日是好日」、どんな日もかけがえのない尊い日だから…。仏教では「結果いいことがあったから良い日」とか「悪いことがあったから悪い日」ということは言わない。私たちが毎日どのように思い、どのように行動しているかが一番大事なことなのだというのが仏教の教えである。

 「日日是好日」という言葉は主に3つの教訓を示している。一つ目は、その日にどんなことが起きようとも良い日と受け取めるよう、二つ目は、その日は二度とないかけがえのない日と自覚して全身全霊で生きよう、三つ目は、善し悪しの判断を越えてどんな日もそのまま受け入れよう、というものだ。

 文字にするのは簡単だが、煩悩にまみれた人間には、そのような心持ちをキープすることが難しい。自戒をこめて「日日是好日」を実践できるように努力を重ねたい。

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