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湘南アイパークサイエンスアドバイザーコラム「如何に日本型創薬イノベーションを起こすのか?」

京都大学 iPS細胞研究所 臨床応用研究部門 主任研究員
T-CiRAプログラム 堀田プロジェクト PI
湘南アイパークサイエンスアドバイザー
堀田 秋津

 次世代の創薬のために革新的なアイデアやイノベーションが必要なことは、製薬業界に関わる皆さんも良く認識されていると思います。しかし、日本発のイノベーション成功例が欧米に比べて少ないことは、様々な統計でも示されていますし、特に米国との熱量の差は自分も日々感じている所です。
米国でイノベーションが得意な理由として、世界中から優秀な研究者が集まり、分業とネットワークを駆使してインパクトのある研究や開発を進めています。大学卒業後に一社員として大企業に一生仕えるより、アメリカン・ドリームを掴もうとスタートアップを起業するケースが、日本よりはるかに多いです。もちろん、成功を掴み取ることができるスタートアップ企業は米国といえどもごく少数ですが、たとえ失敗しても、その経験を糧に次のポジションの機会は多く見つけることが可能です。米国労働省労働統計局の1978年から2020年までの追跡統計によれば、米国では18歳から56歳までの間になんと平均12.7回も転職しているそうです。このように、ハイリスク・ハイリターンのギャンブル性と人材の流動性が、米国における世界最高峰のイノベーションを支えていると私は考えています。
 もちろん、この米国式システムが全てバラ色という訳ではありません。転職が多いのは、裏を返せば所属する企業への愛着や義理を感じづらく、自分自身のキャリアや待遇面を優先していることが伺えます。数年先のキャリアも見通せない不安定な状態は、精神健康に負担がかかります。そして当然、競争社会は格差を生みます。
 では、米国と同じシステムを日本に導入すれば、日本も米国並みのイノベーションを起こせるでしょうか?残念ながら日本では、どうしても安定志向が強く、特に才能や能力のある学生が大企業の内定を蹴ってまで、起業したりスタートアップに就職したりするようなケースはまだまだ少数かと思います。また、そもそも人口でも経済規模でも米国の方が大きいので、同じシステムで同じ土俵に立ったら、力負けする可能性が高いです。であれば、米国の良い面は学びつつも、高度経済成長期とは違った、新しい日本流イノベーションの作り方をこれから模索する必要があります。
 日本型創薬イノベーション実現にどのようなシステムがベストか、私個人として正しい答えを知りませんし、歴史だけが正解を証明してくれるでしょう。それでも今回、折角のエッセイ執筆の機会を頂いたので、少し大胆に日本型イノベーションを実現するに必要な要素をいくつか提案させて頂きたいと思います。それは3点あり、少人数のチーム形成、フラットで風通しの良いチーム間連携、そして熱量です。

