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人生を振り返る〜ピッカピカの社会人1年生・IT会社編〜

こんにちわ。ほーたろうです。



今回は社会人編から現在までを書いていきたいと思います。(大学編・社会人編と聞いて思い出すのはパワプロのサクセス)

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前回の記事でも書かせていただきましたが、内定をもらったIT会社に入社することになりました。



正直に言うとこの会社はあまり印象に残っていないのでかなりうる覚えです。。。
理由はたったの1年間で辞めてしまったことが関係しています。



順番にお話しさせて頂きます。



入社当初はプログラム関係の言語の研修に励みました。
大学ではちょっぴり学んでいたものの、遊んでばかりだった僕はほぼ覚えておりませんでした。
この時ほど真面目に勉強しなかった自分を恨んだことはありません。

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周りの同期の出来はピンキリでしたが、最低限の知識はもっていたと思います。
僕と同じ出来なくて嘆いている動機を見ると安心したなぁ。
「まじわからない、わかる?」「俺も全く・・・」
そんな会話を繰り広げていたのを覚えてます。



研修が終わりを迎える頃(入社後半年後くらい)、グループ分けが発表されました。
ハリーポッターのクラス分けみたいな(多分だいぶ違う)



なんと僕は「保守・運用」でした!!!(多分ハッフルパフみたいな立ち位置)
野心に満ちた僕は「開発」でゴリゴリ成果を上げたいと思っていたので、衝撃を受けました。

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新入社員のうち8割は開発だったのですが、そのうちの2割に入ってしまったのです。



エンジニアの方にはわかると思いますが、当時の会社の「保守・運用」は保険会社に常駐してシステムが正常に稼働しているかを管理するような仕事でした。



「むむ・・・これは楽しいのだろうか」
と、悪い予感がしていたのですが、見事に的中してしまいました。



保険会社の中でも大手(みんな知っている会社)が常駐先だったのですが、大きな金額を動かしているがゆえにミスが許されない仕事でした。
そのため、現場は常にいや〜なピリッとした空気感でした。



毎日同じことの繰り返し、デスクに座りっぱなしの毎日に数ヶ月で嫌気が差してきます。
会議が毎週あったのですが、知らない用語ばっかり聞こえてきますし、理解もできないので、自分の発表の時が怖くて仕方ありませんでした。
その時の僕は生まれたての小鹿のようだったと思います。


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この毎日を変えたくて自己啓発系の本を読みまくっていた記憶があります。
その中である本が自分の興味をそそったのです。




それは誰もが知っているロバートキヨサキさんの「金持ち父さん、貧乏父さん」でした。
その時に「起業」をすると言う選択肢を知りました。



興奮しましたね。「起業して成功すれば自由な人生を送ることができる!」と。
中でも【不動産】についてお勧めされていました。



若かった僕は完全にその気になり、「不動産をやるぞ!」と心に火がつきました。
不動産で成功し、物件をたくさん取得してその利回りで「不労所得」を得る。
それが自分の中で当面の目標になりました。



今だから言えることですが、会社が終わった後はひたすら「宅建」の勉強をしていました。
毎日どこかのカフェに寄って2〜3時間は勉強していたと思います。



そのおかげで1回目の試験で合格することができました。
今思えば「IT会社に勤めながら宅建の資格を取った」と言うのはなかなかに珍しい奴だなと感じます笑



資格も無事に取れたこともあり、転職活動は割とスムーズでした。
社会人一年目の2月に内定をもらっていたのでかなりのスピード退職です。




「俺ってすげー迷惑な新人だな」と自分を攻めた時もありました。
物事は捉えようと言いますが、お世話になった先輩や上司には見せる顔がありませんでした。



一年目に退職したため、有給もありません。
退職日の次の日には新しい勤務先に出勤となりました。
ハードでしたが、新しいキャリアにワクワクしていた僕には全く苦にはなりませんでした。



新しい会社は今となれば誰もが知っている東京で戸建てを建てるあの会社です。
話すと長くなるので今日はここで区切りたいと思います。



次回またお会いしましょう〜

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