肉食をめぐる現在地
私たちの食卓に日常的な存在となった肉。
しかし、昔から日常的だったわけではありません(日本の場合)。
また、肉食は今、大きな転換点を迎えています。
環境問題、倫理的な課題、そして新しい食品技術の台頭。
これらが交錯する中で、肉食はどこに向かうのか…。
肉食という「新しい」文化
日本人と肉食の関係は、じつは長くありません。
というのは、日本の歴史上、肉食は基本的にタブーとされていたからです。
奈良時代よりも前、飛鳥時代に、肉食禁止令が出て、それが1200年続きました。
それが1872年1月26日を機に解禁となりました。
その日、明治天皇が公式に牛肉を口にしました。
日本が近代国家として欧米諸国と対等に渡り合うため、また日本人の体格や体力を向上させるために、肉食が解禁となった。
したがって、1月26日は「肉食記念日」といえるかもしれません。
それから約150年。
現代の日本人の食生活において、肉は完全に市民権を得たように思われます。
しかし、この「新しい」食文化は、いま大きな岐路に立たされています。
その背景には、地球環境への影響という避けられない課題があります。
畜産業が世界の温室効果ガス排出量に占める割合は、計測方法によりますが、10%から20%とされています。
この数字は、私たちの食生活が気候変動に及ぼす影響の大きさを如実に示しています。
「肉なし」の取り組み―過去と現在
1872年1月26日を機に日本でも肉食が解禁になった、と述べましたが、実はそのあと、再び「肉なし」に戻った過去があります。
それは、1941年5月8日、戦時中の食糧難を理由に始まった「肉なし日」です。
毎月8日と28日には、精肉店や飲食店での肉の提供が禁止されました。
この強制的な「肉なし」は、終戦まで続きました。
その後、戦後の復興のなかで、肉食も復活。
以前にも増して普及しました。
近年の日本人の肉食の量はこんな感じだそうです。
牛肉:7kg
豚肉:16kg
鶏肉:23kg
(1人あたりの年間消費量です)
そんな中、環境保護や健康増進を目的とした自発的な「肉なし」の取り組みが世界各地で広がっています。
たとえば、
イギリスのポール・マッカートニー氏が先導する「ミートフリーマンデー」は、毎週月曜日に肉を食べないという運動です。
ブータンでは年に2回、旧暦に従って「肉無し月」が設けられています。
「肉のパラドックス」という心の葛藤
人間と肉食の関係を考える上で避けて通れないのが、「肉のパラドックス」という現象です。
これは、動物が日々屠殺されている事実を知っていながら、屠殺の場面を見ようとせず、離れたところで肉食を楽しむという、人間特有の矛盾した心理を指します。
この心理的矛盾は、特に子どもたちの食育において顕著に表れます。
大人ですら屠殺の現場を見ないのですから、子どもたちが見る機会はほとんどありません。
その結果、アメリカでの調査によると、
だそうです。
代替肉の現状と課題
このような背景のもと、近年急速に注目を集めているのが代替肉です。
植物由来の製品から、最新の培養肉まで、その形態は多様化しています。
スーパーマーケットやファストフード店で見かけることも増えました。
この新しい市場にも課題は存在します。
ある報告によると、2021年から2023年の間に、アメリカでの代替肉の販売量は減少しています。
主な理由は「味」と「価格」。
消費者が求める水準に、まだ到達できていないというのが現状です。
2023年には、培養肉が米国で販売許可を取得するという画期的な出来事がありました。
しかし、現時点では高級レストランでの限定販売に留まっており、一般消費者が日常的に手にする段階には至っていません。
これからの肉食を考える
こんな試算があります。
この数字は、先進国における肉食の規模を象徴的に示しています。
ここではノルウェーの例を挙げましたが、1人あたりの肉の年間消費量が1位なのはノルウェーではありません。
肉の消費量は、ルクセンブルク、アメリカ、オーストラリアなどでもっとも高く、インド、バングラデシュなどでもっとも低い傾向にあります。
世界的な人口増加と生活水準の向上に伴い、肉の消費量は今後も増加すると予測されています。
この流れの中で、私たちは肉食のあり方を根本的に見直す必要に迫られています。
しかし、この課題の解決は容易ではありません。
なぜなら、食は単なる栄養摂取の手段ではなく、文化や社会生活と密接に結びついているからです。
求められているのは、技術革新、政策的支援、そして私たち一人一人の意識改革が組み合わさった、総合的なアプローチです。
肉食の歴史は、人類の食文化の進化を映す鏡であり、その現在地は、私たちが直面する様々な課題の縮図とも言えます。
これからの肉食のあり方を考えることは、すなわち、持続可能な食の未来を描くことにつながっています。