 1つ目の少人数チームの重要性に関しては、『イノベーションのジレンマ』という書籍でも述べられています。既存技術を改良して育てるには大人数の企業が適していますが、革新的・破壊的なイノベーションを起こすには、スタートアップなどの少人数グループが適しています。それは何故でしょうか?革新的なアイデアは、馬鹿げたアイデアと紙一重です。皮膚細胞から多能性幹細胞を作り出すことを会社で提案したとしても、成功確率が低く成功したとしても価値が見いだしにくいため、上司から一蹴されてしまうことでしょう。大人数をまとめる上司ほど、馬鹿げたアイデアよりも成功確立の高そうなアイデアを採用せざるをえません。これは経営やチームリーダーとしての判断として真っ当ですが、革新的イノベーションは生まれません。また、多すぎるアイデアも駄目です。毎日何十という新規アイデア提案があったら、そもそも一つ一つのアイデアをじっくり吟味する余裕はありません。やはり一見馬鹿げたアイデアは採用されず、実現可能性の高い無難なアイデアに落ち着きます。つまり、革新的なアイデアを採用して実行しようと思ったら、一見馬鹿げたアイデアでも、「やってみるか!」という非合理的な判断を時には下すことができる、少数精鋭のチームであることが必要なのです。
大企業を経営するには数多くの秀才が必要ですが、破壊的イノベーションを生み出すには、1人の天才とそれを支えるチームの方が適しています。なので、チームの人数は、数名から多くても10名程度でしょう。もちろんベテランで理解あるリーダーを中心に、様々な知識と経験、技術を備えた多様なメンバーで構成される必要があります。人数が多すぎると、リーダーはマネージメントにばかり時間を取られてしまい、アイデアそのものやプロジェクトの詳細、メンバーの困っている部分に目が届かなくなってしまいます。このような少人数チームが一つだけでは成功確率が低いので、このような多様なチームが多数存在し、お互いにネットワークを形成する必要があります。
 必要な要素の2つ目、フラットな関係性構築に関しては、日本人が一番苦手としている所かもしれません。自分より年齢が一つでも目上の先輩には敬語を使い、自然と上下関係を作ってしまいます。「村社会」という言葉がある通り、自分の領域外の他所者を排除したり積極的に関わろうとしなかったりする傾向があります。しかし、少なくともチーム間においては、上下関係を定めては駄目ですし、積極的に外部と関わることが求められます。そもそも少人数のチームの場合、チーム内だけで籠もっていても異分野融合は困難ですし、社会実装までプロジェクトを完遂することも不可能なので、プロジェクトのステージや必要なアセットに応じて、必然的に別チームと有機的にネットワークを形成しないと生き残る事ができません。あるチームが別チームに動いて欲しい場合、命令ベースで動かすのではなく、依頼と説得ベースで動いてもらうのです。そして相手チームを説得するためには、自分たちのアイデアや技術について腹を割って話し合い、アイデアの革新性をアピールする必要があります。そのために日頃から予備データや過去の知見を蓄積し、魅力的なプレゼンをしなければなりません。また、自分たちの持っている技術や成果は広く公表して、将来どこかで協働することになるであろう別チームに、自分たちの仕事と実績を日頃から認知してもらう必要もあります。その結果、チーム間でめでたく相思相愛になれば、お互いを尊重しつつ、短所を補い長所を伸ばすことができるでしょう。また、フラットな関係なので、仕事を相手に丸投げではなく、相手の実施内容をお互いが理解することも重要です。必然的に技術的な課題や律速が明らかとなるので、次の改良の方向性も定まりやすくなります。
 3つ目の熱量に関しては、どんなに良い環境やチームを用意しても、メンバーが毎日うわの空だったり、違う方向を向いていたりしたら、イノベーションは進みません。世界を革新する技術を自分達の手で生み出すのだという気概と熱意が、チームメンバー全員に必要です。このために重要なことは、仮説の失敗を責めずに年単位の長期サポートを行うこと、成功の寄与者に対しては適切な名誉を与えること、です。世界中でだれも過去に成功していないことに挑戦するのですから、失敗するのは当然です。不注意なミスや他の誰かと同じ失敗を繰り返すのは論外ですが、現状考えられる仮説をベースに検討を行い、仮説に沿った結果が得られなかった場合には、仮説や現状の常識が間違っていることになります。イノベーションの開発に成功した暁には適正な評価は不可欠ですが、私はそれが給与や賞与だけである必要は必ずしも無く、仕事のモチベーションと達成感につながる名誉や認知が大切と考えます。もちろん生活に必要な分はベースの給与として支払われるべきですが、開発したイノベーションが実際にいつどのように社会実装されるかどうか、その先にどんな価値をもたらすか、公平かつ厳密に早期の段階で評価することは、それが革新的であればあるほど困難です。試行錯誤の中からイノベーションを生み出すのは、本来その過程そのものがやり甲斐のある挑戦です。トムソーヤのペンキ塗りのように、命令されて嫌々実施したり報酬につられて実施したりするのではなく、自分の意思で進んで楽しんで実施する熱意こそが、柔軟な発想に基づいたイノベーションを生み出すコツだと思っています。

