見出し画像

『プラヴィエクとそのほかの時代』訳者解説

 2019年11月末に、シリーズ「東欧の想像力」の最新刊として、オルガ・トカルチュク『プラヴィエクとそのほかの時代』日本語版を刊行いたします。

 刊行に先立って、訳者・小椋彩(おぐら・ひかる)さんによる「訳者解説」を公開します。

----------

訳者解説──万物の共生の物語


 オルガ・トカルチュクは、いまや世界でもっとも読まれ、訳され、愛されているポーランド語作家だ。一九八九年の民主化を経て、厳しい検閲も、西側の翻訳文学への制限もなくなり、あらゆる本があふれかえるポーランドの文学市場で、時代の空気を読み、それを独自のスタイルで表現しえた作家がトカルチュクだった。意識的に、「女性」の視点を取り入れ、意識的に、時事問題から距離を置く。難解でないのに、どこか哲学的な物語をつづる文体は、修辞的で華やかでありつつシンプルだ。そうした文学は、当時のポーランドできわめて新鮮に映った。一九九三年の文壇への本格デビュー以来、コンスタントに作品を発表、国内外の受賞は数知れない。『逃亡派』(二〇〇七)で国内最高の文学賞であるニケ賞を四度目の候補を経て受賞、『ヤクブの書』(二〇一四)で再びのニケ賞受賞、さらには二〇一八年、『逃亡派』の英訳がポーランド文学で初めてマン・ブッカー国際賞を受賞したことは記憶に新しい。
 本作『プラヴィエクとそのほかの時代』(Prawiek i inne czasy)は、そんなトカルチュクの長編三作目だ。ドルノ・シロンスクの国境の村タシュフ付近、ポーランド南西部に位置する架空の村プラヴィエクを舞台に、八四の断章で描かれる、(おもに)人間の日常が、ポーランドの激動の二〇世紀を浮かび上がらせる。一九九六年に出版されると、コシチェルスキ財団賞や「ポリティカのパスポート」賞(文学部門)など数々の高い評価を受けて国内で多くの読者を獲得、国外でも二〇カ国語以上に翻訳され、芸術的にも商業的にも、彼女の作家としての地位を決定づけた。この地域の同時期、つまりヨーロッパの旧共産圏で、その大変革期に出版された小説のなかでも最重要な作品のうちに数えられ、中東欧の現代文学の、すでに「古典」とさえいってよい。
 
・中欧的断片と神話的トポス
 この小説の特徴として、まず断片的な表現形式が挙げられるだろう。これは長編第一作『書物の人びとの旅』(一九九三)以来、変奏を重ねながら頻繁に採用されている、トカルチュクに特徴的なスタイルだ。作家によれば、こうした断片性は、ポーランドが属する中欧の地域的・歴史的特性を反映している。なにしろ、この地の歴史は複雑だ。大国からの侵略によりたびたび領土変更を強いられ、土地は帰属を変えてきた。トカルチュクは自らを、「東欧」ではなく、「中欧」の作家と位置付けているが、もし「中欧文学」という括りがあるとすれば、そうした、暴力的とさえいえる歴史の介入、歴史的不連続に由来する断片性こそが、それを語るキーワードになる。
 そしてだからこそ、「独立」や「連帯」といった歴史や政治を語ることがこの国の芸術の長い間の使命であり伝統でもあったのだが、それらに倦みつかれた人々が驚きをもって発見したのが、ささやかな日常と神秘が隣りあう、トカルチュクの文学だった。プラヴィエクとは、常に歴史上、不安定さを強いられてきたポーランド全体の縮図であるが、ここには「蜂起」や「民主化運動」を率いる英雄など登場しない代わりに、だれの人生もかけがえがなく、無常で、繰り返されない。
 その断片性によって、国や地域の不安定で流動的なアイデンティティを表象する本作は、他方で、全世界についての創世神話でもある。神話はいつでも「聖なる中心」をさだめることから始まるが、本作もプラヴィエクが「宇宙の中心」であると高らかに宣言することから始まるのだから。この聖なる場所で、「天」を意味する「ニェビェスキ」一家と「神」を意味する「ボスキ」一家が、結婚によって結びつき、それぞれに「家」をつくり、子孫を残す。すべてが始まり、出現し、じぶんの名前を与えられる。語句の反復、比喩、擬人化、形容辞の多用といった手法も、断章を重ねるスタイルとあいまって、本作に福音書のような趣を加えている。
 なお、トカルチュクは一九九〇年代末に行われたインタヴューで、本作が「子供時代や祖父母の描写、子どものころに夏になると出かけた場所」と結びついており、本作がじぶんに「近い」のは、「じぶんが根差している場所について、もっとも言うべきことがある」からだと述べている(キム・ヤストレムスキのインタヴュー)。ポーランド西部の国境地帯で生まれ育ったトカルチュク自身の経験が、作中に登場する実在の地名やその描写と架空の神話的トポスを架橋しているのである。


