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歴史に耳を澄ませろ

関西圏の建築事業所と関連事業の方々が100社近く集まる京阪神木造住宅協議会はJBN(全国工務店協会)が国交省と練った政策の受け皿となる地域組織として機能しながら独自の活動を続けています。私も理事の末席に名を連ねており、隔月で開催している研修会がこの度、第50回を迎え、記念大会としてビックネームの建築家を講師に招聘しようとなりました。理事会で協議した結果、単なる建築家ではなく、その枠から飛び出して、事業家、起業家としてその名を馳せている谷尻誠氏の名前が候補として挙がりました。ちょうど、同氏は私の旧知でもあり建築業界随一のマーケターとして知られる林哲平氏とジョインしてyadoなるボランタリーチェーン的な法人を立ち上げられており、私も大いに興味を持っていたところだったこともあり、お二人のW講演の企画を立ててお声がけし、今回の登壇の了承を頂きました。

旅するように暮らす。

とのコンセプトのyadoは単なる企画住宅の商品をチェーンメンバーで共有するとの単純なスキームではなく、ロケーションの良い土地に建築家谷尻誠の世界観でデザインされた、家にも別荘にも宿にも成り変わる雰囲気のある建物を、いくつかのパターンを踏襲しながら全国に建築するという今までの住宅の概念を覆す斬新なものです。2022年に谷尻氏が自邸を建築する際に1階と3階をテナントとして貸し出す収益性を持たせる事で融資の返済を収益で賄い、利回りを手にする、投資先として住宅に働かせるのを実際に行われているだけに非常にリアリティがありました。
実は、以前から住宅を賃貸してローンを賄う手法は使われておりましたが、築年数が経つと家賃が下がったり、空室が出たりと資金計画が狂う問題が取り沙汰されていました。世界的に活躍する谷尻誠の設計だから成り立つスキームがボランタリーチェーンとして共有されているのは圧倒的なブランドとして新たなムーブメントを起こす可能性を感じます。

Who What How

今回のW講演のもうお一方、yadoのローンチを谷尻誠氏と一緒に行われている林哲平氏は映画などのエンターテイメント業界から建築業界に転身して来られた異色の経歴の持ち主です。プロモーションのプロなのはもちろんの事、広報と常にセットのマーケティングにも非常に造詣が深く、精通しておられることでも有名です。他業種に比してUX(ユーザー体験)デザインの観点で10年遅れている(私見です)建築業界を牽引する貴重な存在です。
今回の講演会では「この業界に圧倒的に欠落しているのは情報収集する意欲で、情弱からくる自信の無さ。それが意見が言えなくなり議論の場が出来ない事につながっている」と厳しい指摘をされました。ユーザーの体験からインサイトを見つけ出し、ニーズを埋めるのでは無くその一歩先の提案ができる商品やサービスの開発を行うには、何の為に?との根源的な問いを片付けておくにははもちろん大前提ですが、Who What Howの2W1Hを明確にする議論を行うべきだ!とかなり強めの熱い口調で語って下さいました。まだまだトップダウン型のマネジメントが主流の建築業界では耳の痛い経営者も多かったかもですが、核心をついた良いお話しでした。

住宅業界の未来予測

今回の研修会は有名建築家を招聘していた事もあり、会員以外の一般からも設計士がかなり多く参加されておられました。私が代表を務める株式会社四方継からも設計スタッフが参加しており、研修終了時に感想を訊いてみたところ、「設計の話よりもビジネス的な毛色の話が多かった。苦手分野でした。。」との事で、あまり期待に沿わなかった様でした。研修会のテーマを「住宅業界の未来予想」としてしまった私達運営側の意向に登壇者が合わせて下さったのがアトリエ系建築士には裏目に出た形です。せっかくの機会なのでもっと設計思想やロケーションを最大限に生かすアイデアの源流的な部分の話をパネルディスカッションの際に深掘りすべきだったかとモデレーターとして反省しきりです。ただ、経営者連中の評価は上々で皆さん大いに満足されていたようなので、最低限の責任は果たせた様に思います。

歴史に耳を澄ます

そんな、私的には大いに刺激を受けて非常に充実した研修会となった今回のイベントで私の中で一番印象に残ったのは谷尻誠氏の「歴史に耳を澄ます」との言葉でした。ビスマルクの言葉で「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」というものがありますが、耳を澄ますとの表現がとても谷尻誠さん的な静寂の建築観を表していて感銘を受けました。同氏は生まれ故郷の三次の町の街づくりに自治体と共に取り組まれており、街全体の動線計画やご自身が幼少の頃に住まわれていた長屋の改修のデザインを手掛けることで、宿泊されない街として古い良い雰囲気の街並みが残るにもかかわらず観光による収益が少ない街をリブランドされています。新しい箱モノを作ったりするのではなく、歴史に耳を澄ませ、建物だけではなく古き良き慣習や文化を生かす事で街を活性化させる手法はさすがだと唸りました。また、観光客が訪れるコンテンツが無いのを改善すべく自らが団子やを経営するなど、起業家としての一面も発揮されているのはまさしく建築の枠に囚われな新しい建築家のカタチだと感じました。
建築と経済と地域の深い親和性を感じられたのは大きな収穫です。ご登壇頂いた谷尻誠さん、林哲平さんには深く御礼申し上げます。ありがとうございました。

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新しい時代を担う建築実務者の育成を行なっています。


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