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『スパイダーパンク:バトル・オブ・ザ・バンド』 刊行記念! ホービー・ブラウンの魅力に迫る!(前編)

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』に登場して話題をさらった反骨のヒーロー、スパイダーパンクことホービー・ブラウン。彼を主役に据えた邦訳コミック『スパイダーパンク:バトル・オブ・ザ・バンド』が3月14日に発売されました。これを記念して、本書の翻訳を担当し、音楽誌の記者を務めた経歴も持つ権田アスカさんに、音楽ファン/コミックファンという2つの視点で解説をお願いしましょう! 
※本記事は前後編の前編です。
後編はコチラ

文:権田アスカ

『スパイダーパンク:バトル・オブ・ザ・バンド』
作:コーディー・ジグラー、画:ジャスティン・メイソン、訳:権田アスカ
定価:2,640円(10%税込)

〈あらすじ〉
ニューヨークのストリートで育った青年ホービー・ブラウン。運命に導かれた彼は、ある日放射性廃液に侵されたクモに咬まれ、アース138で唯一無二のスパイダーマン、通称“スパイダーパンク”となった! 世の中への燃えたぎる怒りと、誰にも負けない不屈の精神に突き動かされるホービーは、キャプテン・アナーキー、ライオットハート、カマラ・カーン、ロビー・バナー、デアデビル・ドラマー・オブ・フィリーら、はみ出し者の仲間たちと共に、今日も街を飛び回る! ギターと爆音を武器にファシストどもと戦う、最高にアナーキーでラウドな物語が始まる!

主役を“喰っている”脇役

映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』を観た人なら、多かれ少なかれ新キャラクターのスパイダーパンクことホービー・ブラウンの存在感に驚かされたはずだ。他のスパイダーピープルに比べて登場時間が特別長いわけではないし、正体も詳しくは明かされないものの、ビジュアルのインパクトがとにかく強烈なのだ。初期パンクのアートワークを彷彿とさせるザラっとしたコラージュのような質感も際立っており、「主役(マイルス)よりも目立っている」と、本作のクリエーターたちも認めているほどだ。

ホービーは日本以上に英語圏での人気が凄まじいが、その理由のひとつは、彼の英語のアクセントにあるかもしれない。もちろん声優・木村昴による日本語吹き替え版もクールでセクシーなのだが、オリジナル版のホービーは、イギリス英語をロンドンのコックニーアクセントでまくしたてているのだ。マーベル・シネマティック・ユニバース広しといえど、こんなキャラクターはそういない。この特徴的な声を演じているのは、ロンドンのカムデン出身のダニエル・カルーヤ。映画『ブラックパンサー』(2018年)で、主人公のティ・チャラの親友/女戦士オコエの恋人であるウカビを演じている俳優だ。

映画内でのスパイダーパンクの出身地は“オールドヨーク”とされるが、70年代後半のロンドン初期パンク〜80年代前半のニューヨーク・ハードコア・シーンを掛け合わせたようなアナーキーな世界のようで、背景にはロンドンを彷彿とさせる風景が広がっている。

ニューヨーク・ハードコア・サウンドと共にド派手に登場

ホービーのカッコよさを高めるのに一役も二役も買っているのが、音楽である。焦燥感みなぎるギターリフが鳴り響く、ホービーの登場シーンからしてヤバかった。ここで流れているのは、セレブラル・ボールジーのファーストアルバム『Cerebral Ballzy』(2011年リリース)収録の「ON THE RUN」という曲だ。

セレブラル・ボールジーはニューヨークのブルックリン出身のハードコア・バンド。2011年のサマーソニックで初来日した際には、午前中から轟音をかき鳴らし、この日最初のモッシュを生み出していた。このバンドや曲を知らなくても、彼らのアグレッシヴなサウンドに、誰もが耳を奪われたことだろう。彼らのサウンドは「バッド・ブレインズがマイナー・スレットをカバーしているかのよう」と称されるが、どちらも70年代末〜80年代中盤に人気を博した、パンクロックを語るうえで避けては通れない伝説的バンドだ。