・「時間」についての物語
 とはいえ、これはなにより、時間についての小説だ。「プラヴィエク」とは「太古」を意味し、それはたくさんの「時」の積み重ねで出来ている。
 物語は一九一四年夏、若い粉挽き職人のミハウ・ニェビェスキが、ロシア皇帝の軍に加わって戦地に赴くところから始まる。ミハウがプラヴィエクに戻ってくると、娘のミシャは五歳になっていた。戦後、ミハウとゲノヴェファにイズィドルが生まれる。病を患っているが、感受性豊かで、とても賢い。一九三〇年代、ミシャはボスキ家の長男パヴェウと結婚する。ミシャは六人の子を産み、一人は早くに亡くなる。五人はみな村を去り、それぞれの家族を持つが、だれもプラヴィエクには戻らない。クウォスカの娘でイズィドルが恋したルタもブラジルに永遠に去ってしまうし(南米はじっさいにポーランドから多くの移民を受け入れた)、スタシャ・パプガの息子も、シロンスクの大学に進学したまま帰らない。戦後財産を没収された領主ポピェルスキも、この辺境から都会へと去る。
 この物語は一見すると、たとえば『ブッデンブローク家の人びと』のように、家族の歴史をめぐる年代記、「ファミリー・サーガ」を思わせるかもしれない。本作の家族も、マンの描いたそれのように激動の歴史に翻弄される。しかしこれが典型的なサーガでない点は、一族の没落や成功が社会全体の発展や混乱と直結せず、むしろ、家族が「歴史」に積極的に参加しているわけではないことにも明らかに見て取れる。プラヴィエクでは、「大文字の歴史」は、個人的な人生の後景に退く。双子が猩紅熱にかかったとき、パヴェウにとってスターリンの死はほとんどどうでもよかったし、ミシャが脳出血で入院していたとき、国を挙げての連帯運動の動向は家族の眼中になかった。ユダヤ人の大虐殺はゲノヴェファにはかつての恋人エリの死として経験され、反共組織として社会主義国で危険視された「ラジオ・フリー・ヨーロッパ」も、イズィドルにとってはブラジル行きの航空券を得るための単なる宛先に過ぎない。
 大文字の歴史とは、換言すれば、男性から見た歴史である。この物語で男性の系譜に、「続き」がないのはそのためで、パヴェウ・ボスキは娘に尋ねる。「どうして息子を産まなかった」。息子の欠如、それは歴史の終焉とおなじだ。
 作家はパヴェウの問いへの答えを、キリスト教的な終末観とその超克という形で示してみせる。領主ポピェルスキが憂鬱になったのは、じぶんたちが生きている世界とは、「可能な限りのうちで最上のもの」ではないという、グノーシス的な確信からだった。かれがラビから与えられた「インストラクション・ゲーム」では、神は世界を一つどころか八つも創り、その世界ごとに違うことを考えている。たくさんの矛盾の結果として生まれる世界は、もはや神の公正な意志の成果ではなく、きまぐれと偶然の産物に過ぎない。不変のはずの神さえも変わり、年を取る。そんな世界は恒常的でも絶対でもなく、むしろ混沌に満ちている。領主は、世界が終わりに向かっており、「現実は腐った木のように倒壊する」と考える。歴史が衰退に向かうとみるのは、パヴェウ・ボスキもおなじだ。ふたりは現実を無意味だとみなし、確かなものはなにもないという結論に達して絶望する。もしも神がいないなら、価値をあらわすものは何もない。
 ところが作家は本作で、おのおのの瞬間、過ぎゆく時間、「変化」の中に宿る神を示した。それは異教的な神、自然の神、汎神論の神ともいえるかもしれない。そんな神はしたがって、ときに「まったくいない」ことすらある。一方、もし人が神の似姿であるならば、つまり、もし人間がじぶんたちを、完全で不変な神と同一化するならば、それは絶望しか生み出さない。生は、本来不完全で儚いものにもかかわらず、時間は止められないと知ったとたんに、領主やパヴェウにとってのように、意味がないものになってしまう。
 しかし永遠だけがすばらしいのではなく、過ぎてゆくものもまたすばらしい。もし神を、あらゆる「未完」や「不完全」のなかにも見出すことができるならば、なにかに優劣をつけることも、他者を軽んじることも、もっとずっと難しいものになるはずだ。ひとはみな生まれ、育ち、老いて、死ぬ。そのプロセスは、それぞれに個性的であり、それぞれにしかない輝きを放つ。
 そして本作はこうした、「共生の思想」ともいうべきものを、男性ではなく女性の系譜をつなげることであらわしている。これを象徴するのが、トカルチュク作品に頻出するキノコのモチーフだ。動物でも植物でもない、この曖昧な存在が、子や種ではなくて菌糸によって水平かつ偶発的に結ぶ関係は、父を最高位として垂直に伸びる家父長的ヒエラルキーを破壊する。キノコは女性的世界の表象であり、ここから「歴史」はまったく違って見えてくる。菌糸体の連なりには、上も下も始まりも終わりも見つけられない。この新しい歴史においては、勝利も変革も意味を持たない。大事なのは、勝つことでも奪うことでもなく、護ること、与えること、世話をすること、つなげること。その名が場所でもあり、時間でもある「プラヴィエク」から始まった小説は、一九八〇年代後半の「アデルカの時」で幕を閉じる。ミハウの孫にあたる彼女が、この先、べつのどこかで新しい歴史をつないでいくことが示唆されている。
 
