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『烏百花 白百合の章』阿部智里 【小説】

八咫烏シリーズの外伝2冊目。
あとがきによると発行順に読むのがよいとのことで、この本は第二部『楽園の烏』の次に読めばOK。

ほぼ第一部のころのお話なので、楽園の烏を読んでいる身としては懐かしいやら今後が怖いやら。
主要な登場人物の周辺を掘り下げつつ、第二部へのつながりも感じる一冊でした。

かれのおとない

茂丸の妹・みよしのお話。
みよしの目から語られる雪哉は、親しみやすい青年でした。
本編では雪哉視点で進むことが多かったので、外から見た雪哉はなんだか新鮮です。

第一部の後のお話なので、どうしても悲しい場面があって、思わず涙。私茂さんのこと好きすぎでは。
茂丸の家族の大らかさは、なるほど茂さんを育んだお家だな、と思いました。そして雪哉たちが過ごした穏やかな時間は、丸ごと失われてしまったのだと雪哉の変化で改めて突きつけられる辛さよ。
あとがきで、このお話を最初にもってくる構成にすることについて編集さんが「殺意を感じる」と驚いていたと書いてありましたが本当だよ!

茂さんがいれば第二部の展開はもう少しこう、なんとかなったというか穏便になったのではなかろうか。茂さんがいてくれれば、ってきっと全読者が思ってる。

前を向くみよしに道を示される雪哉。
最後の一言で急に不穏になるのやめてくれません?

ふゆのことら

市柳パイセンの少年時代のお話。
『烏は主を選ばない』のコミカライズで見たことないエピソードがあるなと思っていたら、ここから来ていたのですね。

調子に乗ってる市柳を黒歴史扱いするお兄さんも何か心当たりがあるのでしょうか。荒っぽいけど仲が良い家族なのが伝わってきて、雪哉を取り巻く環境との差が際立ちます。
まあ雪哉の問題は大体父親のせいだと思いますが。雪哉の鬱屈にカケラも気づかないとか節穴にも程があるぅ…。

市柳が自分の立場を自覚して将来を決めるきっかけになった一件なので、苦々しくも忘れがたい記憶となったことでしょう。
そして一年後、雪哉と勁草院で再会した時の市柳の気持ちを考えると笑ってしまう。
それにしても市柳パイセンの意外な特技にびっくりです。器用だね。

市柳の父親が素敵な人なので、冬木さんが恋をすべきだったのはどう考えても市柳パパだったのでは?(多分その頃もう既婚者だけど)

ちはやのだんまり

ちはやの妹・結に恋人ができて明留が奮闘するお話。

結のお相手・シンへの最悪の第一印象から、意外と可愛いところのある人だった、それに比べて千早の大人気なさったら、と話の展開にコロコロ転がされるのが楽しいお話でした。

腹を割って話す→まだ問題解決してなかった、あの一連の会話がおかしかったです。
千早こっわ!

二組の兄妹/姉弟の関係もそれぞれ味わい深い。
千早は最後まで大人気ないね!

あきのあやぎぬ

西本家の次期当主・顕彦の側室になることになった未亡人のお話。

そういえば明留は次男でしたね。
これまで本編に登場しなかった顕彦がどんな人なのかが語られます。
真赭の薄とも明留とも似ていない気がするけど、三人とも情に厚い、と言えなくもない…?

ふにゃふにゃした印象の顕彦ですが、それだけではなさそうですし、人を見る目はあるんでしょう。
夫婦の関係も一つではない。
妻たちは皆役目を持ち、西領を支えるシステムとして機能している。
うまくいってるなら他人がどうこう言う話じゃないですもんね。

……違うと分かってるけどなんだかホラーを読んだような気持ちになりました。
こうして女は怪異に取り込まれたのです、みたいな。

おにびさく

西領の鬼火灯籠の職人のお話。

自己評価が低いけど、ライバルが螺鈿を使うと分かって即座に完成形に思い至れるなんて、本当は優秀な職人ですよね。
全部分かっているお母さんとのやり取りにほっこりしました。泣きながらご飯食べるの可愛すぎない?

