オフィーリア回想
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オフィーリア回想

Shoko Nishida

noteの第一弾ヘッダー画像は、ラファエル前派の画家、ジョン・エヴァレット・ミレイ《オフィーリア》。この作品は、私の人生を左右した作品の一つである。


実家には、昔から、写真が多用された子どもや若者向けの百科事典が何冊か置いてあった。その中の一冊として、ある日、両親が買ってきたのが『西洋美術館』であり、その中に《オフィーリア》は載っていた。

歌っているのか、既に息絶えているのか。
口を半開きにして、摘み取られた草花とともに、力なく小川に浮かぶ女。
どこか荒んだ空気を漂わせる、水辺に鬱蒼と茂る植物。

初めて目にしたその瞬間のことは覚えていないが、当時中学生だった私は、強迫的なまでに精緻に描かれたその作品に衝撃を受け、この作品の載っているページだけ、何度となく開いて見入っていたように思う。そして私は、この作品の実物を見るために、修学旅行でイギリスに行ける高校への進学を決意したのだった。

進学したその高校は、地元では比較的成績の良い生徒が通う進学校。実技などの勉学以外の要素が絡む受験を回避させようとする雰囲気が漂っていた。そこから考えると、制作でなく美術史を学ぶ道を選んだ、その後の進路選択にまで、この作品の影響が及んだと言えなくもない。

そして、念願かなって作品と対面を果たした修学旅行で起こったことも、また忘れられない体験である。
チェルトナムでの数日間のホームステイを終え、ロンドンでのグループ別自由行動の日に、私は、この作品に出会う時間を得た。
ビッグベン、ロンドン塔、バッキンガム宮殿といった定番の観光地を巡る行程に、《オフィーリア》を所蔵するテートギャラリーをねじ込んだものの、最寄りの停留所でバスを降車し損ねるなど、小さなトラブルで時間は押し気味。美術館にいられたのは30分に満たない時間だった。入口で集合時間を確認して別れ、同じグループにいた友人の一人とともに、《オフィーリア》と出会いを果たした。しかしその出会いは本当に束の間で、半ば駆けるように《オフィーリア》とその同時代の作品を数点鑑賞したのち、後ろ髪をひかれながら集合場所に向かったところ、残りのメンバーが一向にやって来ない。どうしたのかと探し回って見つけた他のグループメンバーは、結局、作品を一枚も見ることなく、地下のカフェテリアでお茶をした後、帰り道がわからなくなって迷っていたらしい。
当時の私は、級友たちが「美術館に来ていたのに作品を見ようともしなかった」という事実に驚愕し、作品を見てもいないのに待ち合わせの時刻に遅れたことに言い知れぬ苛立ちを覚え、しかし同時に、作品を見ようとも思わないのによくぞ行程に入れてくれたものだと、ある意味感嘆した。(後になって、美術館に行くこともできなかった友人もいたと聞き、ちょっと感謝さえしたほどだった。)絵を描くのが好きな人間は、往々にしてクラスの中心になるような人間でないことは、当時から重々思い知ってはいたけれども、美術館に足を踏み入れていながら作品を見ないというのは、当時の私にとって、かなりショッキングな出来事だった。

「人はそうそう美術館で作品なんか見ない。」
そんな事実を突き付けられたこの体験は、《オフィーリア》が載ったページを無心に眺めた時間とともに、美術の世界の入り口にいた頃の私の原体験である。

アートの世界に携わる人々は、当時私が思っていたよりも遥かに多様なバックグラウンドを持っていて、その裾野は案外広いのだとわかったのはずいぶん後になってからで、初っ端から美術愛好家はマイノリティだと思い込んでしまった私にとって、直島や瀬戸内国際芸術祭の人気と、全国各地で巻き起こる芸術祭ブームは、実に不思議な現象に感じてしまう。たとえて言えば、「クラスのはみ出し者が、いつの間にか人気アイドルになっていて、何やらあちこち引っ張りまわされている」といった状況に見える。私の心境は、突然人気者になってしまった親友を、「お前、ほんとにそんなキャラだったっけ?無理してない?」と、はらはら見守っているような気持ちである。

アートに多くの人が関心を持っていること自体は喜ばしいことであるし、この人気がどのような状況から生まれ、社会はアートに何を望んでいるのか、その現状への関心は尽きない。

けれども、こうした探究心の一方で、はみ出し者やはぐれ者の心をひっそりと慰めてくれるようなアートのあり方も何とか守っていけないか、という、妙にセンチメンタルな気分も、私は未だに捨てることができないでいる。





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Shoko Nishida
キュレーター/アートマネージャー。2010~2018年ベネッセアートサイト直島において、アートプロジェクトの企画・マネジメントやコレクション作品の管理等に携わり、現在はフリーに活動。2019年~ノマドプロダクションに参画。2020年~アートマネージャー・ラボの活動を開始。