見出し画像

岩波少年文庫のマニフェストが素晴らしい!

 前回、松居直氏の記事を書いた際、岩波少年文庫の歴史に触れる機会があった。岩波少年文庫は1950年に創刊され、70年以上の歴史を持つ。岩波少年文庫には、「岩波少年文庫発刊に際して」という文章が文庫の巻末に必ず掲載されている。この文章は岩波少年文庫のマニフェストとも呼ばれる名文で、作家の吉野源三郎氏によるものだ。吉野源三郎氏といえば、宮崎駿監督がアニメ映画化した最新作『君たちはどう生きるか』の原作者である。少年文庫発刊にかける熱い想いと高い志がひしひしと伝わってくる素晴らしい文章だ。発刊から70年以上を経て、児童文学をめぐる状況は大きく変わったが、それでも、今の私たちに訴えかけてくるものがある。現在の少年文庫には、2000年の50周年を機に書き換えられた新しい文が掲載されているため、当時の文章を読むことはできない。そこで、1950年当時の「岩波少年文庫発刊に際して」を読んでいただきたいと思い、ここに紹介する次第だ。

 一物も残さず焼きはらわれた街に、草が萌え出し、いためつけられた街路樹からも、若々しい枝が空に向かって伸びていった。戦後、いたるところに見た草木の、あのめざましい姿は、私たちに、いま何を大切にし、何に期待すべきかを教える。未曾有の崩壊を経て、まだ立ちなおらない今日の日本に、少年期を過ごしつつある人々こそ、私たちの社会にとって、正にあのみずみずしい草の葉であり、若々しい枝なのである。

 この文庫は、日本のこの新しい萌芽に対する深い期待から生まれた。この萌芽に明るい陽光をさし入れ、豊かな水分を培うことが、この文庫の目的である。幸いに世界文学の宝庫には、少年たちへの温い愛情をモティーフとして生まれ、歳月を経てその価値を減ぜず、国境を越えて人に訴える、すぐれた作品が数多く収められ、また名だたる巨匠の作品で、少年たちにも理解し得る一面を備えたものも、けっして乏しくはない。私たちは、この宝庫をさぐって、かかる名作を逐次、美しい日本語に移して、彼らに贈りたいと思う。

 もとより海外児童文学の名作の、わが国における紹介は、グリム、アンデルセンの作品をはじめとして、すでにおびただしい数にのぼっている。しかも、少数の例外的な出版者、翻訳者の良心的な試みを除けば、およそ出版部門のなかで、この部門ほど杜撰な翻訳が看過され、ほしいままの改刪が横行している部門はない。私たちがこの文庫の発足を決心したのも、一つには、多年にわたるこの弊害を除き、名作にふさわしい定訳を、日本に作ることの必要を痛感したからである。翻訳は、あくまで原作の真の姿を伝えることを期すると共に、訳文は平明、どこまでも少年諸君に親しみ深いものとするつもりである。

 この試みが成功するためには、粗悪な読書の害が、粗悪な感触の害に劣らないことを知る、世の心ある両親と真摯な教育者との、広範なご支持を得なければならない。私たちは、その要望にそうため、内容にも装釘にもできる限りの努力を注ぐと共に、価格も事情の許す限り低廉にしてゆく方針である。私たちの努力が、多少とも所期の成果をあげ、この文庫が都市はもちろん、農村の隅々にまで普及する日が来るならば、それは、ただ私たちだけの喜びではないであろう。(一九五〇年)

「岩波少年文庫発刊に際して」1950年

 1950年と言えば、太平洋戦争が終わって5年しか経っていない。上記の文章の始まりからは戦争直後の情景が浮かびながらも、これからの日本の復興と成長を少年少女に期待し、文学作品が子どもたちの成長に役立てればという思いが感じられる。吉野源三郎氏からまさに「君たちはどう生きるか」と問われているかのようだ。

 松居直氏の子どもたちへの愛は、息子である松居友氏に受け継がれている。松居友氏はフィリピンのミンダナオ島に『ミンダナオ子ども図書館』(MCL)はというフィリピンの現地NGO法人を創り、内戦で苦しむ現地の子どもたちに、絵本の読み聞かせ活動、医療支援、就学支援、保育所支援、子どもシェルター難民救援活動、植林活動などを行っている。父親とは異なる支援の形だが、そこには「絵本」という共通のツールがあり、「子どもが笑顔になること」というコンセプトはまさに同じだ。ぜひホームページをご覧いただきたい。

ミンダナオ子ども図書館だより (edit.ne.jp)


私の記事を読んでくださり、心から感謝申し上げます。とても励みになります。いただいたサポートは私の創作活動の一助として大切に使わせていただくつもりです。 これからも応援よろしくお願いいたします。