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職人による職人のための職人のコミュニティー・デザイン論

現在、大阪で若手職人の研鑽の場として現場を提供いただいて、空きビルのリノベーション工事を行っています。空きビルを活用し、街を活性化させる、そして面白く、安心出来るコミュニティーを形成する目的のシェアハウスの工事です。事業者の方のまちづくりに対する「良き意図」と私たちの若手の職人を育成して持続可能なインフラを整えるとの想いが重なって実現したプロジェクトで、事業者の方や学生さんも交えてDIYも行いながら工事を進めています。
この工事のクライアントであるカモンアップさんは全国に数多くのシェアハウスを運営されており、各地にシェハウスの管理・運営を行うコミュニティーマネージャーを置かれています。その方々のmtgで話してくれないか?とのオファーを頂き、私たちが取り組んできたコミュニティー・デザインについて話させて頂きました。珍しい切り口で自論をまとめたので、ここにもきておくことにします。

コミュニティーを創るのが全て

極論を言えば、私は創業してから25年に渡ってずっとコミュニティーの形成に取り組んできた。それが私の活動の全てだと言っても過言ではありません。それくらい、事業とは人と人との繋がりと、その集合体を形成することが重要であり、それが全てだと言っても過言ではありません。
私は大工として起業しました。なので一般的に考えれば、注力すべきはモノづくりであり、その精度やスピード、コストに対して磨き上げるべきだと思われると思います。確かに、起業してからの数年間は現場に足を運び、細かなエラーを見つけては修正を繰り返す、一切の不具合やクレームをなくし、胸をはれる完璧なモノづくりを目指していました。しかし、それだけを熱心にやっていても未来が見えないことに気づいたのです。

過ぎた楽観主義に責任なし

実は、未来を見たい、将来への不安を払拭したいとの想いを私は若い時からずっと願望として持っていました。17歳で高校を中退し、自由を手にしたいとなんの計画もないまま社会に飛び出してから勝手気ままに生きていましたが、実際は自由どころかまともな職に就くことも出来ず、根無草のような暮らしを続けていました。楽観主義が極まった結果ですが、ずっと先のことを考えない、考えたくない人間になんの責任も持てないことに気づきました。
あまりの困窮をなんとかしようと、バケモノしか続かないと言われていた地獄の佐川急便の夜勤バイトに潜り込んで、その後セールスドラアイバーになったことで不自由なく暮らせる稼ぎを手に入れましたが、周りを見渡すと先輩たちは次々に体を壊して退職していました。身体をすり減らして働いても未来はないのに気づきました。

一人親方の不自由

未来を見たい、その想いが募って25歳の時に思い切って、年収1000万円ほどあった佐川急便をやめて、日当7000円の大工の見習いに転身しました。収入は4分の1程度になりましたが、それでも手に職をつけることで明るい未来が見えると思ったのです。その後、5年ほど下積みをしてから下請けの大工として独立しました。一人親方になったことで、ある程度の自由が手に入ったと思いました。しかし、実際は元請けに金額を決められるし、工期も言われた期間に収めなければならない。経験の浅い駆け出しの大工だった私は、自由に休めるどころか、毎日夜中遅くまで残業しなければ人並みのスピードで現場を進めることが出来ませんでした。それでも必死になって働きましたが、それなりにハードな仕事で、やっぱり、怪我や病気になったら万事休すの人生なのだと改めて実感することになりました。

相互扶助が絶望を消し去る

学歴社会からはみ出してしまったら、身体をすり減らして働くしか選択肢がないのか?未来に不安を抱えずに生きることは許されないのか?そんな風に考えて、誰に対してというのではなく、今の日本の社会に対して強い憤りを持ちました。怒っていたし、その怒りは実は形や対象を変えながら今も続いています。そんな私が未来に対して希望を持てたのは一緒に働いてくれる仲間の存在です。立場やキャリアに応じて役割分担をして、お互いを助け合う共同体(コミュニティー=会社)を作れば、突然のトラブルやハプニングがあっても、切り抜けることが出来るし、未来を見れるようになるのではないかと思ったのです。そして、3人の大工が集まって法人を立ち上げ、その後、若衆が集まってきて、女性の事務員さんや設計士が入社してくれるようになり、組織として機能するようになりました。少しは安心して、暮らせるようになって当時、すごく嬉しかったのを覚えています。