 この解説執筆中、トカルチュクがノーベル文学賞(二〇一八年)を授与されたとの報を受けた。作家としての社会的責任に敏感で、日ごろから政治的発言を辞さない彼女は、ポーランドがかつては多民族国家で、それゆえに豊かな文化遺産を受け継いでいること、その一方でユダヤ人の虐殺行為に関係したポーランド人も存在したことを指摘して、急激に右傾化する国内の歴史修正主義者らの怒りを買い、一時は命の危険さえ感じることもあった。指摘はこれが初めてでなかったのに大騒動に発展したのは、これに先立ち発表された大部の歴史小説『ヤクブの書』が、「ポーランド的性質」を構成する要素として「ユダヤ社会」の影響を強調していたことにもよる。しかし当時もいまも脅しに屈せず、彼女の態度は毅然としている。そして先ごろ、受賞が決まった直後のコメントはこうだ。

わたしは文学を信じています。人をひとつにし、わたしたちがみなすごく似ていることを教えてくれる文学を。わたしたちが見えない脅威によってつながっているという事実に気づかせてくれる文学を。世界を、生きたひとつの全体であるかのように語る、それがわたしたちの眼前でたえず発展しつづけていて、そこに暮らすわたしたちが、ほんのちいさな、でもそれと同時に力強いその一部なんだと語る文学を。

 他者への共感や弱者への温かいまなざしに貫かれた本作は、発表から四半世紀近くが経過しようとしているが、作品は古びることなく、それどころか、時代に即した新しい意義を得ているように感じられる。
 翻訳に際して、松籟社編集部の木村浩之さんに大変お世話になりました。お声がけいただいてから一〇年が経ってしまいましたが、数々の温かいご助言とご尽力に心より感謝申し上げます。

二〇一九年一〇月    小椋彩

----------

松籟社の直販サイト「松籟社stores.jp」にて、『プラヴィエクとそのほかの時代』の予約を承っています。どうぞご利用下さい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?