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 ソメイヨシノ


              神宮 みかん

ソメイヨシノが花をつけた。一週間前にホームセンターで買ったソメイヨシノ。白い小さな花をつけ春の訪れを告げている。

僕はソメイヨシノを植えることに対して娘の成長を願うという観点から迷いはなかった。

でも、帰宅し、この小さな庭では大きくなりすぎて場所に困りいつか処分をする、と冷静になった。それでも、この苗木のソメイヨシノより背丈が低い娘が卒業時にはどれくらい大きくなっているのかを期待すると植えたい気持ちは消えなかった。

ソメイヨシノの植樹についてインターネットで調べると大きくなりすぎて庭木には不向きとあった。

本音を言えば、僕自身、衝動買いをしちゃったな、と後悔していた。でも、購入してしまった以上、植樹せざるを得ないと思っていた。

 娘が入学する中学の正門前で写真を撮った。

 そこにはソメイヨシノが咲き誇っていた。

 僕は娘に対して言った。

「こんな桜の木が庭にあったらどう思う?」

「嬉しい」

娘は笑顔をみせた。

ママと娘が寄り添いポーズをとった。僕はシャッターを向けカメラに二人をおさめた。今日一日で最も重要な仕事の一つである。

 ママが僕と娘をカメラにおさめようとすると、「後ろが並んでいるから、お父さんとは撮らなくて大丈夫」と、娘は同じ小学校出身の友だちの所へ走って行ってしまった。

「周囲を気にする年頃になったのよ」

ママは温和に言ってくれた。

 この日、ママは保護者代表としてのスピーチをすることになっていた。

 家では娘を相手に何度も、何度も練習を繰り返していた。

 体育館に入ると、静寂の中で在校生は既に腰をおろしていた。娘とは明らかに異なる落ち着いた雰囲気を持っていた。

その後、新入生が入場してきた。

娘がどこにいるかはわからなかったが、名前を呼ばれ大きな声で返事ができたことは確かだった。僕は恥ずかしがり屋の娘がよく大きな声で返事ができたな、と成長を感じた。しかし、よくよく考えてみると、返事が出来た程度で喜ぶのだから親ばかと言って過言ではなかった。

 いよいよママの保護者代表の挨拶が始まった。

「在校生のみなさん。初めまして、私たち新入生は今日、第五中学校の正門を希望で胸いっぱいにしてくぐりました。学校生活で悩むことも多いと思います。在校生のみなさんにご迷惑をかける時もあると思います。そんな時はぜひ先輩方に相談させてください。この第五中学校の生徒として恥じないように努力していきますのでよろしくお願いします」

 有り体の挨拶にも関わらず、声色は決意表明のようで想像していたより体育館の隅々まで響きわたり入学式に相応しいものになった。

娘の成長を願うことが僕の今後の生きる喜びの大部分を占めると思うと、反抗期を迎え成長していく娘が微笑ましくもあり、憎らしくもあった。

入学式後、「一年六組になった」と、娘は走ってきた。「ママとの約束だから」と、言って娘は玄関の脇にある入学式の板の所に僕を引っ張った。「ママの挨拶が上手くいったらママのお願い事を聞くという約束だから。お父さんとも写真撮るよ」と、言った。

 自宅前のソメイヨシノの苗木は温かい気温の為であろう今朝がたよりも花が開いていた。

 ママは言った。

「ソメイヨシノを植えるのをやめようよ」

「どうして?」

「我が家の庭じゃ無理よ。それにソメイヨシノのように輝いている人が全てじゃない。色々な人がいる……」

「じゃあこの苗木はどうするの?」

 ママは返答に困った顔をした。でも、ママが言わんとしていることもわかった。僕自身も成長しなくてはいけないと思った。

「処分するね。衝動買い今後気を付けるね」

 妻とのやり取りを終え、僕は娘に下を向くように促した。

「この花わかるか?」

娘は首をふった。

「ぺんぺん草という花だよ。雑草だけど綺麗でたくましく咲いている。雑草という草はないからね」と、牧野富太郎の名言を添えた。

 三脚でカメラを立てタイマーで家族写真を撮った。

植樹しなかったソメイヨシノの苗木は二週間後に枯れた。でも、心にはソメイヨシノの大樹が植わった。僕は僕同様に枯れたソメイヨシノが家族に多様なメッセージを与え、成長を促す未来の花を咲かせることを祈った。

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