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「観る将」が観た第16期マイナビ女子オープン五番勝負第一局

4月4日、2023年度タイトル戦の幕開けとなるマイナビ女子オープンの第一局が、桜が咲く神奈川県の「元湯 陣屋」で行われました。前期5連覇を達成したことにより永世女王の資格を得た西山朋佳女王と、3月7日に突然の引退を発表して女流棋界に衝撃を走らせた甲斐智美女流五段の顔合わせとなりました。今期の甲斐女流五段は予選を突破し、本戦では野原女流初段、上田女流四段、山根女流二段、加藤(桃)女流三段を降して挑戦権を獲得しています。

甲斐女流五段はタイトル獲得通算7期を誇る強豪で、2019年の第1期清麗戦以来のタイトル戦登場です。引退を決断して吹っ切れたのか好調で、女流王位戦では挑戦者決定戦で惜しくも敗れたものの、西山女流二冠(当時)を降して紅組優勝してしています。清麗戦と女流王将戦の予選も勝ち残っており、白玲戦でも女流順位戦A級で既に3敗していますが1敗の3人との直接対決を残しており、厳しいながら挑戦の可能性があります。

昨年度は8つある女流タイトル戦の内、里見女流五冠が7棋戦、西山女流三冠が6棋戦に登場し、2人による対決が続いています。今春の女子オープンと女流王位戦で両者の対決を阻んだ立役者とも言える甲斐女流五段の引退は寂しい限りですが、我々はご本人の決断を受け入れ、本シリーズが甲斐女流五段の集大成となる好勝負になることを期待するしかありません。

両者の対戦成績は西山女王の2勝3敗(1千日手)と拮抗しています。相振り飛車になることが多かったようですが、居飛車も振り飛車も指しこなす甲斐女流五段次第で、対抗形の将棋もあるようです。

前日行われた夕食会で、西山女王は「自分にとって最初で最後の甲斐さんとの五番勝負になるので、悔いなくシリーズを戦いたいと思っています」、甲斐女流五段は「明日からの五番勝負はその感謝の気持ちを込めながら、一局一局、精いっぱい務めたいと思っています」と挨拶しています。

戦型は居飛車穴熊対三間飛車

甲斐女流五段が桜色に小さな花を散りばめた春らしい着物と紫色の袴で入室すると、すぐに西山女王が黒地に赤と白の大きな花柄をあしらった華やかな着物に亜麻色の袴で入室します。振り駒で先手となった甲斐女流五段が飛車先の歩を突くと、西山女王は角道を開け三間飛車に振り、美濃囲いに構えます。甲斐女流五段が穴熊を目指すと、西山女王は飛車を浮いて石田流に組みます。

甲斐女流五段の仕掛け

甲斐女流五段が▲5五銀とぶつけると、西山女王は24分の熟考で4筋の歩を伸ばして飛車の横利きを通します。甲斐女流五段が▲6四銀と出て歩を取ると、西山女王は△6五銀と出て飛車の利きを銀に当てます。甲斐女流五段が▲8六角と出て銀に紐を付けつつ5筋への突入を図ると、西山女王は△6二角と上がって5筋を補強します。

背中合わせの銀

甲斐女流五段が5筋の歩を伸ばすと、西山女王が15分程考えて昼休となりました。両者の銀が背中合わせの形となり、緊迫した局面を迎えています。各3時間の持ち時間の内、残り時間は西山女王が1時間52分、甲斐女流五段が2時間10分となっています。

強気の応酬

西山女王が昼休を挟む18分の考慮で、8筋の歩を突いて角頭を狙うと、甲斐女流五段は▲7五銀と引いて飛車の当たりから逃れます。西山女王は5筋の歩をぶつけて角道を通しますが、甲斐女流五段は31分の熟考で、力強く▲8四銀と後手の玉頭の歩を取ります。西山女王が5筋の歩を取り込み、再び飛車の横利きを通して銀に当てると、甲斐女流五段は構わず▲3一角成と馬を作ります。

