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親の介護と自分のケアの記録 その14

親に由来すると思われる生きづらさを抱え(いわゆる宗教2世当事者という側面もあります)、2021年3月からカウンセリングに通い始めました。
これから介護などの必要が生じて親と向き合わなければならなくなる前に自分の問題を棚卸ししたい。
そうカウンセラーに伝えた矢先、母が脳梗塞で入院することに。
自分を支えるために、その経過を記録しています。

3月上旬。
Kの教祖が急逝してから初めての実家訪問。

母の様子は、一見普通だった。
1時間程度はその話題をこちらから切り出すことはせず、
穏やかな感じで話したり、いつもの手伝いをしたり。

訪問リハビリの人が来る時刻の直前になって、
一応今どんな心境なのか確認しとこうと思い、
「亡くなったみたいだね…?」と言ってみた。

母、「でも、よみがえると信じているから。
今、よみがえるためのお祈りを全世界でやっているの。
これでよみがえったら、今度こそ世間の人が気づくと思うの」
とのこと。

ああ、そうですか…と思い、
「そっか…。じゃあ、この話題もうやめとこう」
と早々に切り上げた。
そういう感じでくるかなあという予想はあって、
多少覚悟はしていたけれど、実際にそう返されると、
やっぱりちょっと暗澹たる気持ちになる。
「これ以上何も言うつもりはないけどさ、
私としては、金を巻き上げられてんなと思ってるわけよ。
生活費がなくなった、みたいなことにならないように、
それだけはほんとに気をつけてね」
と付け加えた。
母がちょっと戦闘モードみたいになったので、
そこで本当に会話を打ち切り、母の部屋を出た。

少しして、訪問リハビリの人が定刻に来た。
最近担当者が替わったばかりで、かなり若い男性。
母の部屋に入って早々、世間話みたいに軽く
「なんか亡くなったみたいですね」と言っているのが聞こえて、
「おー、直球で触れてきた!」とちょっと笑いそうになる。
無邪気なのか、好奇心に駆られてなのか、よくわからない。
まあ、金ぴかのゴサイダンがあり、枕元や床に何冊も
Kの教祖の本が置かれた母の部屋。
そういう状況で切り出さないのも不自然だと思ったのかもしれない。
母が、「いや、でもよみがえりますから」と朗々と話し始め、
リハビリの人がちょっと引きながら返しているのが聞こえ、
これはちょっと介入したほうがいいかなと思い、
ヘラヘラと割って入る。
なんとなく話題が変わったのを見届けて、
またリビングのほうに戻った。
疲れる…

父にも「死んだね?」と振ってみるが、
無視された。
父は、最近変な声を出していることが多く、
ちょっと心配になるが、
父なりのストレス解消法なのかな、とも思う。

その日の帰り、少し疲れを感じていたので、
夫にざっくり顛末を伝え、子どものお迎えを任せて
息抜きすることに。

近所の映画館でやっていた『銀平町シネマブルース』を鑑賞。
監督・城定秀夫、脚本・いまおかしんじ、というナイスな組み合わせ。
吹越満と宇野祥平がいい。
ウェルメイドな感じがちょうどよく、心地よく観られた。
川島雄三の『わが町』を再見したくなる。

その後、行ってみたかった中華屋へ。
ガラガラの店内で、ひとりでビールと中華。
佐野洋子の『シズコさん』をパラパラめくったり、
久々にいまおかしんじのブログを読んだりした。
いまおかしんじのブログは、たまに思い出したように読む。
その日行った喫茶店と食べたものの記録ばかりだけど、
読むといつも少し励まされる。
ずっと映画のことを考えている様子に、心打たれるのだと思う。
隣の席に座っていたおじさんが、食べながら真剣に文庫本を読んでいて、
そのさまもよかった。
いい時間を過ごせて、少し元気が出る。


3月中旬。
母の通院日。
朝、実家に行き、母の靴を履き替えさせた。
右足は装具をつけているので、靴が少し入りにくい。
靴のメーカーのHPに履かせ方動画を見つけて以来、
動画のとおりにやってみたらかなりスムーズに
履かせられるようになった。
が、この日は足にむくみがあったのか、少し苦戦した。
母の前に座り込んで靴を何度も右足に差し込んでいたら、
「あなたの白髪を見ると、私のせいで苦労させてると思うわね」
と言われた。
私は42歳で、それなりに白髪がある。
ここ数年はずっとベリーショートにしていて、白髪染めはしていない。
私の白髪の量が年相応なのか、多いほうなのかはよくわからない。
「ああ、そうかもね」と返した。
母は、介護で苦労させている、という意味で言ったのだと思う。
それはそうだけど、もっと前からKのことでずっと苦しめられている、
と思い、少し心にモヤがかかった。

いつも病院付近の駐車場探しに一苦労するので、
今回は病院から少し離れたスーパーの駐車場に停め、
そこから車椅子を押して病院へ。
とてもスムーズ。
次回以降も、晴れていればこのやり方でいこうと思った。

