見出し画像

タウ粒子で「新しい物理現象」を探る【素粒子物理の最前線 #1】

標準理論を超える「新しい物理現象」の手がかりを求めて、日夜研究にいそしんでいる素粒子実験の研究者たち。
この連載では、素粒子物理学や、Belleベル IIツー 実験とよばれる素粒子実験について、高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所の宇野健太先生に解説していただきます。毎月更新予定です。

*    *    *

みなさん、こんにちは。高エネルギー加速器研究機構の宇野健太です。専門は素粒子物理学で、主に加速器を用いた研究をしています。
現在は、つくば市にある高エネルギー加速器研究機構でBelleベル IIツー 実験を行っていますが、学生の時はLHC-ATLASアトラス実験を行っていました。
ATLAS実験も加速器を用いた実験で、フランス・スイスの国境沿いに位置する欧州原子核研究所 (CERN)で行われています。
私はこの研究所に約3年滞在して研究を行い、博士課程を修了しました。卒業してから現在までBelle II実験を続けています。

今回ご縁があって、noteにて何回か連載できる機会をいただきました。

せっかくなので、私が行っている研究についてお話ししようと思います。
難しい内容があるかもしれませんが、なるべく分野外の人にも伝わるように紹介したいと思います。読んでいただけると幸いです。

Belle II実験は、国内最大の円形加速器を用いた国際共同実験です。
この実験が何をしているかは、後ほど別の回で説明するとして、今回は素粒子とは何か、そして素粒子の一つであるタウ粒子についてお話しします。
このタウ粒子は、私が現在研究している素粒子です。あまり記事などで取り上げられることもないと聞いたので、それならと思い紹介してみます。

そもそも素粒子とは?

図1で示されているように、素粒子は物質の最小単位と考えられています。

図1: 素粒子について (© ひっぐすたん)

図2に素粒子の一覧を載せておきます。現在まで17種類の素粒子が知られています。
これらは大きく2つ、物質を構成する粒子と力を伝えるゲージ粒子に分けられます。

図2: 素粒子の標準理論に登場する素粒子たち。
全部で17種類(ウィークボソンは2種類あることに注意)。(© ひっぐすたん)

物質を構成する粒子は、さらにクォークレプトンに分けられます。この違いを簡単に述べると、ゲージ粒子の中にある強い力 (グルーオン)と反応するものをクォーク、反応しないものをレプトンだと考えれば十分です。

さて、クォークとレプトンはそれぞれ6種類ずつ存在しています。
これらは「第一世代」、「第二世代」、「第三世代」と3つに分類できます。図2の縦一列が一世代に対応すると思ってください。
例えば、第一世代はアップクォーク、ダウンクォーク、電子、電子ニュートリノになります。

第二世代、第三世代の素粒子は第一世代の素粒子と似た性質をもっており、世代が大きくなると粒子は重くなります (注:ニュートリノの質量はわかっていないため、ニュートリノを除く)。
なぜこのような世代構造をもっているかは誰もわかっておらず、素粒子物理学の大きな謎の一つです。

標準理論を超える「新しい物理現象」を探す研究者たち

これら素粒子の運動を記述する標準理論は1970年代に体系化され、現在も素粒子物理学の基本的な枠組みとして存在しています。
この理論は多くの実験結果を矛盾なく説明できており美しいのですが、宇宙にある暗黒物質 (ダークマター)をはじめ説明できない事象もあります。
そのため、我々は標準理論を超える新しい物理現象を探索し、日々研究に励んでいます(私もそのうちの一人です)。しかし、なかなかこの強固な壁 (標準理論)を突破できていません。

どうやって新しい物理現象を探すかは研究者のセンスに依ると思います。
私は標準理論にあるレプトンフレーバーの保存というルールが破れていないかを検証しています。この検証にタウ粒子を用いています。

(少し難しい話が出てくるかもですが、)私がなぜタウ粒子を用いた研究を始めたか簡単に述べてみます。
すでに述べましたが、学生の頃はATLAS実験を行っていました。この時も新しい物理現象を探して研究をしていましたが、その兆候を掴むことはできませんでした。
一方、いくつかの実験で標準理論で予想された値と異なる実験結果が報告されていました。特に、レプトンの性質に関する結果が多く、レプトンを調べることが非常に重要だと考えるようになりました。
これらは直ちに新しい物理現象を示唆するものではないが、もっと精密な研究をすることで何かわかるかもしれない?と思い、レプトンの一つであるタウ粒子に着目しました。

タウ粒子は「新しい物理現象」を探すのに有利

図2を見るとわかるように、タウ粒子第三世代のレプトンです。この粒子はレプトンの中で最も重い粒子になります。つまり、いろんな軽い粒子に崩壊しやすく研究の幅が広いです。

図3:レプトンの質量。タウ粒子は、電子やミュー粒子に比べてとても重い。
(©ひっぐすたん)

新しい物理現象をどうやって探索するかというと、新しい粒子が見つかれば話は早いわけです。標準理論で予言されていない粒子なので、発見できれば一発で、新しい物理現象だ!と主張できます。しかし、なかなか新しい粒子は見つかっていません。

タウ粒子はいろんな崩壊パターンをもっています。同じレプトンである電子やミュー粒子よりも圧倒的に多いです。
そのため、全部の崩壊パターンを検証できれば、いろんな (予想されている)新粒子に起因する現象を探索できるわけです。
そういう意味で、タウ粒子はよく“新物理への感度が高い”と言われています。

「荷電レプトンフレーバーの非保存」で新しい物理現象を探る

標準理論の一つにレプトンフレーバーの保存則とよばれる法則があります。
これはレプトンの種類を決めるフレーバーとよばれる性質が、どのような相互作用においても変わることがないという法則です。
フレーバーは3種類あり、それぞれの世代(電子、ミュー、タウ)に対応します。例えば、ミュー粒子はミューニュートリノに変わることができますが、ミュー粒子が電子に変わることはできません。

ところが、1998年のニュートリノ振動の発見によって、同じレプトンでも、電荷を持たないニュートリノについては、フレーバーが入れ替わることが分かっています。
もし、電子、ミュー粒子、タウ粒子といった、電荷をもつ荷電レプトンでもレプトンフレーバーが保存していなければ(これを荷電レプトンフレーバー非保存といいます)、標準理論を超える新しい物理法則に起因すると考えられるため、その探索を世界各地の実験で行っています。

素粒子理論屋さんが考えている多くの模型では、荷電レプトンフレーバー非保存も起こると予想されています。
過去の実験では、タウ粒子を約10億個用いて荷電レプトンフレーバー非保存を探索しましたが、発見することはできませんでした。
しかし、Belle II実験ではその50倍ほど多くタウ粒子が生成されるので、これらを精密に測定してあげることで、この荷電レプトンフレーバー非保存の現象を発見できるのではと考えられており、私は2020年から実験、解析を続けています。
残念ながらいまだに発見はできていないのですが、近い将来発見できると信じて研究を続けていきます。。

文字数が多くなってきたので、今回はここまで。
タウ粒子を用いた研究で面白いトピックはまだあるので、次回以降も紹介していきます。

*    *    *

プロフィール
宇野 健太 (うの けんた)
高エネルギー加速器研究機構 (KEK) 素粒子原子核研究所 助教。
テニスと野球観戦が趣味。

いいなと思ったら応援しよう!