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建設業の2024年問題への対応の本質。

これまでは特定業種に指定され法定の残業代だけ支払えば、従業員をいくら働かせても良いことになっていた建設業界。それもいよいよ働き方改革の波に飲み込まれて2024年4月より「働き方改革関連法」が適用されます。「時間外労働の罰則付き上限規制」のスタートに向けて労働環境を変革していかなくてはならないのですが、これは単に従業員の労働時間を短縮すると言う単純な話ではありません。職人が働いた分の消費税を事業所が負担を増やすことになるインボイス制度もですが、新しい制度は政府の掲げる意図とは全く違う運用がなされることが少なからずあります。働き方改革法の実際を考えてみます。

テクノロジーの進化が及ばない職種の効率化

働き方改革法への適応を一般的に考えれば最新のテクノロジーを駆使してDXを推進するなど、業務の効率化、生産性を高めることによって残業時間を圧縮することがまず頭に浮かびます。なおかつ同じ量の業務内容をこなせられれば、事業所の収益性は高まるし、従業員もその分の収益を分配されれば所得は変わらず労働時間が短縮される。「働き方改革関連法」は皆が幸せになる素晴らしい取り組みになる可能性がある法案です。しかし、IT、もしくはICTのツールやクラウドを使い倒して効率化を図れるものと、それが出来ない業務があるのは誰もが知っているところ、建設業の現場周辺の管理業務等はクラウドの活用やモバイルデバイスを駆使して効率化することが出来ますが、人の手で作るモノづくりの本体はまだまだ3Dプリンターに置き換わることはありません。この部分の時間短縮はテクノロジーではなく、人の能力開発に頼るしかありません。そして、残念ながらノコギリを電動にするなどの単純な効率化は人を幸せにしません。

働き盛りが大挙して消える

この30年間で建設、建築事業を営んでいる事業所はすっかり業態の変容が進みました。近年では集客、プランニングと契約、販売を事業の中心にしている事業所が圧倒的多数を占めています。そのような事業所でのモノづくりの実務はというと、現場の施工管理を行うくらいが関の山で、それさえも外注の技術者に委託する事業所も珍しくありません。施工自体を全員外注の職人に業務委託するのがすっかりスタンダードになってしまっています。そして今、未曾有の職人不足が顕在化しており、現在職人として現場で活躍している職人達はあと10年も経たないうちに大半が引退してしまいます。そもそも、65歳を超えると足場に上っての作業を禁止している建設会社も多くなってきていますし、労働災害は中高年齢層の職人が圧倒的多数を占めます。現在、安全衛生法では明確に高所作業の年齢制限は規定されていませんが配慮義務が課せられており、法律を無視するわけにはいきません。
同法62条の規定は以下の通り。ちなみに、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」では、高年齢者の年齢は55歳以上、中高年齢者の年齢は45歳以上です。

事業者は、中高年齢者その他労働災害の防止上その就業に当って特に配慮を必要とする者については、これらの者の心身の条件に応じて適正な配置を行なうように努めなければならない

安全衛生法62条

働き方改革関連法のふつー過ぎる抜け道

働き方改革法を遵守しようとすれば、完全週休2日制になるか、隔週休2日制でほぼ残業なしの運用になります。建設業は特定業種に指定されていた名残で年間6ヶ月について45時間/月の制限が緩和されることになっていますが、それでも1年間の時間外労働は720時間、月にすると60時間が6ヶ月のみとなり、現状の一般的な職人の働き方、日曜日、祭日が休み、朝8時〜夜6時まで現場作業、その後に翌日の段取りを計算すると全く話になりません。適法にするには完全週休2日にすれば簡単ですが、単純に現場を止めると、職人の給与は1/6減りますし、工期も1.5割長くかかるようになります。
工事を完了して売り上げを計上する建築会社にとって後期の延長はそのまま月間、もしくは年間の売上減少となりますので、なんとしても回避したいところです。しかし、圧倒的な職人不足に陥ってしまった今、人を増やして工期を短縮することはできません。この解決策は結局、職人を雇用せずに業務委託扱いで働いてもらうことになります。

インボイスに続く逆効果の悪法

社員以外の雇用体系、業務委託や請負人については労働法は関係ありません。詰まるところ、職人の外注化が進むことになるのは明白で、建築業界の現場では働き方改革の法律は全く意味をなさなくなります。
そして、問題はここからです。元請け会社が職人を正規雇用しないのがスタンダードになった結果、職人が激減し続けました。それは、分業されて日当程度の所得しか得られず、社会保障も自分で費用を出さなければならない職人に、仕事を教えながら若者を育てる余裕はないからで、職人を育てる機関が消滅して職人はいなくなりました。その反省を踏まえて、漸く建築事業所が職人を正規雇用して、育成しなければならないと気づき、前向きに取り組む会社がポツポツと出てくるようになりました。しかし、今回の「働き方改革関連法」は、職人の雇用、育成に対するハードルをさらに高くすることになってしまします。インボイス制度と同じで、現場を知らない人が集まって、本来解決すべき課題を履き違えて表面的な対処を法律にしたとしか思えません。

悲観を乗り越えた先のあるべき世界

職人育成の高校の運営を全国に広げる一般社団法人マイスター育成協会としては、非常に厳しい環境になるのを覚悟しなければならないと認識しておりますが、同時に、本質的な育成に取り組むためのきっかけでもあると思っています。マイスター高等学院の参画事業所ではキャリアパスの制度を整備していただいております。これは単なる作業員ではなく、職人を知的労働者として会社全体のマネージメント層にまでキャリアを積めるように育成するシステムです。他業種と比しても引けを取らない働き方を実現し、多くの若者が職人に憧れる世の中にするには、避けては通れない道だと思いますし、全ての職人が15年ほどの職歴を重ねたらマイスターと呼ばれる建築の専門家として裁量労働制に移行できる、そんなキャリアプランの運用を日本の建築業界のスタンダードにしたいと考えています。険しい茨の道ではありますが、日本の職人は誇り高く、生きがいを持てる職業だと世に知らしめる活動を続けてまいります。

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