本当に大事な物は何か?
経営実践研究会なる本業で社会課題を解決することを目指す経営者のコミュニティーで、今月から私は世話人と言う運営側のお手伝いをする役割を頂きました。メンバーさんのサポートをする係と言うことで、微力ながら精一杯できることをして行こうと決意を新たにしています。そのコミュニティーの組織を形成していくリーダーによるミーティングが毎週月曜日にあります。あり方を学び、あり方を実践すると定義づけられたこのミーティングでは、はっと気づかされることが少なからずあり、今日も改めて自分自身を振り返りました。
最も大事なものは何?
ミーティングの終わりに近づき、オブザーバー的に入られていた藤岡会長から全員に一言だけ話される時間がありました。その中で、本当に大事なものは何か?との問いが全員に投げられ、それぞれが頭の中で自分が大切にしている価値観の本質的な部分について思いをめぐらしました。私が頭に浮かんだのは「志の実現」です。そのために命を使おうと決めてきたし、多くのものを犠牲にしてきた気がします。ただ、社会に出てからこれまでの30数年間に渡ってそればかりにコミットし続けた訳ではありません。志を立てたのは30歳を過ぎた頃、実際にやるべきことが見え始めたのは40歳を過ぎた後、口で言うだけではなく、実現する可能性を見出せるようになったのは50歳も半ばに差しかかってからです。正直のところ、元は思いつきで言ってみた程度だった志が長い年月それを言い続けた結果、命より大切な人生の目的へと固まってきたような気がします。
志の中心にあるもの
そして今朝、改めて最も大切なものは何か?と問われた時、志の真ん中の核となる部分について思いを馳せました。私が20数年前に掲げた志は職人時代の自らの厳しい経験や必死に働いても未来が見えない苦しい原体験からくる怒りの反動で「職人の社会的地位の向上」を掲げました。自分自身がどうしようもない状況から抜け出したいと言う思いと、それは自分だけではなく、スタッフとして一緒に働いてくれている仲間や、同じ境遇にある職人たち全てが将来への恐れをなくし、未来に希望を持って働ける環境にしたいと確かに思ったのです。起業して、事業を立ち上げてからこの20年間、その目的に対してのみ必死になって取り組んできたと言っても過言ではありません。しかし、今日、ふと気づいたのは、自分が本当に命をかけて成し遂げたいのは職人の地位向上ではなく、現在の社会システム、学歴社会からこぼれ落ちたマイノリティーの救済だと言うことです。
良知と経済合理性
現代の社会では最も大事なものは何ですか?と聞かれると多くの人が命だと答える。しかしそれは明らかに間違いで、命を使って何をするかが目的であり、それは命より大切なものであるはずだ。と、藤岡会長は言われました。そしてそれは決して自分のためだけに向くものではなく、孟子が誰もが持つ惻隠の情、王陽明が教えられずとも全ての人は生まれながらに持っている良知と言い表した良心に従って生きることだと思っています。考えるべきは、己が本当に正しいと思うことに対して限られた、1回きりの命の時間=人生をどのようにして使うのかだと思います。その意識さえ明確に持ってれば必ず人から共感され、応援されるようになり、学歴や知識やスキルに関係なく世の中で活躍できる人材に誰しもがなると思っています。資本主義社会の中で生きていく経済合理性もおのずと身に付くと考えます。そんなことを今の社会に適合していないとレッテルを貼られた若者に伝えることこそ、私は命をかけて成し遂げたい志の中心にあると改めて気づいた次第です。いくつになっても人は人と交わることで気づくし学ぶ。素晴らしい機会と環境を頂けていることに心から感謝します。
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良知を開く研修を行っています。
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