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読書記録:『獄中シェイクスピア劇団』

先日マーガレット・アトワッド『獄中シェイクスピア劇団』を読んだので超簡単に感想・読書記録を残します。(書き終わってから見ると当初思っていたより長くなってしまった。。。)
寡聞にして「語りなおしシェイクスピア」というシリーズがあることを本作で初めて知り、思い入れの強い『テンペスト』の語り直しということでつい手が伸びたのが読み始めたきっかけです。

ざっくりしたあらすじ


劇場芸術監督のフィリップスは右腕と思っていた男トニーに陥れられ、その地位を失う。
その後、犯罪者の矯正施設の教育プログラムとして、罪人たちを役者としてシェイクスピアを上演する取り組みの講師・監督となる。
そこで講師をしながら機会を伺っていたところ、ついにトニーに復讐する機会が訪れる。その復讐の準備をしながら、シェイクスピア単独で最後の劇となる『テンペスト』の上演準備を進める。

物語の構造

『テンペスト』は幻想劇でありながら復讐劇でもあるので、現実の復讐も『テンペスト』に沿う形で進められる。そもそも『テンペスト』の復讐がけっこうご都合主義な面があるため、フィリップスの復讐もサスペンスというよりは『テンペスト』をなぞるための道具立てという側面が強い。
もう一つの大きな道具立てとして矯正施設=牢獄が舞台となる。作中でも明記されているが、この作品は『テンペスト』の島、ひいては『テンペスト』そのものを牢獄、各登場人物を囚人ととらえており、現実に『テンペスト』を演じる囚人たちと『テンペスト』を重ねている。

上記の通り『テンペスト』を柱にしながら、以下の特徴を持つ物語となっている。

  • 『テンペスト』を上演する舞台裏と、それに並行する復讐の物語

  • 『テンペスト』という牢獄と囚人たちを重ねる獄中の物語

物語構造はフィリップスや囚人たちの現実世界、囚人たちが演じる『テンペスト』、『テンペスト』のオマージュとなるフィリップスの復讐、シェイクスピアの『テンペスト』が入れ子になる複雑なものだが、読みやすさは損なわれていない。
特に魔術師プロスペローと舞台監督フィリップスはしつこいほど重ねて描写されており、プロスペロー=舞台監督という、メタフィクションとしての『テンペスト』の特性を強調している。本作自体、小説の中で舞台を演じ、さらにその舞台を登場人物たちが解釈するというメタフィクションの特性が強い作品である。

感想

僕が『テンペスト』を読む上で『テンペスト』の島の外や「その後」をあまり重視してこなかったのに対し、本作は『テンペスト』の「その後」を議論するのがクライマックスとなっている。
これは復讐した後のフィリップスの姿を描くためという意図もあるだろうが、それ以上に囚人たちの「その後」(懲役を終えた後)を想像させるためという狙いが強いと思う。
彼らが思い描く『テンペスト』の「その後」はミランダをはじめとする「善性」の登場人物による大団円もあれば、アントーニオやキャリバンの「悪性」(キャリバンを絶対悪とするのは抵抗があるが)は変わらず、悲劇的な結末を迎えるという予想もある。
これはそのまま懲役を終えた後の囚人たちが改心する未来や、逆にまた罪を犯してしまう未来を想像させる。

僕は獄中文学に明るくないのでわからないが、獄中の人々を描く物語は牢獄の中の物語を経て牢獄を出た後にどのような結末を迎えるか、というのが物語の軸の一つであろうと想像する。
『テンペスト』を牢獄、登場人物を囚人とする読みを提示してきたのは結末に役者の囚人たちが『テンペスト』の「その後」を論じることで、囚人たちの未来を想像させる効果を狙っていると思われる。

前述の通り僕は『テンペスト』をそのテキスト内だけを解釈の範囲と考えていたので、「その後」に重きを置いた本作は自分と違う『テンペスト』の読みを提示してくれて面白かった。
物語の本筋(フィリップスの復讐)自体はそこまでエンタメとして面白いとは感じなかったのだが、『テンペスト』を土台として展開される物語の構造や、『テンペスト』の解釈を読むのが面白かった。
『テンペスト』を読んでいて、かつ解説や参考文献を読んでいないと作中の議論がそこまで楽しめないという点で若干ハードルが高い小説な気がする。しかし語り口が平易であり、言葉遣いが下品な囚人(シェイクスピアは高尚でない、ということに重ねていると思われる)が主な登場人物であることもありそこまで読みにくさは感じない作品だった。

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