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アメリカの自然食品店で「ママ、また明日」と叫んではいけない理由

バラク・オバマ氏が大統領だったころのアメリカは、食育天国でした。
詳しくはこちらの記事をごらんください。

そのころの、シアトルでの出来事です。

とある自然食品店をうろうろしてたら、日系人とおぼしい初老の女性に日本語で声をかけられました。
「あなた、日本から来た日本のかたね?」
「そうですが」
「ああやっぱり」女性は言いました。「ああやっぱり日本人。その心を閉ざしたような歩き方。母音の発音が下手そうな口元。屈託だらけのあごの形。日本人ねえ」
「そうですか」僕はムッとして言いました。「ところで何か御用ですか」
「何でもないのよ。あなたが息子に少し似てらっしゃるから…つい見とれちゃったのねえ」
「そうですか」僕は冷たく言いました。「ではごきげんよう」

惣菜売場でまたこの女性と会いました。
「ここの惣菜、おいしいのよねえ」女性は言いました。「コーシャー・フードはお好き?」
機嫌が直っていたので、僕はふつうに返事をしました。「わりと食べますね」

コーシャー・フードというのは、ユダヤ教の戒律にもとづいて作られている食品のことです。
いっときブームになり、ユダヤ教徒であるなしに関わらず、売れてました。

惣菜売場にも、コーシャー・フードのコーナーがありました。
僕はその前に立っていたのです。

「あなた、お名前は?」
「マツミヤといいます」
「ホントにあなた、ゲイリーに似てる」
「あなたは日本人ですか?」
「ええ。コウノといいます。愛媛の宇和島というところの生まれですけど、20歳のときにこっちに来て、こっちで日系2世のローレンと結婚しましたのよ。でもホント、あなたゲイリーに似てる」
「ゲイリーって、息子さんの名前ですか」
「ええ。ゲイリーは5年前にイラクで亡くなりました」
「そうでしたか。お気の毒に…」
気の毒ではありますが、それ以上話すこともなくなったので、女性と僕は互いに会釈をし、それぞれの買い物をつづけました。

レジのところでこの女性と再び出会いました。
僕の前に、並んでいたのです。
女性は、ハンカチで目を拭いていました。
「あの」無視するわけにもいかず、僕は話しかけました。「元気出してください」
「あなたを見てるとゲイリーのことを思い出して」と、女性は言いました。「お願いがあるんだけど、聞いてくれるかしら」
「なんでしょう」
「わたしが出ていくときに、『ママ、また明日』、って叫んで手を振ってほしいのよ。ゲイリーがよくやってくれたから」

しばらくして、買い物袋を抱えた女性は、僕に微笑みかけました。
「ママ、また明日!」
と、僕は大声で言って手を振りました。
女性はうれしそうに、店を去って行きました。

僕が買ったのは惣菜2種類とミネラルウォーターだけでした。
しかしレジ係は言いました。「129ドル(最近の為替レートだと、1万5千円以上)です」
「えっ? たったこれだけで129ドル? なにかの間違いでしょ」
「間違いではありません」レジ係がおごそかに言いました。「先ほど、あなたのお母さんが、あなたが全部払うからと言ってましたよ」
「ぎゃふん!」

~おわり~


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