「ON THE RUN」に続いて劇中で流れるのが、キャッチーなオリジナルのパンクソング「 Spider-Punk (Hobie Brown) 」。これを作曲したのは、前作『スパイダーマン:スパイダーバース』に続きオリジナル・スコアを手がけたダニエル・ペンバートンだ。

本シリーズは、登場するキャラクターやシチュエーションに応じて、ポップ、ロック、エレクトロ、ヒップホップ、アンビエント、クラシックと、めまぐるしく音楽のスタイルが変わり、あらゆる音楽ファンを魅了する。そこがおもしろいところであり、『「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」オリジナル・スコア』の評価は非常に高いのにも納得だ。

オリジナル・スコアと併せて聴きたいのが、『「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」オリジナル・サウンドトラック』だ。このサントラのエグゼクティブ・プロデューサーを務めるのはDJ/アーティストのメトロ・ブーミン。ラッパーのスウェイ・リー、エレクトロニクスアーティストのジェイムス・ブレイクなど豪華ゲストを迎えて制作された。サントラの限定盤ピクチャーディスクには、主人公のマイルスではなく、ギターを振りかざすホービーの姿が描かれている。他のスパイダーマンより音楽との結びつきが強いキャラクターとはいえ、こんなところでもスパイダーパンクは主役を“喰ってしまう”存在なのだ。

オリジナルのスパイダーパンクはニューヨーク育ち

いちいちカッコいい、スパイダーパンクはそもそも何者なのか? 彼が映画に先んじてコミックに登場したのは2014年。スパイダーパンクことホービー・ブラウンは、アース138のスパイダーマンである。86人ものスパイダーピープルが、スパイダートーテムを捕食するインヘリターズと戦うクロスオーバー作『スパイダーバース』(『Amazing Spider-Man Vol.3』#10)にて初登場した。

当初はギターこそ手にしていなかったものの、映画版と似た、缶バッチをつけて袖を切り落としたライダースジャケットを身につけており、そのデザインはすでに異彩を放っていた。

『スパイダーパンク:バトル・オブ・ザ・バンド』での登場シーン
(一緒にいる相棒は、アース138のキャプテン・アナーキー)。
彼らのパンクなファッションセンスにも注目!

ちなみに、正史世界のアース616にもホービー・ブラウンは存在するが、もともとヒーローではなく、ヴィランのプラウラーだった。のちに改心し、スパイダーマンの友人となって装置の開発を手伝うようになる。

スパイダーパンクの素顔が明かされたのは、翌年の2015年である。『Spider-Verse Vol.1』#2で、スーペリア・スパイダーマン(オットー・オクタビアス)に能力を買われ、『スパイダーバース』でスパイダーアーミーの一員として活躍することになった経緯が、前日譚として描かれている。

この時点で、ホービー・ブラウンがアース138のニューヨーク出身であり、不法投棄された放射性廃液に侵されたクモに咬まれて“アナーキック・スパイダーマン”となったことと、アース138が社会的弱者や反乱分子の一掃を試みるオズボーン大統領が支配する混沌とした世界であることが明らかになる。

ホービーは国に害虫扱いされているパンクスたちを団結させ、この圧政に立ち向かう。V.E.N.O.M.と呼ばれるメッシュ装備を着用する警官たちをパンクロックの爆音で撃退し、最後には大統領の首をギターで切り落とすのである。この勝利の瞬間にホービーは初めてマスクを脱ぎ、その風貌から彼の素顔がアフリカ系アメリカ人らしきことがわかる。

映画版では“頼れる兄貴分”的存在だったホービーだが、
コミック版では頼れる仲間に囲まれ、時に弱音を吐くことも。

本作が刊行されたのは、ちょうど欧米で政治の右傾化が進んだ時期であり、オズボーンの暴政はトランプ政権の誕生を予言していたのではないかと話題にもなった。

★続きは後編でお楽しみください!

権田アスカ
翻訳家、ライター。『シルク』『スパイダーマン・キャラクター事典』(共に小社刊)をはじめ、様々なジャンルの翻訳に携わっている。