西山女王の歩頭桂

飛車で銀を取ると馬を引かれて飛銀両取りとなるので、西山女王は3筋の歩をぶつけて角の利きを飛車に当てます。飛車交換になると金が浮き駒となっている先手陣に隙があるので、甲斐女流五段は▲2七飛と引いて受けます。西山女王は△5六銀と前進し、甲斐女流五段に▲7五銀と引かせると、4筋の歩を突き捨てて歩頭に△4五桂と跳ね、飛車の利きを馬に当てます。

激しい駒の取り合い

甲斐女流五段は▲5三歩と金頭を叩き、39分の長考で▲5三同馬と食いちぎってから▲4五歩と桂を取ります。西山女王が金取りに△6九角と打ち、金を引かせてから△4七角成と馬を作ると、甲斐女流五段は飛角両取りに▲4四金と打ちます。西山女王は△4四同角と金を食いちぎり、△6九金と打ち込んで穴熊を崩しに掛かります。駒割りは先手の桂得ですが、後手陣がきれいに捌けたのに対し、先手陣は飛車と右金が働いていません。

"と金"の種

甲斐女流五冠は銀取りに▲8四桂と打って攻め合いますが、西山女王は金を交換して△6九馬と飛び込んで銀に当てます。甲斐女流五段が▲7二桂成と銀桂交換してから▲8八銀打と埋めると、西山女王は△4四飛と回って飛車の活用を図ります。甲斐女流五段が歩で飛車の侵入を阻止すると、西山女王は△6八歩と"と金"の種を蒔いて手を渡します。

穴熊の再生

甲斐女流五段が▲6一角と打ち込むと、西山女王は△4四飛と引いて先手の銀の進出を防ぎます。残り時間が10分を切った甲斐女流五段が▲5二角成と馬を作ると、西山女王は△9五桂と打って玉頭から攻め掛かります。甲斐女流五段は▲7八金と埋めて金銀3枚の穴熊を再生し、西山女王が△6二金打と馬に当てると、▲8五馬と引き付けて辛抱します。

馬取りの罠

西山女王が△4七歩と打って再び飛車の侵入を図ると、甲斐女流五段は持ち時間を使い切り▲6八金と寄って馬に当てます。瞬間的に馬の逃げ道がなくなりましたが、西山女王が△8七桂不成と王手で飛び込み、銀で取らせて△7九馬と銀を取った手が詰めろかつ金取りの痛打になります。甲斐女流五段は▲7八金と寄って凌ぎますが、西山女王はいったん馬をかわしてから△6七銀成と成り捨て、金の守備力を削いでから△8三馬と銀を取ります。

歩を駆使した寄せ

甲斐女流五段は▲8八銀と埋めて馬を追ってから、▲8三歩と玉頭を叩いて反撃しますが、西山女王に冷静にかわされると、▲7七金と寄って粘ります。西山女王も残り時間が10分を切り、歩で先手陣を乱してから馬取りに構わず△6八銀と金取りに打ちます。馬を取る暇がない甲斐女流五段は金取りに▲6三歩と打ちますが、西山女王が△8九歩成と王手すると、次の手を指さずに投了を告げました。

まとめ

本局は穴熊に囲った甲斐女流五段が積極的に仕掛け、何か所も駒がぶつかる激しい将棋となりました。西山女王が左桂も動員して全軍躍動の攻撃態勢を作ったのに対し、甲斐女流五段は飛車が押さえ込まれて攻撃の糸口を見出せませんでした。甲斐女流五段は辛抱して穴熊を再生し決め手を与えませんでしたが、時間に追われて金を寄って馬を捕獲しようとして生じた隙を、西山女王が逃さず踏み込んで堅陣を攻略しました。
西山女王は6連覇に向けて幸先良く先勝し、対局後には「第二局はすぐなのでしっかり準備して臨みたいと思います」と話しました。甲斐女流五段は敗れたものの、内容的には悪くなかったと思いますので、次局以降に期待したいと思います。

マイナビ女子オープンは、株式会社マイナビと日本将棋連盟が主催しています。棋譜は下記公式サイトをご確認ください。


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