レシピの向こうの、大海原
日常的に料理をはじめる前から、レシピ本が好きだった。記憶にある、一番早いレシピ(文字で説明された作り方)との出会いは、10才頃、学級文庫の本の中にあった「上等な目玉焼きの作り方」。本のタイトルも全体のテーマも忘れてしまったのだけど、黄身の上にうっすらと白身が膜を張って、ピンクに見えるものを、「上等」と定めたそのレシピに興味を持ち、暗記して自宅で試したところ、見事「上等な目玉焼き」が完成したことに感動した。
結婚するまで実家暮らしで、料理担当である祖母も母も料理が好きだったため、真面目に学ぶチャンスもなく大人になってしまったのだが、その間も、レシピ本を読むことがとにかく好きだった。頭の中でプロセスを再現し、味をイメージし、しまいにはよだれまで垂らしそうになりながら、知らず知らず、様々なパターンを覚えてきたような気がする。文字だけで味を想像できるのは、一つの才能だと言われたけれど、そうなのかな。とにかく、文字で読むレシピを、イメージをパンパンに膨らませながら、全身で咀嚼してきた。
レシピからは、いろいろな情報が伝わってくる。味付けや火入れのパターン。和食、イタリアン、中華、それぞれによく見られる典型的な手順。小さなコツや素材の組み合わせのアイデア。その情報にアクセスすることで、縦にも横にも、そしてはるか遠くへも、世界が広がっていく。
例えば夕食の献立のバリエーションが欲しくて、家庭料理研究家やクックパッドのレシピを辿るのが横方向への広がりだとしたら、より美味しくするための緻密なコツや、再現性を高めるための科学的裏付けを学ぶのは、縦方向への深い広がり。そして、知らない世界の知らない料理を知るのは、遠くへ連なる広がり。
馴染みの薄い外国料理のレシピを読みながら、その基本的な成り立ちを読み取ってみる。掴みにくければ、同じ名前の料理のレシピを並べてみるといい。何がその料理をその料理たらしめているのか、その骨格を掴めるはず。
言葉ができるともっといい。同じ煮炊きを示すにも、日本語とは異なるニュアンスを含む表現が使われている。それがその地の料理の性質や価値観を伝えてくれる。
現地の生活にまつわる様々な事情を想像してみる。旅行経験があったりして、料理以外の情報を既に持っていると、それらのイメージが突然立体的な像を結んだりする。忙しい日常生活の中の、生きるための料理には、その土地の知恵や工夫、人々の気質までもが包み込まれている。よく使われる食材の背景には、地理、気候、宗教や文化、あるいは、その国の政策なんかも絡んでいるのかもしれない。
見知らぬ土地に暮らす人たちが作り、食べているものは、私たちと全然違うようで、実は何も変わらないということ。人は、生きるために、作って食べる。美味しいと嬉しいし、馴染みの味だと安心する。
単なる食いしん坊の趣味とはいえ、私にとって、レシピというのは、その向こうに広がる大海原に繋がる小さな湾、そして漕ぎ出す舟のようなものなのだなあと思う。
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