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ダメなものはダメと言える職人は宝 〜和の住まいシンポジウム②〜

昨日の記事では京阪神木造住宅協議会主催の全国リレー和の住まい推進シンポジュウムin兵庫での建築家堀部安嗣氏の基調講演の内容について書きました。和の住まい、暮らし方についての堀部氏独自の視点は大変刺激的かつ住宅事業に携わる者として深い学びがありました。パネルディスカッションでは会場に参加されていた方からの質疑の時間を少しだけ設けて、施工者の代表として塾生の永谷大工にマイクを渡しました。永谷大工からの「ディティールにこだわった施工が難しそうな工事を行うのに、職人との摩擦や軋轢が生まれないか?」との素朴な疑問に対する堀部氏の回答が素晴らしく、昨日に続いて書いておきたいと思います。

日本最高峰の建築家に対する大工の素朴な疑問

まるで以前からそこにあったような、と形容される景色に溶け込んだ作品として有名は竹林寺納骨堂で日本建築学会賞を受賞した堀部氏は押しも押されもしない日本トップクラスの建築家です。その堀部氏による大工の素朴な疑問に対する回答は「施工者が絶対に無理だと言ったら素直に受け入れる。」との謙虚すぎる言葉でした。建築家の先生と言えば、独創性を追求するあまり、施工性や後のメンテナンスに対してあまり留意されない方が多いと言うのがこれまでの建築業界のちょっとした常識のようになっている中、職人の声に真摯に耳を傾けると言われたのには、質問した永谷大工も少し意外な答えに面食らっているように見えました。正直、私も少し驚きました。

自然の摂理を守る大工は宝

そして、堀部氏は「自然の摂理に反しているものをダメだと言える棟梁は日本の宝だと思う。」との言葉を続けられました。その言葉は正に私が大工育成を行う中で最も重要視している、自分自身の良心に従った正しい仕事をしてもらいたいとの想いと完全に一致します。私が代表を務めている一般社団法人職人起業塾や、来春の立ち上げを予定している職人育成のWスクール制度を利用した高校、マイスター高等学院で職人育成において、タレンティズム(才能主義)を中心的な価値観に据えているのも同じ考え方で、人は誰しも生まれついて良き心を持っており、それを常に職場で発揮できるようになるだけで大きな信頼を得られるようになる、職人が信頼と信用を集めることで現場で大きな付加価値を創り上げることができるとの考えです。同じような言葉が堀部氏の口から出てくるとは思いもしない驚きと喜びでした。

老職人とのエピソード

永谷大工からの質問の流れで堀部氏は上述の竹林寺納骨堂の工事の際の高齢の左官職人とのエピソードを披露してくれました。漆喰で仕上げる長い塀を目地なしで仕上げる設計をしていた堀部氏は、施工的に流石に無理があるかと考え直て、左官の親方に目地を入れて、スパンを切って漆喰を塗ってくれても良いと提案したところ、その職人は塀が長かろうと目地を入れないで一面にして仕上げるので任しておけ!と逆に難しい施工に挑んでくれたとのことでした。また、その70歳を超えた高齢の左官の親方は、この仕事をやり切ったら鏝を置いて引退する。と言われたらしく、こんな職人気質の人がいるから日本の建築は素晴らしいと感動すると共に舌を巻いたとのことでした。

笑って許せる嘘をつく職人

その後日談として、引退したはずの左官の親方が実は今も元気に働いているとの噂を聞いて、竹林寺を訪れた際に会ってみたところ、その老齢の左官職人は元気に現役を続けておられたとのことで、堀部氏が「以前、竹林寺の仕事を最後に引退すると言ってましたよね、」と聞くと、その職人さんに「そんなこと言った覚えは無い」ととぼけられたと笑って話されていました。シビアに完璧を追い求める厳しさと、頑固一徹だけでなく、笑って許せる程度の惚けた嘘を平気で口にするいい加減さを持っていることが愛すべき職人像であるといった口ぶりでした。お互いに言いたいことを言い合えて、相手の都合が悪い事を笑って受け入れ合える、それが設計者と職人の理想的な関係なのかもしれないと感じた次第です。

国土交通省 講演資料より

本物の時代の職人育成への転換

シンポジュウムでは堀部氏の基調講演の前に和の住まい推進関係省庁連絡会議のメンバーから国土交通省の住宅局の高梨課長補佐からの話があり、職人不足、大工不足の問題に対する危機感が語られました。それは即ち、これまでの20年間、国交相が行ってきた大工育成の施策がことごとく失敗に終わって来たことの証左でもあります。若者を引き入れて、とにかく早く簡単にある程度の施工ができる様にと技術面のみの教育を推し進めた、道具の様に職人の育成を行なった結果、職人になると入職した若者が定着しなかったのが根本的な原因だと思っています。それに比して、堀部氏が日本の宝だと語られた、単なる施工者ではなく、家づくりの全体をプロデュースしていた日本独特の職人の形態である棟梁になるような育成に切り替える必要があります。まさしく職人起業塾、マイスター高等学院で私たちが行なっている目的を明確にする教育カリキュラムこそが、今求められているのだと、背中を押して頂いたように感じました。本物の時代に、本物の人材育成を。本物とは今、金、自分だけ思考ではなく、三方良しを目指せるプロフェッショナル。日本の宝を生み出す気概を持って職人育成を進めていきたいと思います。

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志と職人としての在り方を明確にして、共通価値を創造する人材育成を行なっています。




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