マーケティングとはコミュニティー・デザイン

次の課題は、不安定な売り上げを安定させて、将来の展望を見れるようにすることでした。当時は、声をかけてもらった現場をこなすだけで、計画的に売り上げを作るなんて考えもしていなかったのですが、これではいつ会社が立ち行かなくなるかわからないことに気づきました。大工上がりで経営の勉強など全くしてこなかった自分を呪いました。次は、未来の売り上げを作れるようにと経営の勉強を行うようになります。紆余曲折あった後、私が結論として見出したのは、未来の売り上げを作るには、常に顧客から声がかかる状態を整えなければならないとの当たり前の原則です。しかも、建築は消費財ではないので、毎月買ってもらう訳ではなく、それなりに顧客の数が必要だということにも気付かされます。気が遠くなるようなことでしたが、とにかく目の前の顧客に納得、満足してもらい、必ずまた声をかけて貰えるようにと社員と共に顧客との信頼関係を構築して、繋がり続ける仕組みを実践しました。結局、ここでもコミュニティー作りが未来を作ってくれるのだと気付かされます。


在り方から始めよう

2020年には時代の大きな転換期を迎えるにあたって、地域との関係性を持って積極的にもっと親密に、もっと固い絆で繋がったコミュニティーにすべく、地域コミュニティー事業部「つない堂」を立ち上げました。地域の専門家の方を紹介したり、地域の事業者と毎月一緒にイベントをしたりと積極的な活動を行ってくれており、今年の4月からは地域に経済格差が教育格差にならないように、貧困のスパイラルが生まれないようにと、中学生向けの無料学習塾を開講しました。昨年、開校した職人育成の高校、マイスター高等学院 神戸校もいわば、つない堂事業の一環でもあります。とにかく、未来を創るのは、コミュニティーを形成するしかない。というのが私の結論であり、それに絶対に必要なのが信頼で、信頼とは「誠実さ、意図、力量、結果」の4つのファクターの組み合わせ。まずは信頼に値する人としての在り方を実践するしかない。この一点をスタッフにもこの25年間、繰り返し伝え続けています。

進化論でのエビデンス

ちなみに、私の創業の志は「職人の地位向上を果たす」でした。地位向上とは即ち、将来への不安を払拭して、安心して生きがいを持って働ける環境を整えることに他なりません。その答えがコミュニティー・デザインであり、信頼される人として、共感される在り方を見つめて、実践することだったのです。
先行き不透明で不安定、複雑で曖昧な今の時代、未来に確かなものなど何一つありません。これまでも予想だにしていなかったことが何度も起こり、当たり前の日常が一瞬にして崩れ去ったことが何度もあります。それでも、時代を乗り越えて無くならないのが人と人との繋がりであり、共感で繋がった共同体を構築することで、時代の荒波を乗り越えられると考えています。
ちなみに、適者生存の法則で、「変化に対応したものだけが生き残る」との有名な言葉がありますが、その対応の答えをダーウィンは共感で繋がる共同体を創ることだと進化論に書いています。
以上は職人が職人のために、職人のコミュニティー・デザインの根幹の部分をまとめましたが、これってあらゆる業種に当てはまると思います。
さあ、未来を切り開くコミュニケーションやろうぜ!

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実務者むけにコミュニティー・デザインとそれ担うイントラプレナーシップの研修を行っています。ちなみに、経営者は無料オブザーバー参加が可能です。お申し込みはこちらから。



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