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もはや何が生業かわからない。の是非

一昔前、選択と集中という言葉が流行りました。バブル崩壊後の日本は一向に景気が良くなる気配のない失われた10年(今では30年と言われている)を過ごす中で、財務再建に乗り出した会社は不採算部門を切り捨て、採算が取れる事業だけに集中する事で存続を可能にすることができる。とのリストラクチャリングが持て囃された時代がありました。
有名どころではJALの経営再建ですが、不採算路線として切り落とされた地方都市と大都会を繋いでいた空のインフラは今も復活することなく、地方の経済も一緒に切り落とされました。中央と地方の格差と分断を加速させています。私は稲盛和夫氏のことは大いに尊敬して書籍もかなり拝読しましたが、「選択と集中」という言葉にはずっと違和感を持ち続けていました。

何でもやる。は結局、何も出来ない

業界や前提条件など関係なく、「選択と集中」こそが今の時代を生き抜くキーワードだ!とリストラクチャリングに対するハードル、企業としての責任や在り方が崩壊していったその当時、私が生業とする建築業界、工務店向けのコンサルティングやフランチャイズビジネスの人たちの中では「何でもやるは結局、何も出来ない(特徴のない)ことだ」との言葉が流行りました。私が大工から起業してまだ間もない、駆け出しの経営者で経営の勉強など全くしていなかった頃です。
私達は大工として下請けの工事を受けておりましたので、新築の木造住宅だけでなく、鉄骨住宅や鉄筋コンクリートのマンションの内装、リフォームや飲食、物販の店舗のテナント工事、百貨店のショップ内装、はたまた基礎や擁壁の型枠工事や看板の取り付け等々、ありとあらゆる工事を行っていました。私にとってそれらは全て大工の仕事であり、大工仕事よりも簡単な作業は全て自社の職人で行う勢いでなんでも引き受けていた頃です。

陳腐化、ドッグイヤーの波

私達は創業してから6年目に自社社屋を建設したのを機に下請け工事業から脱却、元請け工務店に転換しました。当然のようにそれまでに行ってきた業務の延長線上で、依頼頂いたら何でも引き受ける、便利屋のような地域密着の工務店として再スタートを切りました。しかし、ちょうどその頃、上述の「何でもやる会社は結局、何も出来ない(特徴のない)会社だ」と、専門性と特色を持たなければこれからの工務店は生き残っていけないと喧伝されるようになり、純真無垢だった素人経営者の私はすっかりその口車に乗って、大工としては王道であると信じていた「自社設計、自社施工の自然素材を使った注文住宅」に特化しようと決めて、コンサルティング会社にサポートをお願いしました。
しかし、残念というよりも残酷なことに建築会社、工務店は図面だけあれば同じものが作れるし、少々デザインを頑張ったり。オリジナル商品や工法を開発、導入したところで、すぐに類似のものが出てきたり、少し人気が出れば真似されるのが当たり前。結局、宣伝広告の上手い下手と営業力で大まか勝負は決まります。気がつけば、自然素材を使った注文建築の会社はそこらにゴロゴロ転がっており、同じような宣伝をして客の取り合いをするようになりました。

実は、リソースなどない

陳腐化の波に飲み込まれて初めて、薄っぺらい差別化や専門を絞り込む特化など何の意味もないことに気がつきました。モノで勝負するなら、同業他社が競争にならないと諦めるレベルのコアコンピタンスと言える位の突き抜けた技術や意匠、体験を提供して独自の世界観を醸し出さなくてはならないですが、工務店風情がそんな特許を取れるようなリソースを持ち合わせているはずがないのです。もちろん、住宅は非常に高価な買い物であり、優れた意匠、高い精度の確かな施工、綿密で狂いのない計画に基づいて提供されなければなりませんし、私たちは技術と知識を常に最新にアップデートする必要があります。ただ、そんなことは当たり前で、マーケットから選ばれる理由ににはなり得ないのが現実です。完璧に快適な建築物を提供して当然、出来なければクレームになる世界では、誰もが義務的に超えなければならないレベルを達成したところで何のプレゼンスもないのです。