 ここまで私の述べてきた革新的イノベーションに必要な条件を読まれて、勘の良い方は既に気づかれたかもしれませんが、日本でも既に、このようなシステムを取り入れている場所があります。それは大学の研究室で、企業ではなく大学を思い浮かべて上記の内容を読み返して頂ければ、納得して頂けるのではないでしょうか。大企業単独では構造上、革新的・破壊的イノベーションは生まれにくいので、組織の大改革を行い、大学と同じようなシステムを企業の中に作るというのは面白いアイデアだと考えていますが、相当の覚悟とリスクが必要です。そのような荒治療をする前に、是非様々な大学の研究室と積極的に連携し、それらの既存リソースを活用して、企業でのイノベーションを社会実装して頂きたいと思います。大学で生まれる発明も玉石混合で、大学の研究者がすべて同じ方向を向いて研究を行っている訳ではありませんが、その多様性こそ、誰も考えていなかった革新が生まれる原動力になります。
 オワンクラゲが海の中で光っている様に興味を持ち、来る日も来る日もオワンクラゲを採取して蛍光物質を抽出し、それがGFPというタンパク質であることを突き止められた下村脩先生。たった一つの細胞から全身の様々な細胞を作り出すことができる多能性幹細胞に魅了され、皮膚細胞から多能性幹細胞を作り出すという突拍子もないアイデアに挑戦された山中伸弥先生。複雑な免疫制御のメカニズムの秘密を解き明かすべく、免疫グロブリンのクラススイッチ機構やPD-1/PD-L1を介したT細胞制御機構を発見された本庶佑先生。いずれも世の中の医療を変えるためにトップダウンで研究を始めたというよりは、純粋に興味を持った対象を深く掘り下げた結果、ボトムアップで世紀の大発明・大発見に繋がった好例だと思います。この3名の先生方は、ノーベル賞受賞という形で研究界の名誉を手にされていますが、その他にも多くの大学発イノベーションの先例が日本にもあるのはご承知の通りです。また、まだ日の目を見ていない知見や技術も沢山埋もれています。大学の研究室は少人数が故に、移動や退職などで技術や未発表の知見が失われるリスクもあるので、是非企業の側からも積極的に大学に声をかけて頂いて、ダイヤの原石を掘り当てて頂ければと考えています。

 では、企業と大学の出会いやマッチングを促進するために、どのような取り組みが必要でしょうか?企業と大学の共同研究は、当然米国でも積極的に実施されています。同じ産学連携研究でも、日本流のやり方で、本気でイノベーションを促進する方法は何か無いのでしょうか?
企業と大学のお互いが、どこに興味を持っていて、どのような事ができるのか?あるいは何が課題で、どのような事ができないのか?これをお互い知るためには、密な双方向のコミュニケーションが欠かせません。そして、それを実現するのは信頼関係が必要です。信頼関係を築くことは、一朝一夕にはできません。ある程度の歳月を共にする必要がありますが、年月をかけて強い結びつきを作るのは、日本人も得意とする所かと思います。

