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VUCAの時代の予防と布石

選択と集中という言葉が流行り出したのは1990年代後半で、約20年間にわたり、ゼネラル・エレクトリック社(GE)のCEOを務めた著名経営者ジャック・ウェルチが上梓した書籍がベストセラーになってからのこと。日本では稲盛和夫氏が日本航空の再建を行なった際に使われて一般に広く認知されたように思います。JALの再建では大リストラが行われた事もあり、選択と集中は無駄な事業と人を省き、収益が上がるモデルだけに特化して筋肉質の事業所を作るといった文脈で使われることが多いように思います。しかし、ジャック・ウェルチは事業を絞り込むことに対してその言葉を使っていたわけではなく、著書の中で「GEの全ての事業は、将来的にその分野における業界ナンバーワンか、ナンバーツーになりうる事業だけにする必要がある」という考え方を示しただけで、削ぎ落とす、整理するのとは少し違う文脈でした。VUCAと言われる不安定で先行き不透明、複雑曖昧な今の時代には無駄を削ぎ落として一点集中型の経営方針は非常にリスクが大きいように感じていて、間違った意味での選択と集中に走るのはとてもヤバいと感じてなりません。

選択と集中よりもパルテノン戦略

採算性の低い、マネタイズが難しい、キャッシュポイントが遅い事業は早々と損切りして採算の取れる事業にリソースを集中したいと誰しもが思うし、割り切ると悩むことがなくなり気持ちは楽になります。しかし、割り切りは魂を弱くすると言います。目先の短期的な採算性だけで判断すると芯の部分にブレが生じて長期的に見れば事業全体に亀裂が入りかねないし、JALがそうだった様に切り捨てた事業も人は2度と戻すことが出来ません。そう考えると切り捨てる系の選択と集中は慎重に考えるべきだと思うのです。昭和時代の大量生産、大量消費、マス広告で市場を獲得できた時代はとうに終わりを告げて、今は多様化が極まり、個人メディアを誰もが持てる時代になりました。情報革命はあらゆるものを一瞬にして陳腐化させ、無価値化するようになりました。ひと昔前のマーケティング理論でパルテノン戦略と呼ばれる、多くの収益の柱を持つことで倒れにくい構造にすべきだとの理論がありましたが、何が起こるかわからない、何が起きてもおかしくない今の時代は選択と集中よりもパルテノン戦略の方が時代に即しているように感じてなりません。

構造は強度とバランス

実は、多くの柱を持つというのは事業の収益モデルだけのことではなく、事業所の構造自体にも底通すると思っています。一つの事業を行うにあたってもそれを支えるリソースを分厚くすること、もしくは集客のチャンネルを増やす等も事業を強くする意味では非常に有効です。事業を構造として考えたとき、基礎、土台、柱、梁、屋根とそれぞれのファクターを一つずつ点検して亀裂が入っていないか、老朽化(陳腐化)していないか、時代の変遷にあっているかをチェックしてメンテナンスすることも同時に必要です。
事業の基礎にあたるのはパーパス(志)であり一番上の屋根の部分は目的や理念の実現や存在意義の具現化だと私は考えています。大きな屋根を支えるには丈夫な基礎やしっかりした柱が必要で、倒れにくい安定した構造にするにはバランスも重要です。このように考えれば、選択と集中という言葉を偏った文脈で用いて直接収益に寄与しない部分を切り捨て、整理し尽くすのは非常に危険な思想だと思うのです。

リスクヘッジ不可能な世界

2022年にもなって今なお核武装した大国が隣国に武力侵攻を行っています。半年前には誰も今更世界を巻き込むような大きな戦争が起こるとは思いもしなかったでしょうし、外を歩くにもマスクをしなければ白い目で見られるような世の中になるとは夢にも思いませんでした。何が起こってもおかしくない、何が起こるか分からない今、まさにVUCAな時代に入ったと思います。
私達に降りかかってくるリスクは全く予想がつかない様になってしまいました。本来、事業とはリスクをヘッジしながら成長や発展を計画するものであり、リスクが分からないでは計画の立てようがなくなります。そして、リスクが顕在化してから対処に追われる様になるとあらゆる計画が狂ってしまい事業が成り立たなくなってしまいます。

リスクが見えない時代に行うべきは布石

あらゆる成果は状態に由来する原則から見ると状態を維持するのはリスクに対する予防です。想定されるあらゆるリスクを平素から洗い出し、叩き潰すのを習慣化する事で事業だけでなく健康や人間関係も良好な状態を持続継続することができます。VUCAなリスクが見えない世界はその予防が出来ない様になる事を意味していて、それはいつ状態を損ない、成果を手にする事が出来なくなるのか分からないとなります。そんな複雑怪奇で面倒な時代に行うべきは「布石」では無いかと思うのです。布石とは囲碁で一見、全く意味の無い所に石を置くことで無駄を削ぎ落とす思考とは真逆です。即効性のない目先の得にならない事、無駄に思える行動に出来るだけ時間を割き、繋がりを持ち続けることが布石となり、思わぬリスクに晒された時に役に立ち、助けられる事があるのでは無いかと思います。

世のため人の為こそ布石

緊急性の無い、一見無駄。直接利益に繋がらない事の代表は学びです。そして学びとは自分自身の為だけでなく、周りの人達や地域、世の中の課題に対して向き合う事でもあります。その様な活動を熱心にする事で得られる損得勘定だけに囚われない人間関係、仲間、組織は結局、最大のリスクヘッジをしてくれる布石になると思うのです。そんな観点から見れば、本業で社会課題の解決に取り組む事業は多くの人に支えれる足腰の強い構造になっていくのも納得されるのでは無いでしょうか、まさに情けは人の為ならずです。
選択と集中の言葉に逃げるのでは無く、意味のある布石を数多く打ち込みながら社会課題に向き合う事業に取り組む時代になったと思うのです。いよいよ本物の時代の到来です。

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建築業界の根本的課題解決を目指して活動しています。

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