通院が終わり、実家の最寄り駅近くのスーパーの駐車場に停め、
そこから車椅子を押して実家へ戻る。
今日はスムーズに終わってよかった、とほっとしていた。

長い坂道を上り終えたころ、母からKの信者の人の話題を振られた。
私からはKの話題には極力触れまいと思っていたのに、
なりゆきでつい「信者の皆さん、落ち込んでんじゃないの?」
みたいなことを聞いてしまう。
母は「みんな平気よ。肉体はなくなっても先生(教祖)の魂は不滅なのだから」
みたいなことを言う。

つーか、よみがえるとか言ってたのはどうなったんだよ、
信じてた教祖が死んだんだから、魂がうんぬんはともかくとして、
いったん嘆き悲しむ段階があるのが自然なんじゃないの?
とだんだん怒りの感情がわき上がってくる。
朝、私の白髪を見ての「苦労をかけている」という母親の
言葉が引っ掛かっていたこともあったと思う。

そのとき、車椅子をバックにして、ゆっくりと坂道を下っていたのだが、
何か耐えきれないような感覚が起こり、車椅子のブレーキをかけ、
Kがいかにおかしいか、
教祖の家族はひどい離散状態みたいだけど、そういうのはどう思ってるわけ?
みたいなことを母にまくしたてた。
母は、そんなことは問題ではない、みたいなことを言った。
母は、どんなにお粗末な事態になろうとも「今こそ私の信仰心が試されている!」とか思っちゃって一層信心を深めるタイプのようだ。
本当に最後までKにしがみつくのかもしれない。
教祖が死んで動揺しているだろうから、しばらくの間は見守る、
という姿勢でいくつもりだったが、私の中で情けなさや呆れのようなものが
ないまぜになり、怒りを抑えきれなくなった。
私がKをののしり、
母は「あなたはなぜ変わってしまったの?
私はその理由を聞いていない」と言う。
私は、「私はずっと言い続けたつもりだけど、
あなたが聞く耳を持たなかっただけだ。
私は苦しいとずっと言い続けてきたが、あなたはそれを聞かなかった。
私がずっと苦しんできたことは知っていてほしい」
と言った。
私は怒りの感情に飲み込まれていた。
かなりの大声を上げていたと思う。

この問答は消耗するだけなので、もう避けようと思っていた。
でも、Kの教祖が死に、Kのお粗末ぶりがますます露呈したら、
いいかげんに目を覚ましてほしいという気持ちを諦めきれなくなっていた。

その後、懸命に呼吸を整え、車椅子を押して実家まで戻った。
まだ怒りがあった。
介助者としてあってはならないけれど、
どうしても動作が荒々しくなってしまう。
玄関のドアを閉めたとき、
「もう見捨てたい…」
と言ってしまった。
母は黙っていた。
母の靴を履き替えさせ、事前に頼まれていた雑事を
済ませ、早々に実家を出た。

実家を出て、歩きながらしばらく泣いていた。
「うわああああー」と声を上げて泣きたいような心境だった。


3月下旬。
子どもの保育園の卒園式の翌日から、熊本に旅行。
熊本市現代美術館でやっている坂口恭平の個展「坂口恭平日記」がメインの目的。
1年以上前にその開催予定を知り、以来行こうと決めていた。

会場には、小さなパステル画がずらりと並んでいる。
濃い光と影を感じる。
眺めていると、呼吸が深く、楽になる感じがある。
とても居心地のいい展示空間。
子どもが「これ写真? これは写真?」と聞いてきて、
そのたびに「絵だよ。これも絵だよ」と答える。
他の子どもも、親に「これ写真? これ写真?」と聞いていた。

坂口恭平の絵を眺めていて、ふと長新太を連想した。
「あらゆる物語は書き尽くされた」みたいに言われることがあるけれど、
長新太の絵本や『なんじゃもんじゃ博士』という漫画を眺めていると、
「そんなことはない。物語はいくらだって生まれる」と思えた。
そのときに感じたふわっと世界が広がるような感覚が、
坂口恭平の絵を見ているときにもあった。

長新太の『つきよ』という絵本がとても好きだ。
森に住むこだぬきが、湖で遊ぶ月の様子をじっとひとりで見つめている。
なんとなくそのこだぬきと坂口恭平が重なる。

ミュージアムショップで、画集『water』と、『よみぐすり』を購入。
いい買い物をした。
パステル画の絵葉書があったら欲しいなと思っていたけれど、
作っていないようだった。
でも、1枚を選んで絵葉書にするというのではなく、
ある程度の群として眺めるものなのかも、と思った。

