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ヌードと、はだか -横浜美術館「ヌード NUDE」展によせて

小さなころから、身体のことが不思議だった。

身体というか、肉体というか、はだか。

どうして、温泉ではためらわず他人どうしはだかを見せ合えるのに、女の人のはだかというのは、多くの場面において、いやらしい文脈の中に取り込まれるのだろう、と思っていた。

いつからかはわからないけど、ごく正常に、けれど私は割と早い段階で人のはだかに興味があった。

なぜそれに惹かれるのかもわからないままだったけれど、それに興味を持つこと自体が秘めておかなければならないタブーのようなものであるということは、子どもながらに理解していた。


それは生活の隅々に蔓延していて、今でも時々、小学校くらいの頃のことを思い出す。

通学路に落ちていて、雨に濡れてぐちゃぐちゃになったエロ本。
(表紙に「なめたらアハン」と書いていたのをはっきり覚えているけど、あれはふざけていたのだろうか)
親類の家のトイレにあった、胸がやたら誇張された可愛い女の子の表紙の青年まんが。
(可愛い女の子の絵が描いてあったので少女まんがだと思って開いたら、たくさんのおっぱいが登場してきてぎょっとした)
家のビデオデッキの裏に、テレビ番組の録画用とは別に隠されていたアダルトビデオ。
(記憶がもう定かではないけど、今は亡きロックな祖父と共謀して、かつて父親の誕生日にアダルトビデオを贈ったことがあった。今こうして文章に起こすと、とんでもないことをしていたという反省の念がこみ上げる)

人に話すような内容でもないけれど、多かれ少なかれ、性的な情報との遭遇は誰にでも訪れている。
皆それぞれにそうした情報との接触があって、それを密かに各自で蓄積・募らせていると思うとなんだか可笑しい、と思う。


横浜美術館でやっていた展覧会「ヌード NUDE 英国テートコレクションより」を観に行った。

展覧会のことばを借りると、
「美の象徴として、愛の表現として、また内面を映し出す表象として、ヌードはいつの時代においても永遠のテーマとしてあり続け」たのであるという。

会期終了となる今週末、横浜でもしっかりと雨が降っていて梅雨。
それでも展覧会の会場はかけこみで展示を見に来た人たちで、そこそこ賑わっていた。
他の展覧会よりも、一人で観に来ていた人が心なしか多かったように思う。私もそうだった。


私はあえて、はだか、という言葉を多用しているけど、たとえばこの展覧会の名前が「ヌード展」ではなくて「はだか展」だったら、果たして集客はどうだったろう、などとしょうもないことを考えてしまう。

ヌードというと、人間の肉体の美術的な美しさに焦点を当てた表現であるという印象を受け、ヌードを鑑賞する、なんて、なんだか高尚で尊い行為のような感じがしてくさくさする。

個人的な感覚としては、はだかを観る、の方が、私にはしっくりくるのだ。
だから勝手に、展覧会会場にいる人たちを”はだかを観に来た人の集まり”だ、と強引に解釈するとそれもなんだか可笑しいと思った。

みんな真面目な顔して、一生懸命はだかを「ヌード」という高尚な表現を盾に、正々堂々と鑑賞している。

そこにかつて通学路で拾い読みしたエロ本の後ろめたさは微塵もない。



美術的価値のある「裸」という視点でいうと、
私は自分のからだのパーツがあまり好きではない。

およそ世間一般に定義されるような、理想的な身体、グラマラスな身体、女性として憧れる身体からは、どのパーツも遠くかけ離れているからだ。

それでも私は女性という性を授かって、一応「機能」している。
そうした機能は、美術的な美しさとは別に、人間には備わっているのだ。

私が物心ついたころから感じていたのが、ラブドールのようなある種「美術的に理想とされる美しさを人工的に再現した」人形に、人間の生身の女性が、いつか太刀打ちできなくなるときが、来るのではないかという恐怖である。
(これはいつか改めてきちんと文章にしたいと思っている)

ヌードを描くという行為が時代によって多様な意味を持つ中、はっとするような美しさの歴史画や彫刻よりも、展覧会で一番印象に残っているのは、スタンリー・スペンサーが画家自身と妻の裸体を描いた「ふたりのヌードの肖像:画家とふたり目の妻」であったりした。

そこに描かれている肉体は、決して美術的に美しいものではなく、ごく身近な(おそらく多くの人が持つ)少しだらしなく、それでいてリアルなはだか。

ボナールが自分の妻の入浴姿を描いた「浴室」も、モチーフ自体は決してエロティックなものではないけれど、そこには日常をのぞき見したような、何とも言えない「親密さ」があった。

はだかは、多くの場合において、個人的なものであり、うしろめたく、ひそやかなものだ。

それでも、それが人間の根本的な姿で、無様で、愛おしい。

横浜のヌード展は展示内容が最初から最後までとても素晴らしく楽しめたけど、
いつかどこかでもし、「はだか展」が開催されたら、嬉々として私は行くだろう。



(記事で紹介した作品)
ピエール・ボナール「浴室」
https://artexhibition.jp/nude2018/features/20180418-AEJ09568/

スタンリー・スペンサー「ふたりのヌードの肖像:画家とふたり目の妻」※まあまあ過激なので閲覧注意
https://www.wikiart.org/en/stanley-spencer/double-nude-portrait-the-artist-and-his-second-wife-the-leg-of-mutton-nude-1937


(展覧会)
横浜美術館「ヌード NUDE ―英国テート・コレクションより」
http://yokohama.art.museum/exhibition/index/20180324-496.html

#アート #美術館

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