ここで一つ、私の身近な例をご紹介したいと思います。2016年に我々の京都大学iPS細胞研究所と武田薬品工業は、10年間の共同研究プログラム「T-CiRA」を立ち上げて、iPS細胞等の大学の技術を活用した大規模な創薬研究プロジェクトを立ち上げました。がん、消化器疾患、神経疾患などの領域で、創薬や細胞治療、遺伝子治療までも含めた幅広い研究を実施しています。これまでの産学共同研究では、数名の企業研究者が大学の研究室に派遣されるような「産in学」のパターンが大部分でしたが、このT-CiRAプログラムは大学の研究者が湘南アイパークにある企業の研究施設にお邪魔して研究を行う、世界的にも珍しい「学in産」のパターンが特徴です。これにより、大学の研究者は企業のリソースに気軽にアクセスすることができるだけでなく、企業における製品化に向けた考え方や課題なども身近に吸収することができます。また、企業の研究者も、組織を大改革したりベンチャーに飛び出したりするリスクを犯すことなく、アカデミア型のイノベーションシステムに身を置くことができるようになります。何より、10年という長期に渡って椅子と椅子を突き合わせて実験や議論を繰り返すということは、強い信頼関係を生みます。T-CiRAプログラムはすでに8年が経過しましたが、その間に2つの細胞治療プロジェクトがオリヅルセラピューティクス株式会社(OZTx)にスピンアウトした他、54の特許と549報の論文を発表するといった成果を上げています (T-CiRA HP)。これらの成果を社会実装するにはまだ時間も必要ですし、先にある死の谷やダーウィンの海を超えて行かなければなりませんが、少なくとも日本全体の雇用構造をスクラップ&ビルドすることなく、各企業の責任者が本気になれば、比較的手軽に始められる方法だと思います。規模感は大小様々で良いと思いますが、少なくとも5年以上の長期の関係性を前提に検討頂いて、お互いの信頼関係を確立することが必須です。研究費を渡して報告書をもらって終わりではなく、企業からと大学からの研究員達がフラットな立場で、イノベーション実現に向けて熱量を持って濃密なディスカッションを日常的に行う土壌が必要です。
企業の側からだけでなく、大学側から見ても、このような長期の産学共同研究には大きなメリットがあります。残念ながら日本の大学でもここ10-15年の間、大学院の修士課程や博士過程に進学する学生が年々減っており、それが日本の論文数低下や科学技術の土台崩壊につながっています。学生が大学の教員ポジションに魅力が持てず、早い段階で企業へ就職するケースが増えていることが一因ですが、どの大学の研究室でも産学共同研究に当たり前に関わることができれば、学生から見た大学の魅力も増すと思いますし、少なくとも修士や博士課程までは大学に残って研究を進めるという選択をする学生が増えてくれると期待しています。1〜2年だけの共同研究に学生を関わらせることは、学位取得が困難になる可能性が高いので一般的には難しいですが、当初から5年以上の共同研究が前提であれば、学生を部分的でも参加させるという選択肢が広がります。

ここまで、米国との対比で日本の弱い所ばかりを述べてきましたが、では反対に日本の良い所はどんな所でしょうか?終身雇用制度は即ち、会社で嫌なことがあってもジッと耐えて、同じ場所で働き続けることができる勤勉さと粘り強さを表しています。また、仲間意識が強く、一度構築された信頼関係は、長年に渡って継続します。礼儀正しく、規律を守り、個々の我儘よりも社会規範を重んじる国です。チームとして誠実に対応し、職人として高品質の製品や、心の籠もったおもてなしのサービスを提供できます。侘び寂びを嗜み、阿吽の呼吸で意思疎通ができます。自然災害の多い日本において、集団行動や規律を優先する国民性は大きな利点があり、その結果としてこれまでにも数々の大災害から復興を遂げてきました。暴れまわるゴジラを、米国映画ではスーパーヒーローや強力な軍隊が倒すでしょうが、日本映画では産官学が連携して知恵と工夫で退治しているのは、興味深い対比だと思います。
日本人の国民性に即したイノベーションの促進と、それに適した環境を増やしていくことは、国土が狭く超高齢化社会を迎えた日本にとって、待ったなしの課題です。T-CiRAプログラムのインキュベーションの場となっている湘南アイパークには、すでに多数の産官学のチームが集まっています。あとはこの関係性を長期に渡って維持し、発展させましょう。立場を超えた信頼関係を構築し、次世代への投資を続けていくことが、日本の科学技術の地盤沈下を止め、革新的な創薬で人々の健康と幸せを促進するために必要なのです。

堀田 秋津 氏
京都大学 iPS細胞研究所 臨床応用研究部門 主任研究員
T-CiRAプログラム 堀田プロジェクト PI
湘南アイパークサイエンスアドバイザー

名古屋大学で遺伝子工学の博士号を取得。博士研究員としてトロント小児病院に留学し、iPS細胞の分離を助けるEOS多能性レポーターを開発。帰国後、京都大学CiRAで研究室を立ち上げた。CRISPR-Cas9ゲノム編集を用いて、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの根本遺伝子変異を患者由来iPS細胞で修復できることを実証。さらに、選択的にHLA遺伝子を破壊することで、免疫拒絶を回避する方法を実証した。現在も遺伝子変異難病に対する細胞・遺伝子治療の実現に向けた研究開発に取り組んでいる。