旅行中も、なんとなく親のことをずっと考えてしまっていて、
終始ボーッとしていた。


3月下旬。
2カ月ぶりのカウンセリング。
Kの教祖が死んでからの親の様子や自分の心境をいろいろ話す。
教祖が死んで、自分の中にあったKの呪縛が解けて楽になった感じがあるが、また別の苦しさもある。
これからKがどうなって、親の様子がどうなっていくか。
とりあえず半年くらいは見守っていきたい、と話して終わった。


『信仰から解放されない子どもたち』(横道誠 編・著)を読み始めている。「2世」の方々の体験談は、どれも胸に迫るものがあった。
以下、印象に残った箇所を抜き書き。

宗教2世の問題は、カルト集団と信者親子の単線的関係で説明するべきではなく、親は教団との関係では被害者だが、子との関係では加害者という両面性があることを理解しなければならない。(横道誠・P21)
いま、母親は昔のことを水に流してほしいと思っている。だが母は信仰を捨てる気はいっさいない。どうすればいいのだろうか。水に流す? しかし私にとって過去のことは現在のことだ。母親がいま、私との関係で永遠に続く責め苦のようなものを感じているのなら、私のかつての、そして現在の地獄体験と母親のその責め苦は深い絆で結ばれている。私が母親を許すことはないとしても、私たちはたしかに唯一無二の仕方で結ばれているのだ。
(横道誠・P35)
離婚してから数年で、両親は相次いで病気になり、亡くなりました。遺言によって、お通夜、葬式、納骨、すべて統一教会方式でやらなければいけませんでした。統一教会にお願いしなければいけなかっただけでなく、納骨したから管理費を毎年払ったりとか、墓参りをするときに統一教会に頼まないと敷地に入れないんです。そういうところで延々と統一教会との関係が続いてしまうというのは、非常に胸が苦しいです。(ぷるも・P60)
オウムに帰依はしなくなりましたが、マインドコントロールが完全に解けたとは思いません。たとえば近々手術をするんですけれども、手術をするということは体を傷つけますので、体のエネルギーの流れが変わって、成就をする道、魂を傷つけると、そういうふうに習ってきました。ですので、「手術をどうですか」とお医者さんから勧められて、「はい」と言えませんでした。もちろん手術というのは大変なことなので、「考えさせてください」とい思いもあったのですが、私が最初に頭に浮かんだのはオウムの教義なんです。
 それが2年前です。抜けてからちょうど20年経ってもそうなんです。手術に対するその心境を克服するのに、それから2年かかりました。教義が条件反射のように私のなかに残っています。命に関わるようなこととか、病気とかそういうときに、やはりまだ出てきてしまう。悪いことをしているような、ほんとうにこれでいいのか、地獄に落ちるんじゃないだろうかと気分が悪くなります。ほんとうに尊師の言っていた世界があるんじゃないかという思いと、いまも闘っています。知らないうちにオウムの歌を口ずさんでいたりとか、そういうことがいまだにあります。(まひろ・P80-81)
私の中にも、いまだに罰があたるという考えは残ってしまっているんですね。アダルトチルドレン、つまり親子関係がうまくいっていない機能不全家庭で育った人の周囲では、親から逃げろという原則が流通していますが、宗教が関わっていると親から逃げるのも大変だし、親や教団との関係を切って、家族としての交流は続けることもできない。親と自分という一対一の関係だけではなくて、背後に教団があるから何百万人対一ということになる。自分の心のうちにも罪とか罰とかの考えを取り込んでしまっているから、自分の人生を立てなおすのに、ものすごい余計な力を使わなくてはいけない。宗教2世は大変なことだらけです。(菊地真理子・P127)
でも中高生ぐらいのとき、「学会ってやばいんでしょ」といった話を誰かがしているのを聞いたことはあって、それもあって人に言わなかったんだと思います。あとは20歳前後かに、友だちがワーっと集まったときに、創価学会の悪口を誰かが言い出すんですよ。そのときに「あっ」と口をつぐんで、「いないよね、この中にいないよね」という確認をとる友だちを見たときに、そんなやばいところに私はいたんだ、というショックはありましたね。陰でこんな言われ方をしているようなところに、自分も母も所属していたのかと。(菊地真理子・P132-133)
でもマンガ家になってから、いつか母のことを描きたいとは思っていました。あまりにも傷がなまなましいし、自分の技量的に描けないかもと思って保留にしつづけて。そのうちに父のことを描くようになって、ついでに母も宗教やっていましたという描写を、ちらっと入れたんです。そうしたら、その直後、夜寝ていたら突然、それまでは母のことをずっと可哀そう可哀そうと思ってきたんだけど、急に「子どもの前で家の中で死ぬな!」と、すごい怒りが湧いてきました。「そんな死ぬにしても子どもが第一発見者になるようなところで死ぬな!」と。そこから母のことも「可哀そうな人」じゃなくて、冷静にどんな人だったのか見つめなおしてみたいと考えはじめて、そうしたらやっぱり宗教の問題は避けられません。そこから、宗教2世に関するマンガをぼんやりと考えるようになりました。(菊地真理子・P136)

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