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カウボーイは、生死を見つめる

カウボーイの仕事は、生と死に立ち合う場面が多い。
春になれば、牧場には仔牛たちが次々に産まれてくる。難産もあれば死産もある。
カウボーイは時には、助産婦のように出産の手助けをしなくてはならない。

牛一頭一頭は牧場の「生きた商品」だから、産まれてきてくれることに手を尽くす。
それでも、やむを得ず死を見送ることもある。

興味深いのは、たまに双子が産まれてしまっても、母牛というものは、子は一頭しか面倒を見ようとしないという。
ではそういうときに、余ってしまった双子の片割れをどうするかというと、死産してしまった母牛にあてがうのだ。
死んでしまった仔牛の皮を剥ぎ、母なし子となった仔牛にかぶせておく。そうやって、においによって母牛を騙して、自分の子だと思い込ませる。

残酷に聞こえるだろうが、生き残った命を育てるための知恵といえる。

自然の中では、生まれてきてからも家畜には命の危険がつきまとう。
ケガしたもの、病気のもの、親とはぐれたものなど、弱いものはコヨーテに狙われる。
カウボーイはコヨーテを見つけ次第、ライフルでその命を絶とうとする。

ジェイクがいるカナダの冬は大変厳しいから、日本みたいに牛舎のないカウボーイの牧場では、牛たちは林に隠れたり、人間がこしらえた風よけの壁を使ってしのいだりする。それでもブリザードが直撃すれば、やはり弱いものは命を落とすこともある。

命を商品(牛肉)として売買するカウボーイは、どのように生死をとらえているのか。
カウボーイというのは、一部の動物愛護運動家が指弾するように冷酷なのだろうか。

私自身の話をすると、拙著『カウボーイ・サマー』での修業期間は、牛の命を儚んでいちいち心を痛めたりしないよう、家畜に感情移入はしないように意識していた。
「あいつらは知能が低いから、一緒に遊ぶとかナデナデするようなことは、できたとしても、したってしかたない」ということにしたのだ。魚や虫のカテゴリーに入れたのだ。
実際はどうだっていい。自分の心が重たくなるだけだ。と、これが私なりの自己防衛だったのだ。

ジェイクは牧場で働きはじめたころは、やはり牛の死に気持ちを沈ませたこともあったという。
いまは「悔しい」が先にくる。

「死んでしまって、しょうがないとか、悔しいって思いを一杯してきたから、『どうにかして助けてやろう!』って気持ちも、以前より強くなってる。でも、そのとき考えるのは、お金と動物ウェルフェア(福祉・幸福)。
カウボーイだからね。牛を売ってお金をもらってるわけです。
だいたいわかるんよね。この牛が助かるか、助からないか。もし獣医に見せても、50/50なら、アドバイスだけもらって、自分で対処する。
獣医につれてって、んで死んだら、ガックリくるよ。 牛は死んで、それでも請求書は来るからね。
あまりにひどい状況の場合は、ライフルで息の根を止める。
以前よりはもう少しこの決断が早くできるようになったと思う。これは経験かな。まだいけるかもって思いは大事だけど、無闇に延命だけするのはかわいそうだもんね」

救急医療の医師や戦場の衛生兵が、涙していられないのに似ていると思う。
都会に暮らしていると、死は穢れとして隠蔽されるものだ。
誰もが永遠に生きるような態度で、死を恐れ、不潔を嫌い、不快を避ける。
感染性の未知の恐怖に世界中が動転し、己のことだけに惑溺し、都市においてトイレットペーパーの争奪戦があったことは象徴的だ。

牧場では、死はそこらに転がっている。
カウボーイは、生と死を見つめる。その厳しさもたやすさも知っている。
“If you have live ones, you have dead ones too.” (生きてるのがいりゃあよ、死んでるのもいるぜ)
ジェイクの友人のカウボーイが、牛を死なせてしまって落胆するジェイクにかけた言葉である。
生まれて死ぬことは当たり前で、自分も例外でなく、死は他人事ではないと、自然に会得することができる。

だからこそ、都会の人のように「死にたい」などと簡単につぶやくことはないが、「どう死にたい」かは、頭のどこかで常に考えている。そして、それは生きることと表裏をなす。

「生きると死ぬって、1セットなんよね、結局。生まれてきたものは必ず死ぬ。
これが学べるだけでも、僕も、家族も、牧場暮らしして価値があることと言えるなあ」

カウボーイは冷酷なんかではない。一見怖いが、これほどあたたかい人たちはいない、と私は知っている。
生死を見つめてきたからこそ、どうでもいいことに拘泥せず、どうにもできないことに苦悩せず、生きている有限の時間を使って、土地を、設備を、自分と家族の人生を、よりよくしたいと働きつづける者たちである。

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