職人は文化だ!
およそ三年ぶりの台湾。私が代表を務めており台北に事業所を構える菫菫国際設計有限公司の関連で、日式(日本式)ラーメン店舗新装工事に関わる建築の施工業者の手配とデザイナーとの打ち合わせが急遽セッティング出来て、この度、コロナ禍で全く行き来が出来なかった空白の3年間を乗り越えての訪台です。台湾の職人に現場で設計意図を説明するのは随分と久しぶりで、十年前に初めて台湾を訪れた時のことを思い出し、何だか懐かしい気分を味わいました。
文化を伝えるコミュニケーション
今回のラーメン店での計画は、日本の欄間や千本格子の古い建具などをデザインに盛り込んだ日本色の強い意匠になっています。その分、細やかな細部に拘った建築技術が必要になるのと、施工者の設計意図の深い理解が必要です。これがなかなか難しく、言語だけでなく文化の違いを乗り越えてコミュニケーションを取らねばなりません。日本人の持つ文化を醸し出す店舗づくりは細かな部分のディティールが重要になるのですが、新築で建物を建てるのではなく、既存の建物に合わせながら、台湾の法律にも合致するように作り込むのは決して簡単ではありません。今回は工期の関係で出来るだけ台湾の業者さんに任せられるようにしたいと思い、現場説明に立ち会うべく台湾に飛びました。
海外事業は多様性と希少性の交差点
世界各地、各国にはそれぞれ独自の文化があり、それはそれぞれに素晴らしいものです。海外に限らず、知らない土地に足を運び、現地の人の話を聞いたり、その土地独自に進化発展した建物や工芸品等を見ると心が躍ります。
そこに息づいている価値はおいそれと真似したり模倣したところで誰でも生み出せるものではなく、長年の歴史と文化が紡ぎ出したものは唯一無二の存在です。私はその多様性を認めた上で、異文化の交流を行うことで希少性を生み出し、新たな価値を生み出す可能性があると思っており、それが私が台湾に事業所を構えている理由でもあります。言うなれば、唯一無二の価値を生み出す「文化」の創り方、使い方を学ぶフィールドワークの場でもあります。
寿司職人に学びまくる
今回、台中で数多く、様々な業種の飲食店舗を展開されているクライアントの計らいで、直営店の寿司店をご案内頂き、台中で味わう本格的な寿司を堪能させて頂きました。私としては常日頃から江戸前寿司は日本文化の結晶だとの持論を持っており、良く食べにも行くのですが、今回、立て続けに海外で寿司と和食を食する機会を得て、改めてその凄さと、世界に通用する文化とは何かをつくづく考えさせられました。寿司店は言うまでもなく、花板と言われる大将が卓越した技術と経験を遺憾無く発揮してその店の価値を創り出します。長年の経験も要しますし、客に尊敬の眼差しを向けられる幅広い知識も必要で、ただ単に寿司が上手に握れればそのポジションに立てるかと言うと、決してそんなことはありません。海外で人気の寿司店の花板を張れるのは並大抵では出来ません。
底通するのは文化という目に見えない価値
3つの寿司店を巡って、感じたのは食材や調理技術へのこだわりはもちろんですが、お店の設や接客も含め、それぞれ力点を置いているところは少しずつ違いながらも、共通して食事を提供しているのではなく、文化を感じさせるコミュニケーションを最重要にしている点です。それぞれ、個人店ではなく運営されている事業本部があるのですが、花板の個性を存分に生かして、画一的なサービスにならないような配慮をしつつ、根本の部分の価値観を明確に持っており、それが全てのお店に底通していると強く感じました。
それは、マーケティングなどと呼ぶ陳腐なものではなく、異文化との交流の中で希少性だけではなく、価値観が違う人に受け入れら、価値を認めてもらえる様にする戦略であり、本質的価値提供です。単に収益を求めているのではない、襟を正して文化に向き合う姿勢に人は心打たれ、高級店にもかかわらず予約の取れない人気店になっているのだと思うのです。
文化の担い手こそ経済性を突破する人材
そして、その文化の担い手はやっぱり職人です。寿司などの飲食店に限らず、台湾では日式の文化が今も大きく人気を博しています。最終日に立ち寄った台北の友人に完成間近の日本統治時代の古い木造住宅のリノベーション案件の現場を見学させてもらいましたが、昭和初期の日本の伝統的家屋をそのままのデザインで復元していました。台湾で最先端のデザインが日式の旧家屋の再現と聞くと違和感を感じられる方も多いかも知れませんが、台湾全土でこのような商業施設に転用して成功している事例が数多く見られます。日本と台湾の文化が融合した歴史を前向きに捉え、その良さが再認識されて収益性の高い財産として評価されているのはまさに文化が経済性を担保する非常にわかりやすい例だと思うのです。
合理と効率からの脱出
上述の公共施設のリノベーション物件を実際に見学してみて、実は残念に思うところが少しありました。それは、台湾の大工と左官、内装業者の細部へのこだわり、材の選定や施工精度に対する意識をもう少し高く持って施工に臨んでもらえたら、もっと質の高い建物として蘇っていたであろうと言うことです。リノベーション後はカフェなどの商業施設に生まれ変わるとのことでしたので、私のように重箱の隅を突くような細かな指摘をする人もいなければ、気づく人も皆無だと思います。そう言う意味では工期と予算を守り、それなりの出来栄えにするのは合理的であるとは思います。しかし、文化的な価値は合理的に効率を追い求めた先にあるのではなく、むしろその逆で、非効率に思えたり、経済性ではない部分に価値を置くことで醸成されるものだと思うのです。
文化人としての職人育成
そんな目に見えない部分に対して、気付いたり、提案したり出来るのが職人的思考と感覚だと考えています。技術だけ身につけていれば良いのではないが、実際にどの様にすべきかの解決策、それを叶える技術が無ければ提案にもリアリティーもなければ、計画に落とす事もできません。ただ、文化を守る担い手であるとの意識を持つことが職人としての生き方の底辺にあるべきだと思うのです。今回、無理を言って見学させてもらった物件が素晴らしかっただけに、せっかくの文化的遺産を生かしての建築の再生にはそんな観点を持ってもらえたら建物が持つ雰囲気というか、空間が醸す空気感が少し変わったのではないかと感じた次第です。業種、業態にかかわらず、職人としての生き方を広めることが、経済性一辺倒の現在の価値観を突き破り、新しい共感資本社会に移行する中で大きな活躍を期待できる人材育成の糧になるのではないかと思うのです。
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建築業界のみに限らず、幅広い分野でモノづくりの担い手の育成を推し進めています。職人育成に興味がある方はぜひ繋がってください!
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