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はじめに|春画ール『春画で読むエロティック日本』

12月26日発売の祥伝社新書『春画で読むエロティック日本』より、「はじめに」を公開します。著者の春画ール先生は、普段はOLとして働きながらもプライベートの時間を使って春画研究に勤しまれています。テレビ、雑誌、イベントに引っ張りだこの先生が選んだ新刊のテーマは、性風俗に関する「用語」。見慣れない言葉から現代にも残る言葉を通して、江戸の人々の性風俗を読み解いていきます。

はじめに

 わたしは、おもに江戸期の春画や性文化をSNSや書籍で発信しています。それらを見てくださる方には、浮世絵やそのほか近世の何かに関する研究者やコアな浮世絵コレクターはもちろん、「江戸期の歴史にはほとんど詳しくないが春画は笑えて好き」という方まで、さまざまな知識層の方がいらっしゃいます。

 感覚としては、「春画のことそんなに詳しくないけど、解説があれば楽しみたい」という方が多い気がします。

 そのなかで人気の高い春画の傾向は、「色摺り」「戯画(おかしみがあり笑える図)」「図中に記された文字を読まなくてもパッと見で理解しやすい」という共通点が見られます。

 春画が好きな方でも意外と図中に記されている文字は翻刻ですら読んだことがない方がいるようで、たいへん有名な葛飾北斎の『喜能会之故真通』(文化一一〈一八一四〉年)に掲載されている海女と蛸二匹が絡み合う春画の書入れを現代訳風に紹介すると、「こんなことが書いてあったんだ!」と新鮮な気持ちで楽しんでくださる方が多いのです。

 そうなると春画の沼に引きずり込みたいわたしとしては、江戸初期の黒摺りの図も含めて「こんなに春画の表現は幅広いんだぞ!」と紹介したいわけなので、図中に記された内容について説明しながら春画を紹介しなければなりません。

 そうしたときにやっかいなのが、江戸期に使用された用語や言い回しです。たとえば、「そっと行う指人形」と艶本に記されている場合、指に可愛らしい動物の人形を付けて劇でも始まるのかと思いきや、「手マン」のことだったりするのです。こういう用語は知っていればなんてことないのですが、知らなければどのように春画を面白がっていいのかわかりません。

 そうなるとパッと見の構図で瞬間的に笑える春画のほうが楽しめちゃうわけです。けれどもそこは春画の沼の水面に過ぎないのです。わたしですら沼の底にまだ辿り着ける気がしません。

 ここ数年でくずし字を解読するAI搭載アプリも登場しましたが、これら用語の意味を知らなければ読めたとしても、「意味がわからない」の壁にぶち当たります。

 本書は四章にわけて全二七種類の用語について記しました。じっくり解説しなくとも少しの補足で解説が完了するものは、適宜本文のなかで説明しています。

「第一章 身体の虚実」は、春画のなかでネタとして登場しやすい癪などの病や身体的な症状を紹介しています。そのものの意味を深く知ることで、絵師が描きたかった笑いの意図を読み取ることができ、鑑賞が深まります。

「第二章 絶頂への道」では、艶本の物語のなかで登場する性技をさまざまな作品とともに紹介しています。他の書籍ではなかなか見ることのできないレアな図も選定したので、楽しみながら見ていただきたいと思います。

「第三章 創造的な性具」では、当時販売されていた性具の使用方法や、それらが登場する物語などを紹介しています。書物に記されている性具の快楽が本当だったのか実験した内容もあるのでお見逃しなく。江戸期の書物の情報は、必ずしも真実が記されているわけではありません。

「第四章 善悪の境界」では、今となっては見なくなった見世物やセックスが成功するようにサポートする人々、廃れた諺などを紹介しています。
これらは自力で深掘りして調べるとなるとけっこう骨が折れるので、わかりやすくまとめておきました。

 なかには「金玉」などの「もう知ってるわ!(笑)」とツッコミが入るような語もあるのですが、みなさんが知っている「金玉」はその人が生きているなかで蓄積された情報での「金玉」ではないでしょうか。近世において「金玉」がどのように笑いに組み込まれ、書物に記されていたかを知ることで、春画のなかの「金玉」の味わいが変わってくるのです。

 今回紹介した用語をなんとなく覚えておけば、「わ! わかる……これ前に本で読んだやつだ……」という学生時代のテスト勉強の頑張りが実ったみたいな感覚を再び体験できるかもしれません。

春画ール


▼目次▼
はじめに 
第一章 身体の虚実  
陰痿
 今も昔も勃たぬ男の悲哀は変わらず 
雁高 江戸の女性を虜にした極上の男根 
金玉 金玉に見る笑いと驚きの感性 
月水 月経にまつわる痛いニュースの数々 
 なぜか情事につながる原因不明の病 
春情 楽しそうに交わる女性たちの本音 
茄子陰門 女性の股から垂れ下がる肉 
半陰陽 男性器と女性器を持つ第三の性 
包茎 江戸時代はズルムケ至上主義

第二章 絶頂への道
甘露
 時代とともに変わるアソコのお味
くじる 女陰を愛撫するは二本の指
尻をする 名作を春画化する江戸のエンタメ
素股 妥協の果てにたどりつく行為
湯ぼぼ酒まら 江戸の〝美味しい〟組み合わせ
猫なで ひとりで完結する至高の快楽

第三章 創造的な性具
吾妻形
 オナホで終わらない性と美の追求
芋茎 勃ちが悪い男たちの救世主
鶺鴒台 性具を売り出した江戸のマーケティング
張形 江戸のメジャーアダルトグッズ
封印 独占欲むき出しの凶悪アイテム
りんの玉 時代が変わっても廃れないロングセラー

第四章 善悪の境界
いとこ同士は鴨の味
 近親の交わりはセーフか? アウトか? 
浦島太郎 春画の題材になった意外なワケ 
介添え 失敗の許されない「交わり」をサポート 
金の輪 解毒薬として広まった汚物にまつわる謎
密男 江戸時代の不倫は命懸け 
やれ吹けそれ吹け 大繁盛した性の見世物小屋

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