鬼火灯籠は架空のものなので正確にはイメージしづらいけど、作り上げられた灯籠の美しさにうっとりしました。
再現グッズが出たらちょっと欲しい。

意外だったのは大紫の御前と藤波の関係。
藤波のことは愚かな娘よ、と切り捨てるものとばかり。
本当に藤波のための発注かは分からないようになっているものの、登喜司の鬼火灯籠は藤波に贈られたと思います。美しいものを見て彼女の心が少しでも晴れるといいな。

なつのゆうばえ

大紫の御前こと夕蝉のお話。
彼女の生きる意味、行動原理が語られました。
南家が殺伐としすぎていて恐ろしいの一言です。浜木綿がまっすぐ育ったのはもはや奇跡。

夕蝉という名前の由来にまつわる記憶が綺麗すぎて逆に胸が詰まります。
光の色、風の感触、父の香り、蜩の声。
丹念な描写は、きっと何度も何度も思い出したからなんでしょう。

もし夕蝉が命をかけられる相手が金烏代であったなら、素晴らしい皇后になったのかもしれません。
でも彼女が選んだのは別の人。
長束じゃなかったんだ、というのが最初に思ったことでした。長束のなの字も出やしない。
同じように世界が見えていると感じられたのは、この世に存在するのは二人だけ、くらいの感覚をもたらしたのかもしれません。
今も心はあの夕べに。彼女の世界にはずっと二人しかいないのかもしれないと思うと寂しいですね。

一方、彼は同じ気持ちを抱いてないようです。利用できるうちは利用しよう、くらいでしかなさそう。
暗躍を続ける大紫の御前ですが、彼の思惑を越える行動はいつか身を滅ぼしそうです。見限られた他の姉妹や兄がそうであったように。

はるのとこやみ

美しい姫君に人生を狂わされた兄弟のお話。

春の夜の幻想的な出会いを経て、夏の夜は密やかに音を重ね合わせて。
言葉はなく、音だけを介した交流。
秋の別れすら美しさが勝る。
もうこれ完璧にラブストーリーの流れじゃない。
天女と楽人の身分違いの切ない恋物語ですよ。
でも読者にはバッドエンドが見えてるんだよなぁ。その姫君天女とは程遠いよ。

ラストはここで終わるのか、と呻いてしまいました。
あの後『烏に単は似合わない』五章のラストで語られる事件につながるんですね。なんとも救いがない。

浮雲も倫も天才で、奏でるものは無垢で清らかな音だったはずなのに、きっと美しい音色だろうとありありと想像できるのに、蜘蛛の巣のようだなと感じてしまいました。
倫は浮雲に、伶は倫に絡め取られて、二人とも逃げられなかったんだなって。

浮雲の人物像は掴めないままですが、春の夜の合奏はきれいさっぱり忘れてたと思ってます。

きんかんをにる

紫苑の宮(6)が干し金柑を作るお話。

紫苑の宮の描写がどこを取っても愛らしく、父娘のやりとりは微笑ましい。
こんな温かな時間を持てていたのだな、金柑おいしそうだな、とのほほんと読んでいたら思ったよりシビアな状況でした。

それでもしっかりと立っている紫苑の宮の賢さと強さが眩しかったです。
奈月彦が愛する気持ちがひしひしと伝わってくるし雪哉が慈しむのもよく分かります。

きっと雪哉はこのささやかで幸せな記憶をずっとずっと覚えているのでしょう。
どんなに時間がたっても大切に心にしまっていると思います。第二部においても。


文章を書くのが久々すぎて思いのほか長々と書いてしまいました。これでも削ったんだ……。
今回は家族のお話だったのでしょうか。
いろいろな家族間の情を描きつつ、東西南北の各領がそれぞれ出てきました。
世界の輪郭線が強調されたかんじ。

とにかく次が待ち遠しいです。
今回出てきた人達は第二部ではどうなっているのでしょうか。特に「ちはやのだんまり」の面々。結ちゃん谷間に住んでるんでしょ?
次作『追憶の烏』もそろそろ文庫化しそうなので楽しみにしてます。

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