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三段リーグ戦最終日|齊藤裕也四段

今回は自分が昇段した第71回三段リーグ戦最終日について振り返ろうと思う。

ラス前で連勝し最終日を自力で迎えることができたが、岡本戦の内容が悪く、最終日連勝する自信がなかった。1-1になりそうな予感があり、次点が濃厚かとは思いつつも、競争相手の対戦相手も強敵ばかりだったから、もしかしたら昇段もあるかとは思っていた。

最終日を控え、私は37度台の微熱を出してしまった。PCR検査を受けに行ったが陰性で、今思えば精神的なものだったと思う。1週間ほど経っても熱が下がらず、よほど延期したかったが、精神的なものであるならば延期したところで熱が下がらないだろうと思ったので、仕方なく東京へ前日入りした。

ホテルに着いても微熱は続き、下がるまでチェックインを遅らせようと思ったが、ホテルの一階には座るところがなかった。仕方なく屋外の椅子に座って熱が下がるのを待っていると、神宮球場から歓声が聞こえてきた。その日はプロ野球のナイターがあったようだ。そうこうしている間に空はだんだん薄暗くなっていく。光と歓声を浴びるプロの世界、ホテルに入れず熱が下がるのを薄暗い外で待つ三段、対比が残酷だった。

最終日はいろいろな感情の揺れ動きがあった。

1局目の吉田戦に負けたのは残念だったが、全力を出した結果なので仕方ないと思った。そういえば私の前に一期抜けした人も12-4から1局目負けたんだっけと思いつつ、少しでもあやかろうと思い、弁当の中から一品物であるガパオライスを選んだ。

そして関西の三段で集まって弁当を食べている時、仲のいい三段に「こういうところで踏ん張れるかどうかやで」と言われ、ズシリときた。確かに、負けた後気を取り直して頑張るのは大事なことで、こういう時しっかり勝てる人が上がるのだろうという気がして、2局目も頑張ろうと思えた。

片山戦に勝った時、「いい将棋が指せたな、来期も頑張ろう」と思うと同時に、「ここまで頑張って駄目ならもういいかな」とも思った。奨励会員は年月が経つにつれて、入会したての時の純粋な気持ちを失いがちである。それは仕方のないことだと思うし、自分もそうだった。しかし、この半年は人生で一番将棋に打ち込むことができたし、精一杯やって駄目なら清々しいとすら思った。

感想戦を終えてエレベーター前で話していると、宮田古田戦が最後に残っていて、私の昇段はその結果次第ということが分かり、次点以上が確定して少しほっとした。やきもきしながら待っていると、古田三段が先に幹事席に入っていったのでドキッとした(古田三段も他の結果次第で昇段の目が残っていた)。その後宮田三段も幹事席に入っていったのを見て、自分が昇段したんだなと思った。 宮田三段とは最終日の2週間ほど前に話す機会があり、彼としても最終日を迎えるにあたって複雑な心境だっただろうが、「自分の来期の順位のために頑張る」と言っていて、頼もしく感じたのを覚えている。

昇段を決めた後も数日間熱が下がらず、医学部の友達に「原因不明の微熱が続くのはもしかしたら癌かもね」と言われたが、なんとか熱が下がって安心した。

今、時間が経ってから振り返ると、昇段したのはやはり運が大きかった気がする。ぎりぎり勝てた将棋が多い中13勝できたのも、順位の低い中13勝で上がれたのも含めて運がよかったと思う。ただ、もし自分の優れていることがあるとするならば、逆境に耐えることだろうか。私は三段に上がるまでが長く、二段から初段に降段したこともある。最終日や最終日前にいろいろな辛いことがあっても2局目勝てたのは、三段までの辛抱が実ったといえるのかもしれない。