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より作品に浸るための、媒体の話

0.この記事は

「同じ内容とサイズであれば電子でも紙でも同じ楽しさだ」「漫画は正規に買ったものこそ負い目がなく一番楽しめる」「良い映画館での映画体験は、古い映画館のそれよりやっぱりいいよね」
そういった言説は概ね真なのだが、例外があるような気がする、という話です。

1.高級志向が却って作品を楽しめなくする

 先日、ジャンプ本誌にてチェンソーマンのTシャツ発売が発表された。
全面に大きくデンノコ男のプリントがされている代物で、「キャラ絵がドンと印刷されたタイプのグッズ」である。(通販でも買えます→リンク
 それと同時に、作中で「正体不明のデンノコ男」(デンジ)を悪魔を退治する謎のヒーローとして信奉する市民たちは彼の姿をあしらったTシャツを着て、チェンソーのプラカードを持って応援しているので、「作中に登場するアイテムを再現したグッズ」でもある。作中の人間たちは悪魔に生命を脅かされながらも、強かさと90年台らしいモラルのなさでしぶとく生き延びているイメージなので、きっと胡乱な業者が勝手に作って露店で売っているTシャツなのだろう。

 さて、この記事の問題は、「チェンソーマンの作中世界に浸るためには、インターネットとクレジットカードを使って、公式の8000円のTシャツを買うべきなのか?」という話だ。

 もちろん倫理的には正規品を買うべきなのだが、「この商品を買った時点で、俺は一生作中の市民になりきって、最後の希望のチェンソーマンを熱狂的に応援できないのではないか?」という疑問が沸き起こってしまう。この世界には悪魔はいないし、私もチェンソーマン世界の市民のような過酷な暮らしをしていないので、本当の共感ができないことは知っているのだが、せめてリアルなごっこ遊びをしたい時に、媒体が障害となっているのではないか?ということを思ったのだ。

 ひょっとして、正しくない方法で海賊版Tシャツを買った人のほうが作中の再現度が高くなってしまうのではないか?
 正しい私のほうが楽しめないというねじれが発生しているのではないか?

 似たようなひっかかりは去年もあって、私は「ジョーカー」を公開初日に2000円払って観に行って(しかも親しい友人と一緒に)、さらに1000円でポップコーンと飲み物を買ったのだが、この摂取法もジョーカーの楽しみ方としてはなんか違わないか?と思ってしまった。

 確かにアーサーはリスペクトする人の映画なら万難を排して貯めたお金で高い席で観るだろうが、ジョーカーをリスペクトして共感するピエロマスク達は絶対に正規チケットに正規料金払って観に行ったりしないだろうから、(社会的善悪や映画文化の振興のためを抜きにして)作中世界でのピエロ側に立って鑑賞しようと思ったら2000円の席と1000円のポップコーンはノイズだったはずだ。(平日に早く仕事を終えて3000円払って仲良く映画を観るのは作中ではウェイン側なんじゃないか?)

 私は媒体や鑑賞手段は結構大事に思っていて、似たような話だと不良マンガをKindleで読んでいる時にも「この漫画を一番楽しむには万引きするか、ブックオフで50円のを買うか、ラーメン屋の油で汚れたのを読むかするべきなんじゃないか?」って思ってしまう。

 逆に、HiGH&LOWをソフト化を待たずに何度も映画館に観に行くのはヤンキー感あってめちゃくちゃ楽しそうだ。尊敬する先輩がスクリーンに出たら何度も見に行くのが後輩ってものだろう。

2. あえてローランクな楽しみ方

 作品の雰囲気をより楽しむために高級路線に進むのはいくらでもできる一方で、うだつの上がらない人間の物語に浸るときに合法的にそれを楽しむ手段が少ないのが寂しい。
 資本主義的合理性や倫理とかけ離れた発想だからなかなか実現しないんだけど、あえてそういうローランクなコンテンツ摂取法をしてみたいのだ。

 このように「よりローランクな摂取」を羨むことがある中で、私の数少ないローランク摂取法成功体験は、出張で泊まったヤニ臭い安いビジネスホテル(1階にスナック多数)の「ご自由に部屋にお持ちくださいコーナー」に1冊だけあったジゴロ次五郎コンビニコミック版だった。

 高校生の頃リアルタイムで読んでいたとき以来、10年以上ぶりに読んでそのまま一気に電子版を買ったのだが、今でもあれは良い読書体験だったと思う。

 大人になることで「ハイランクな摂取法」はいくらでもできるようになる一方、「あえてのローランクな摂取法」は取りづらくなるだろう(そもそも子供でも万引きはダメだが)。それに、企業側もローランク摂取法よりもより多くの金銭を集められるプレミアム版・ハイランク版の摂取を提供することの方が多い。だからこそ、読者諸氏には、「『あえてのローランク』の方が作品を楽しめるケースがある」という事実を頭に留めておいて、(法律を犯さない範囲で)ローランク摂取のチャンスがあれば積極的に飛び込んでいってほしい。


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