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#11 富士山麓でパワーをもらう

ある休日のこと。僕は午前4時にセットした目覚ましに起こされ、眠気をふり払うようにシャワーを浴びた。窓を開けると真新しい夏の匂いのする風が部屋に入ってきて僕に話しかけた。「きょうはきっと、いい日になりそうだね」。

ゆっくりと支度をして外に出ると、クルマに乗りこみエンジンに火を入れた。きのう聴いていたブライアン・イーノが、夜と朝をつなぐようなあいまいな音を奏ではじめた。僕は、秦野中井インターから東名高速に乗って西へ向かった。目的地は山中湖だった。日の出にはまだかなり時間があったけれど、空は少しずつ明るさを増していった。フロントガラスには富士山の輪郭が映し出されていた。

足柄パーキングエリアに立ち寄って熱いコーヒーを仕入れ、その先の御殿場インターで降りた。138号線から東富士五湖道路を通って山中湖に着くと、辺りは明るくなっていた。

湖畔の東側から三国峠に続く県道を少し上ったところに、とっておきの場所がある。富士山と湖の風景が美しいビュースポットだ。空気の抜けがいいときには南アルプスまで見わたせる。僕はクルマからディレクターチェアをひっぱり出して腰を下ろし、野鳥の声を聞きながらコーヒーを飲んだ。

このところ仕事が立て込んでいて、カラダも精神もいっぱいいっぱいだった。疲れ果てていたけれど、休憩や睡眠だけでは元気を取り戻せそうになかった。かといって、友だちと飲んで騒ぐ気にもなれなかった。キャパシティを超えて加熱し過ぎた日常から少し距離を置きたかった。

そんな状態に追い込まれたとき、僕はたまにこの場所を訪れる。暖かい季節なら、夜明けを待つひとときや夕暮れどきが特にいい。時間とともに表情を変える風景を眺めながら、のんびりと過ごすのだ。「宇宙と交信する感じ」といったらオーバーかもしれないが、自分という生命体のセンサーが、太陽の光や、風の流れや、動物の鳴き声や草木の匂いや自然の発するさまざまな信号を感知する。自分の中の何かがリセットされ、また「頑張らなくちゃ」という気持ちが湧いてくる。

富士山の周りには非科学的な気やエネルギーが集まるパワースポットが数多く存在する。けれど、考えてみればこの山は、それ自体が巨大なパワースポットといえる。太古から人々は富士山に対して畏敬の念をもち、祈りを捧げてきた。そうした営みの延長線上に僕たちがいて、今がある。だからこそ「自然に感謝し、もう少し丁寧に生きなくては」なんて思ってしまうのだ。

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