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ペンネームの由来

MILLY THEALE(ミリー・シール)。
これが私のペンネームです。

この名前は、ヘンリー・ジェイムズの小説『鳩の翼』の登場人物からとりました。
私が、高校生のときに読んで、強い印象を受けた小説です。
『鳩の翼』は、若くてお金持ちの女性ミリー・シールが主人公。
ミリーは重い病にかかり、余命宣告を受けています。身寄りがない彼女は、親戚から莫大な遺産を受け継いでいます。
そこへ、彼女と同年輩のカップルが、彼女に接近してきて、もうすぐ死ぬ彼女の遺産を手に入れようとします。実際、ミリーはまもなく死に、遺言を見ると、遺産はカップルに渡されることになっていました。しかし、それを知った彼らは遺言書を破り捨て、二人は別れることになります。
これが小説の結末です。

「鳩の翼」というのは、二人を許し包み込むような、死の間際のミリーの慈悲の心をあらわしたタイトルです。
ペンネームにこの名前をつけたのは、単純に、そんな優しい人間になりたいという意味ではないのですが、なんとなくミリーのキャラクターに惹かれるところがあるからです。

ところで、この小説はあらすじだけ書くと、わりと簡単に見えますが、手に取ってみると、細かい活字で何百ページもある、長大な一冊です。
その理由は、登場人物の心理を、非常に入り組んだ、持ってまわった文章で表現しているから。
ジェイムズは、ジョイスやウルフといった前衛的な作家とともに、文学において「意識の流れ」を開拓した作家として知られています。
そんなわけで、私も、この複雑微妙な文章を読み通すのに苦労しましたが、同時に、その遠回しな表現を読み解くことにミステリー的な興味を感じたことを覚えています。
一見、何を考えているのかわからない登場人物の心理がだんだんと浮かび上がってくるところに、ミステリー小説に似た面白さがあったのでした。

それから数年後のある時期、私はキリスト教に興味を持って、本を何冊か読んでいました。
土井健司『キリスト教を問いなおす』(ちくま新書)はその一冊。
この本では、キリスト教の「隣人愛」は、社会の規範や常識を飛び越えてしまう、ある意味で、危険なものであると説かれています。

『鳩の翼』のストーリーを要約すれば、ミリーの「隣人愛」によって、カップルの関係が崩壊してしまうという話だと言えます。
確かに、隣人に向けられる無償の愛は、ある種の破壊的なパワーをもっているのでしょう。
そのように読むと、この小説の、回りくどい文体がもつ意味も見えてきます。
つまり、『鳩の翼』では、迂回した文章によって、長いページをかけて少しずつ、ミリーの「隣人愛」が浮かび上がってくるわけですが、文体における迂回は、「愛」が日常の規範を前にした際の「ためらい」と対応しているのです。

かつて読んだ本の記憶が、ふとしたきっかけで別の照明をあてられて、新たな意味をもつようになった経験について書いてみました。

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