かりそめの成功の方程式

コンサルティング会社の営業マンの口車に乗せられて非常に浅はかで短絡的な経営計画を立てて、成功パターンを作って一気に規模を拡大しようと考えていた私は、思うように業績が伸びない現実に思い悩みました。予定通りに受注が積み上がらないのは何故か?コンサルタントが言っていた成功パターンがなぜ通用しないのか?と考えた結果、思い当たったのは、住宅事情は地域によって違うので、都会と地方都市では成功パターンが同じわけが無い、神戸は土地の値段が九州の3倍だし、新しく造成される土地など残っていないのに、子育て世代を対象としたパターン化された住宅を売ろうとしても同じ訳がない。との当たり前の前提条件の違いと、強みだと思っていたことは別段なんの特徴でもなかったとの残酷な事実です。そこで、改めてスタッフ全員と膝を突き合わせて考え込み、導き出した自社の特徴は、ベタですが、自社に社員大工がいること、その育成を長年積み重ねてきた事でした。

パルテノン戦略の効果

スタッフたちと熱心に続けたSWOT分析の結果を受けて、私達は原点に戻って自社大工がいる事の強みを発揮して業態を絞る事なく様々な工事を幅広く行うようになりました。ちょうど、マーケティングやマネジメントの理論を熱心に学び始めた頃で、いくつもの柱が立っているからこそ倒れないパルテノン神殿のような分散型の業態を目指しました。新築、リフォーム、店舗とジャンルが違うように思われていましたが、私達、大工工事を行う職人ととしてはどれも同じようなものだと、事業の幅を広げることに注力しました。それも、社員の大工が居てくれて、社内に現場経験の蓄積が出来たおかげです。事業の柱を3つに分けたことで、随分と安定した事業になったのは選択と集中の逆に張ったからだと今も思っていますし、新築住宅だけに特化していたら、今の事業はとうに無くなっていたと思います。

パルテノン神殿

もはや何屋かわからない

それから10数年もの年月が経ち、今はというと、創業時「有限会社すみれ建築工房」だった社名を「株式会社四方継」に変更して、自社職人によるこだわりの建築工事は地元の木を活用して既製品を使わないなど「つむぎ建築舎」なる屋号で従前よりもブラッシュアップしています。
それだけではなく、「つない堂」なる地域コミュニティー事業部を立ち上げ、地域の人と人、人とサービスをつなぐ活動を熱心に行っています。地域の専門家の紹介や地域の事業者さんとコラボしてのイベント企画、事務所ではコワーキングスペースやBBQサイトのシェア、また地域通貨発行の実証実験なども行っています。
そして、今年の4月からは地域の子供達を受け入れる教育事業にも足を踏み入れ、プロに現場で直接教わる(OJT)本格的なキャリア教育の学校、マイスター高等学院神戸校もオープンしました。もはや、何屋か、生業はなにかさえ分からなくなってしまいました。

なんでもやる会社はなんでもできる会社に

「なんでもする会社は結局、何にも出来ない会社」だと、その昔、三流コンサルタントたちは言ってましたが、それは薄っぺらい逆説であり、真実はなんでも出来る会社はやっぱり色んな事ができる会社です。そして、重要なのはマーケットや客からどう見えるか?ではなく、どう在りたいか、なんの為に事業を行っているのか、その事業所の存在理由はないか?です。
そこに人がいて、今だけ、金だけ、自分だけ良ければそれでいいとの奴隷志向を捨てて、未来を創造する、信用や信頼、文化や知識など目に見えない価値を大切にし、世の為人のために役に立ちたいと思うなら、できる限りのことはなんでもやるべきだと思うし、四方皆が幸せになる世界を目指して、業界や専門の枠を取っ払ってできることの幅を広げたいと思うのです。
存在意義を認められてこそ、私達は存在できる。そのマーケットの真実に正面から向き合いながら、地域の課題を解決し、未来を創造する企業でありたいと思うのです。

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建築×コミュニティー×教育をテーマに真の民主主義の社会を目指して活動しています。



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