心地よく履ける靴のためのラストとラストの調整の話
私たちのように、オーダーメイドの靴を作る靴屋は、オリジナルのラスト(木型)を持っています。
これはどういうことかといいますと、ラストというのは既製品ではなく基本的には作り手が思う形(もとになるベースラスト)を木型職人さんに依頼して作ってもらったり、もしくは自分で木を削って作ります。
ぱっと見では、単なる足の形をしたプラスチック(昔は木でしたが今はプラスチックです)の塊のように見えますが、じつはこの塊にはたくさんのノウハウが詰まっています。
つま先の形やセンターの取り方など、パッと見てわかることのほかに、底面の凹凸や土踏まずのあたりの形状、カカトの大きさや食いつき加減、そのほかまだまだたくさんのことがベースラストに詰め込まれています。
これがオリジナルのラストであり、その特徴を持ったラストを持っているということになります。
私たちの場合は、このベースラストをお客様の足に合わせて木型屋さんにグレーディング(サイズを大きくしたり小さくしたりする作業)してもらって(長さだけでなく幅も)、お客様の足にとりえず近いサイズのラストを作ってもらい、それをさらに私たちがお客様の足に対して最適になるように削ったり肉付けしたりします。
お客様のラストができるまでの流れは、ざっと言えばこんな感じです。
ですが、お客様の足に対して、最適なラストを作るというのは、じつはとっても奥が深い話で、ただ単にお客様の足をコピーしたものでは最適どころか、それは緩すぎて履くことができない靴になってしまいます。
では、どれくらい小さくするのか、どの部分を小さくするのかという理論が、作り手にとって腕の見せ所となる工程のひとつなのです。
セオリーとして、靴はタイト目に履くというのがあります。大き目の靴だと、どうしても足が靴の中で動いてしまうため、ちゃんと歩くことができません。でも、タイトすぎるのも決して快適とは言えません。そこで、この足の場合はどこをどれくらい絞るという理論が必要なのです。
だいたい人間の足は、この部分は多少きつめに絞っても大丈夫という部分と、ここは足の健康を考えて多少自由に動かせるようにするべきという部分があって、それらをもとにこの部分はこれくらい絞るということを決めるのですが、ラスト作りは単にそんな理屈だけではなく、それに加えてお客様の足に合わせた調整ということが必要になります。
それに加えて、靴は履いて立っているだけではなく、歩くことを前提としているものです。立っているときは問題ないけど、歩いたら変なシワが当たって痛いということでは困ります。足が疲れてきたら痛くなるようでも困ります。そんな時間的な要素も考えつつ、一日を快適に過ごしてもらえるような靴に仕上げることを考えます。
お客様の足のデータを見ながら、靴の中で足が前にずれないようにこの部分で押さえようとか、外反母趾があってもあまり緩くならないように調整しようとか、細かいことをいろいろと考えて、基本的には甲とカカトでしっかりと押さえ、足の指はちゃんと動かせるようにして足の機能を生かせるようにし、土踏まずの部分のアーチは最低限にして、カカトはあまり絞らないで線で接するようにするなど、作り手なりの考え方でお客様のラストを仕上げます。
これって、言ってみれば作り手がどう考えるかで同じ足に対してフィッティングのアプローチが全く異なるわけで、それはいろいろな工房で靴を作って違いを楽しむという贅沢な楽しみもあるといえばあるわけです。
その前に、工房によって靴の何に力を入れているのかが異なり、私たちのように履き心地に力を入れている工房もあれば、革のキレイさや靴の形、そのほかいろいろですので、靴をオーダーしたいと思った時にはご自分の希望に合った工房を探すということが必要になります。
既製品の靴の中でも、良いラストとあまり良くないラストというものが存在していまして、それは履く方の足との相性もあることなので何が良いとか良くないとかということをスパッと斬るわけにはいきませんが、足に合わせて細かく足に合わせて調整して作られたラストで作った靴は、とっても履きやすいことに違いありません。
靴ができるまでに履きやすくなる要素はそのほかのもたくさんありますが、ラストがダメだったらそれはかなり厳しいです。
それくらいラストは大切なものです。
でも、作り手がどんなにラスト作りに最善を尽くしても、それが最高の結果にならないこともあります。
それには何が足りないのかというと、お客様のご希望を理解することです。
お客様が求める靴、もしくはお客様が求める以上の靴のために、しっかりとご希望をうかがってその真意を理解することが本当に大切だと思います。
作り手がこれが履きやすいと押し付けるのではなく、お客様が求めるものを理解して、そのうえで作り手の技術を駆使したモノづくりが必要とされていると思います。
結局は、靴づくりには時代に合ったコミュニケーションが大切なんですよね。
風の時代ですね。
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